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第三章③

放課後、アンリエッタとステラとナルミとレノアは水上バスに乗った。駅前で降りて、ステラは地下街へのエスカレータへ向かった。三人はアンリエッタを真ん中にして北口の公園へ向かって歩いていた。

ステラと別れて、なんとなく気が楽になるアンリエッタ。

そんなアンリエッタに向かってナルミが言う。「で、どうするの、オーケするの?」

「まだ顔も見てないし、」アンリエッタの顔は朝から疲れている。「って、違う、違う、何も考えず、水で流すように、こうささっとお断りするよ」

「どうして?」レノアは捨てるなら頂戴とでも言いたげだ。

「文化の違い」

「それにしても、誰だろう、気になるなぁ」ナルミは顎を手に当てて微笑んでいる。

「誰でもいいよ、僕は断るんだから」

「どうして?」レノアは小声で言う。「捨てるなら、頂戴」

「え?」アンリエッタは少し驚いてレノアを見た。レノアはそっぽを向いている。

「じゃあ、アンリエッタ、頑張ってよ」北口に出て、ナルミはアンリエッタの背中を押してウインクした。

「頑張るって、何をだよぉ」

「頑張ってね」レノアが控えめに言う。

「だからぁ」

 ナルミとレノアは変装のつもりなのか、パーティグッズのような色眼鏡をかけてアンリエッタに背を向け離れて行った。

「……はぁ」アンリエッタは一つ大きく息を吐いた。そして息を吸った。「……よしっ」

アンリエッタは公園の入り口をくぐる。昨日も来た公園だが、なんとなく雰囲気が違った。今日は平日だし、時間帯も違う。子供が多い。しかし、シーソには誰も乗っていなかった。公園の中をぐるりと見回しながらシーソに近づく。それらしい魔女の姿はない。シーソの近くにあるベンチに座った。なんとなく視線を巡らせると、木の影にナルミとレノアの姿を発見した。隠れる気があるのか、二人の愉快そうな表情は目を凝らさずとも確認できた。

 時計を見る。非常に中途半端な夕方の時刻だ。別に時間を指定されているわけじゃないけれど、時計しか見るものがなかった。

 そもそも、便箋の主は、このシーソにやってくるのだろうか?

 時間も場所も指定されていない。

 ただ、感情のない文字で。

『君と一緒にシーソしたい』

 それだけだ。

 シーソは、ここしかないのだろうが。

 便箋の主は、水上女子の魔女なのだから、きっと放課後という時間に限られるのだろうが。

本当に、ラブレタぁなのだろうか?

本当に、愛の告白なのだろうか?

 僕が愛を伝えるなら。

 もっと、多くの言葉を使うだろう。

 アンリエッタの脳裏に、小田切が浮かんだ。

 今朝は怒って、あんまり話をしないで、家を出た。

 もっと、僕に優しくしろ、という、遠回しなポーズ。

 もっと、素直になれたらいいのに。

 でも、難しい。

 近くにいるのに、近くにいるからこそ、それはきっと、難しい。

 レノアだってあんなにナルミの近くにいるのに、ただ顔を赤くしているだけだ。

 僕だって、レノアと同じだ。

 ソレを考えたら、コレを書いた魔女は、きっと凄い魔女なんだろうな、と思う。

 僕らは、未来に、そういう魔女になっているだろうか?

 変われるだろうか?

 強くなれるだろうか?

 少し、急がなきゃいけないのかな?

 なんで?

 何を?

 何をすればいいの?

 僕は?

「ヘロウ!」

 突然のご挨拶だった。

「うわぁ!」アンリエッタは仰け反って、両手を上げた変なポーズで静止した。

 目の前に現れた女の子は目の前で膝を畳んでアンリエッタを上目で見て微笑んでいた。目が大きい。形は海から顔を出す太陽。かまぼこ、とも表現できる。顔の輪郭が丸く、ベビーフェイス。今日も砂場で穴を掘る女の子たちに混ざっても、違和感はあるだろうが、世間はきっと認可する。彼女は白いセーラ服を着ていた。皺も染みもない。新調したばかりのようだ。胸の黒いリボンは大きい。胸はアンリエッタと同様、ベンチの背もたれくらいの起伏しかない。黒いラインが真っ白なセーラ服を引き立たせている。彼女の頭にはセーラ服と同じ白さの帽子をかぶっている。旅客機のパイロットも同じような形の帽子をかぶっていたような気がする。帽子から青みがかった黒髪が真っ直ぐ重力に従って伸びていた。

「何飲む?」そう、もっとも特徴的なのは声。アニメキャラのような声。真面目でもふざけているような声。

「え?」

 気付くと彼女はベンチの横の自販機の前にいた。「コーラが好きなんだよね?」

「テレパス?」

 アンリエッタの返事を待たずにコインを投入してボタンを押した。アニメ声の彼女は取り出し口からコーラを拾って、口を開けて、アンリエッタの隣に座って一口飲んだ。「うわっ、炭酸きっつぅ」

アンリエッタはベンチの上で滑った。「僕にくれるんじゃないの?」

「そんな気持ち悪い魔法、使わないよ」

「え? