第三章⑥
「静かに」雨森スイコは突然人差し指を唇に当てて、微笑みながら、
「誰かに見られているよね」と顔を近づけてきた。ナルミとレノアという分かりやすい観察者の存在をとうの昔に気付いていたような微笑みだった。そしてスイコは急に体を回転させるようにして後ろに振り返った。慌ててナルミとレノアは木の陰に隠れたが、光の速度を考えると二人の姿はくっきりはっきりスイコの網膜に映し出されたことだろう。
スイコは再びアンリエッタの方を向いて微笑む。まるでミュージカル女優のように微笑みを絶やさない。「気のせいかしら? でも、気配は感じるんだよね、魔女の気配が二つ」
雨森スイコ。一体何者だろう? それに、
「洗濯って、何?」アンリエッタはまだその意味を理解していない。
一緒に洗濯って、一緒にコインランドリで暇をつぶそうってこと?
スウェット姿で雑誌を読むの?いや、自分の発想ながら、訳が分からない。
「危険ね、」アンリエッタの質問にはスイコは答えない。質問を受け入れた上で、あえて無視しているようだ。まだ、コレから、ゆっくりと、教えてあげる。そんな風にスイコの唇は今にも動き出しそうだった。「私たちは狙われているのかもしれない、ヤバい、コレは、逃げるしか、ないじゃないっ」
「え、ちょっとぉ」
スイコはアニメ声で言って、アンリエッタの手を握ると公園の出口に向かって走り出した。抵抗したのは一瞬だった。アンリエッタは思いがけない強い力に簡単に引っ張られてバランスを崩しそうになる。勝手に足が前に出た。スイコは脚がとても速かった。上半身と下半身がうまく連動して、しなやかに駆動している。アンリエッタのバタバタしたリズム感のない走りとは大違いだった。この手を離せば一瞬でスイコは遠くへ行ってしまうだろう。それにしても、どうしてこの街の魔女は手を触ったり握ったりしたがるのだろう、と夕方の降水確率程度にアンリエッタは気になった。
二人は、公園を出て、北口から駅へ入って西口から駅を出た。そして狭い水路に掛かる半円形の橋を渡って、地下へと向かうエスカレータを駆け降りた。レコードショップ、楽器屋、ファンシーショップが立ち並ぶストリートを複雑に走った。左手の方に見えたエスカレータを駆けのぼり、再び地上へ出る。
安心の曇り空を上に見て、やっとスイコは止まってくれた。
アンリエッタの体力はゼロだった。膝に手を付いて息をする。
なんで、なんで、僕、全力疾走してるんだろ?
アンリエッタは疑問に思ったが口に出来なかった。まだ呼吸は整わない。
その間にも、スイコはアンリエッタの腕を引っ張って歩いて行く。
「も、もうちょっと休もうよぉ」
スイコはアンリエッタに微笑んだ。頬は僅かにピンク色だったが、あの速度で走って呼吸が全く乱れていなかった。アンリエッタの体力がなさすぎるのかもしれない。とにかく、スイコは体育会系だということが分かった。「すぐにソファに座らせてあげるから頑張って」
「どこに行くの?」
「セレネズ・パブに」
「?」アンリエッタはアヒル口を尖らせた。「バブ?」
「ばぶぅ?」スイコは振り向いてアヒル口を作って、可愛い子ぶった。
可愛い、と思った。アンリエッタは僅かに心を揺さぶられる。その計算された演出は料金が発生しそうなほどの完成度。思わず見つめてしまったのに気付いたアンリエッタは慌てて目を逸らし、周囲を見回しながら歩く。
建物の種類や密度、人の数から、なんとなくこの辺りはまだ駅前なのだろうとアンリエッタは推測した。メインストリートから二本はずれた裏通りと言う感じのにぎやかさ。派手な演出を抑えたシックな雰囲気のお店が石畳の狭いストリートの両脇に並んでいる。
「ココだよ」スイコは言って、クロウズドがぶら下がっている扉を押した。スイコは中に入っていく。セレネズ・パブは赤煉瓦造りの小さな二階建ての建築物だった。濃い色の木の扉は魔女たちには丁度いい大きさ。しかし身長の高い男性は屈んで入る必要がある。扉の横に、ストリートに面して正方形の一メートル四方の窓がある。その窓は六本の鉄格子に守られていた。黒いカーテンで遮られ、その窓から中は見えなかった。
少し、不気味な雰囲気。アンリエッタはスイコに続いて店内に足を踏み入れる。中は暗くて狭い。誰もいなかった。右手にカウンタ席、左手にはテーブル席が二つ。奥に二つ扉があった。トイレと、あとスタッフルームだろうか? そしてカウンタの横に階段があった。そしてもう一度カウンタの方を見て、棚にズラリと並んだ様々な種類のお酒とグラスを視界に入れた時、視界の隅に嫌なものを見て、アンリエッタは小さな悲鳴を上げた。
「どうったの?」
「別に、ただ、趣味が悪いなって」
「ああ、アレ?」スイコはアレを指差し笑った。「私も最初苦手だったな、でもじきになれるよ」
アレ、というのは月だった。棚の高い位置に月に目と鼻と口を描いた、不気味な時計があったのだ。慣れても絶対にコレクションしたくない一物だと思った。夜中に突然表情が変わりそうで怖い。ソレを気にしながら、アンリエッタはテーブル席に座った。スイコがそうジェスチャしたからだ。
「なに飲むー?」スイコはカウンタに入って白い冷蔵庫を物色し始めた。「コーラでいいよね」
「スイコはこのお店の、なんなの?」
「やっと、名前で呼んでくれたね、」スイコは特徴的な声をさらに特徴的にして言う。スイコはコーヒーをポットからカップに注いでクリームと砂糖を銀色の細いスプーンでかき混ぜている。「嬉しい、心の距離がグンっと縮まったよね、ヘティ」
「そういうのはいいから、……ってヘティ?」
「私、この店のオーナと知り合いなの、」スイコはコーラの瓶の栓を抜いて、アンリエッタの対面に座り、一口飲んでテーブルに置いた。「うっわ、炭酸きっつ」
「なら、飲むな」大好きなコーラがバカにされているみたいだったからアンリエッタはスイコを睨んでコーラを飲んだ。スイコは小指を立ててコーヒーを飲んでいる。
「コーラばっかり飲んでると、骨が解けるよ」
「そんなの迷信だよ、」小田切に言われるとそうでもないのにスイコに言われるとやっぱり腹が立つ。「で、いい加減説明してよ、僕をこんな気持ち悪い場所に連れてきて、どうするつもりなの?」
「さっき、私は真面目な目をして言ったよ、ヘティと一緒に洗濯したいって、ああ、恥ずかしかった」スイコは手で顔を扇いでいる。
「だから、意味が分からないって、」アンリエッタは前のめりに言う。「なぁに、この薄汚れた世の中を洗濯する、みたいな、そういう幕末の志士みたいなことを言わないでよね」
「面白いこと言うね、ヘティは、」スイコは微笑んで首を横に振った。「でも、言葉の通りだよ、洗濯するの、私たち、水の魔女が洗濯して、ヘティにはソレを乾燥させて欲しいの」
「え、どういうこと?」いまいちスイコが何を言っているのか呑み込めない。
「だからね、一緒に働いて欲しいんだって、一緒に洗濯屋をやろうって言ってるの、この街には火の魔女はヘンリエッタしかいない、私が知る限りではそう、転校生のヘンリエッタしか火を扱える魔女はいないの、転校して来てから何日か経って、知ってるでしょ? この街は晴れることがない、晴れたとしても一時間から二時間、雲が完全になくなるなんて滅多にない街なの、だから、洗濯屋をやるには、ヘティの、火がないと駄目なんだよ」
「僕が洗濯物を乾かせっていうの?」
「うん」
「ねぇ、スイコ、この街に乾燥機ってないの?」
「そんなわけないじゃん、各家庭に一台は必ずあるよ、除湿機と乾燥機はどこの家庭にでもあるよ」
「ね、スイコ、この街にはクリーニング屋さんってないの?」
「あるよ、もちろん、この安心な曇り空のもとで、水上市のクリーニングの技術は、日本一だよ」
「じゃあ、クリーニング屋さんでバイトすればいいじゃん、そんなに洗濯がしたいんだったらさ、」つっけんどんに言ってから、アンリエッタははっと気付く。「ああ、いいね、クリーニング屋さん、僕もクリーニング屋さんでバイトしようかなぁ」
「駄目よ、そんなの、ヘティの無駄遣いよ、ヘティは私たちと一緒に洗濯するの、ヘティは私たちの大事な乾燥機」
「人を勝手に乾燥機呼ばわり、す、る、な、」乾燥機と呼ばれるのは初めての経験だ。もちろん言われて愉快になるかと言えばそうではない。「で、なぁに、スイコは会社でも作る気なの?」
「うん、そう、魔女の洗濯屋さん、社名はもう決まっているのだぁ、」スイコは極上のスマイルを作って言う。「ウォッシング・マシン・ガールズ、略してWMG」
「……ふーん」アンリエッタはアヒル口にコーラの瓶の口を咥えている。
「あ、バカにしたな」スイコは頬を膨らませる。
「僕に従業員になれと、スイコはそういうことを頼んでいるんだよね?」
「うん、そうそう」スイコの表情はコロコロ変わる。
「お給料で、決めてあげる」アンリエッタは悪い目で口を斜めにした。
「あくまで試算だけど、」スイコも悪い目をする。「月三十万円は上げられると思うよ」
「たった三十? すっくな、」とアンリエッタはソファにもたれ手をヒラヒラさせたところで気付く。その数字は少なくはないってことに。「さ、三十!?」
「うん、軌道に乗れば、もっと上げられるかな、最初は少なくて申し訳ないんだけど、いかんせん、まだ知名度はゼロ、本当に最初から始めなきゃいけないから、ポスターは半分完成してる、あと、制服も、制服は今私が来てるこれね、黒と白のコントラストが素敵なセーラ服、ヘティがコレを着てビニール傘を差してカメラの前で小首を傾げてくれれば、ポスターは完成よ」
「ね、ちょっと、待ってよ、なんでそこまで稼げるの、メンバはスイコと僕だけでしょ? おかしいよ、冗談で言ってるの?」
「冗談なもんか、あと、メンバは今のところ、三人」
「ただの洗濯屋さんでしょ?」
「魔女の洗濯屋さん、だからおかしくなんてないよ」
「え、ただの洗濯屋さんと魔女の洗濯屋さんは違うの?」
「あれ、説明しなかったっけ?」
「聞いてないよ」
「あ、だから、なんていうか、話が噛み合ってない気がしたんだね、なんだぁ、早く言ってよ」スイコはアンリエッタの肩を触った。
「スイコの説明の仕方が悪いんだ」
「ファーファルタウに行ったって、さっきも言ったでしょ?」
「うん、それが何か関係あるの?」
「関係大有り、ファーファルタウの古書店で私は見つけたの、『ライフオブウィッチスオブザマイノリティ』」
「少数派の魔女の生活?」アンリエッタは即座に訳した。
「とても古くて状態が悪い本だった、七十年くらい前の本、でも、読めないことはなかった、その本にはタイトル通り、宮殿に仕えずファーファルタウでひっそりと暮らしていた少数派の魔女たちの生活が説明されていたわ、キャブズから始まって、媚薬師、花火師、そして洗濯屋さん、その本が書かかれた頃から二十年くらい前までは、多くはなかったけれど魔女の洗濯屋さんは普通にいて、王都の生活には必要不可欠な仕事だったんだって、でも、洗濯機が普及するにつれて洗濯する魔女は減っていった、洗濯屋さんは魔女じゃなくても出来る時代になった、民は魔女の洗濯屋さんを選ばなかったのね、魔女の洗濯は素晴らしいものだったけれど、安く済む洗濯機でもよかったの、でも、魔女の洗濯屋さんはひっそりと残り続けた、それが可能だったのは仕上がりの素晴らしさもあったのだけれど魔女しか出来ない洗濯があったから、グリフォンの羽根で編んだ衣類を洗えたのは、魔女だけだったの」
「……なるほど、でも、だからって、そんなに稼げるものなの?」アンリエッタは前屈みで質問する。
「グリフォンの衣類は皺がつきにくい、でも、その代わり皺がついてしまったらどんなことをしても元通りにはならない、洗濯機には入れられないものだから、仕事は魔女に回ってくる、グリフォンの衣類を持っているのはほとんどがお金持ち、国境を越えてお金になる仕事がやって来る、世界に洗濯機と呼ばれている魔女は百人もいないから、なおさら」
「へぇ」ヘンリエッタはなんだか喉が渇いてきてコーラを飲んだ。
「あと、ショウ、としての意味合いもあるの、魔女の洗濯は壮大だから、見るものを魅了するんだよ、お金を請求できるくらいに素敵なんだ、魔女の洗濯って」
「サーカスみたいに?」
「ミュージカルって言って」
「スイコは誰かを魅了したいの?」
スイコは笑顔を作った。「とにかく、その本を読んで、私はやろうって思った、キャブズを止めてからいろいろバイトを経験したけれどどれも時給が安くて続かなかった、ブルーチェーンズに入るのも気が進まなかった、でも、お金はいるから、私は洗濯をしようと思った、そのとき、もう一人のメンバも一緒にファーファルタウに行っていたんだけど、私たちは拙い語学力を駆使して、ファーファルタウで一軒しかいない洗濯屋さんを訪ねた、若い水の魔女が五人、それから火の魔女が一人いて、そして事情を説明して洗濯の魔法を教えてもらった、近い未来に日本を案内するっていう条件でね、簡単な条件だったけれど、魔法を習得するのに働きながら五日間のうちの四日間をそこで過ごすことになった、長い伝統と膨大な知識が編み込まれ魔法を習得するにはそれくらいの時間が必要だった、とても難しかった、でも、興奮したね、選ばれたものしか編むことの出来ない特別な魔法を手に入れたって、きっともう一人も同じ気持ちだったと思う、洗濯機になった私たちは素晴らしい未来を送ることが約束された、少なくともお金には困ることのない未来、あと、私たちは乾燥機となる火の魔女を仲間にするだけ」
スイコは変な声で「へへ」と笑ってコーヒーのカップに口をつけた。
かまぼこのような目でこっちを見ている。
「僕をペテンにかけようとしてるんじゃないの?」アンリエッタはほとんどスイコの言うことを信じていたが、聞いた。スイコ自身のことをまだ信用できないのだ。
「そんな、ペテンだなんて、ヘティだってお金がいるんでしょ? コレクタなんだって? 悪い話じゃないと思うよ、いや、今時こんな素敵な仕事、他にないと思うな、火の魔女っていうキャラクタを存分に生かすべきだと思う」
「僕のこと、よく知ってるんだね」
「知らなかったら、こんなこと話さないよ」
「一応聞くけど、スイコは水上女子の魔女だよね?」
「私はE組だから、階が違うね」スイコは微笑む。
「笑顔が、詐欺師みたい」アンリエッタは率直な感想を口にする。
「むっ、失礼な、」スイコはむっとした。その仕草も計算されているようで、警戒心は拭えない。ステラのミステリアスとは百八十度真逆にあるのが、きっとこの種のキャラクタなのだろう。ステラの隣にいるときの安心感がまるでないのだ。「じゃあ、どうしたら信用してくれるの?」
スイコは不機嫌に言った。僅かに素を見た気がする。でも、すぐに作ったような表情をする。詐欺師、もしくは女優。それがいけない、とアンリエッタは思う。「……なんで、スイコはお金がいるの?」
「私だってコレクタ」
「え、そうなんだ」アンリエッタは意外な目でスイコを見た。
スイコはその反応に満足そうだった。「ズバリ、私の目的は来年の春、水上オークションに出品される「交隣堤醒』の原本」
「こうりんていせい? なにそれ? 絵画? 彫刻? 宝石? ああ、原本って、本のこと?」
「うん」スイコの説明が続くかと思ったが、そうではなくスイコはコーヒーを一口飲んでそのまま黙ってしまった。
アンリエッタも何も言わずにコーラを飲む。スイコはアンリエッタが頷くまで何も言わないつもりなのかもしれない。頬杖ついて、コレクションを眺めるようにアンリエッタを見つめる。沈黙は嫌で、アンリエッタはアヒル口を開いた。「そう言えば、もう一人のメンバって、誰?」
「予定では先にここにきているはずなんだけどね、ヘティも知ってる魔女だよ」
そしてまた、沈黙。
「ねぇ、何かしゃべってよ」アンリエッタは口を尖らせる。
「考える時間を上げてるんだよ、出来れば早く頷いて、素敵な未来を一緒に妄想しようよ」
「家で考えてきてもいいかな?」アンリエッタは首を捻って背中の黒いカーテンを見た。
そのとき、店の外からジェットスキィのエンジン音が聞こえて、それは段々大きくなって、近い場所で鳴り止んだ。ストリートの方じゃなくて、奥の扉の向こうから聞こえてきた。扉が手前に開いた。扉の向こうは水路だった。
「ごめーん、ちょっとぁ、回収するのに手間取って」
アンリエッタは驚いた。席が隣の川澄イスミが現れたからだ。イスミはメイド服を着ていた。腰からメタリックブルーのチェーンが下がっている。ブルーチェーンズの制服だった。その衣装はイスミによく似合っていたが、背負っている水玉の風呂敷は謎だった。風呂敷の大きさはイスミの体の半分以上はある。
「あ、アンリもいる、よかったぁ、ステラと付き合ってるから、来てくれないと思ったんだけど、でも、来てくれたんだぁ、やっぱりスイコが可愛いからかな」
イスミはアンリエッタに手を振って、意味の通じないことを言ってから階段を登った。そして降りてきたときには風呂敷はなかった。イスミはスイコの隣に座って、スイコの腕に自分の腕を絡めてスイコの肩に頭を乗せた。
二人はそういう関係なのかもしれない、とアンリエッタは想像する。スイコは猫を可愛がるみたいにイスミのいろんなところを撫でている。あまり直視できない光景。それにしても、イスミがメンバだったなんて。だから、僕の情報がスイコに渡っていたのだと納得する。
「なんと、イスミがもう一人のメンバでした」
「よろしくね、アンリ」
「えっと、」アンリエッタは頭の中を整理する時間が必要だった。「まず、最初に言っておくけどさ、僕とステラは付き合ってないから」
「え、そうなの?」スイコは驚いて目を丸くした。初めて見る表情だった。
「嘘、ええ、だってぇ、シーソしてたじゃん!」イスミはとても不満そうだった。「お似合いだよ、二人、私、ソレを木の影から見ててキュンキュンして死にそうだったんだから」
「とにかく、付き合ってないものは、付き合ってないの!」アンリエッタは口を大きくして行った。「はい、この話はおしまい!」
「なーんだ、つまんないの」イスミは両手の指先を合わせて言った。そのポーズは何を意味しているのか分からない。でも、少しイラッとした。
「でも、うん、そうなんだ、付き合ってなかったんだ、じゃあ、話は簡単だったんだ、ステラに遠慮する必要なかったんだ、それじゃあ、改めまして、ヘティ、一緒にシーソしようよ」
スイコはアンリエッタにウインクをした。
流れ星のようなウインク。
そのウインクを見てアンリエッタは信じられないくらいドキドキした。
まるで、魔法にかかったみたいになってスイコが煌めいて見える。
アンリエッタの顔は熱くなった。スイコから、目を逸らす。
「スイコは、……どんな魔法を編んだの?」
「魔法なんて編んでないですよぉ、」スイコは、魅力的に、微笑んだ。魅力的と言うのはアンリエッタの、率直な評価である。「そう思うのは、ヘティが私を気に入ってくれたって証拠だよね?」
アンリエッタは否定出来ずに黙った。魔女に対してこんな気持ちになるのは極めて稀なこと。
「じゃあ、一緒に洗濯してくれるよね?」
「え、まだだったの?」イスミがスイコを見て言う。
「営為説得中」
「まだ僕は、」アンリエッタはイスミに向かって頷いてそのまま俯く。「スイコのことを信じてないもん」
「アンリ、スイコに向かってそんなこと言わないで、スイコ、泣き虫だから」
「泣き虫?」そのワードはスイコには絶対に当てはまらないものだ。「そんな、スイコが泣くなんて、頑張ったってイメージできない」
「ああ、ほらぁ、アンリのせいだよ、」イスミは本気で怒っていた。「泣いちゃったじゃない!」
アンリエッタは顔を上げた。信じられなかった。スイコは本当に泣いていた。
演技? 演技だとしたら、スイコは素晴らしい女優だ。
僕はその演技に魅了されて、コレクションしたくなる。
「分かったよ、やるよ、僕、ウォッシング・マシン・ガールズの乾燥機になってあげるよ」
スイコは舌を出して微笑んだ。
それなのに、ペテンにかけられた気はしなくて、いいなって思って、僕はその表情すら、コレクションしたいと思うのだった。この気持ちは魔法だと、信じたい。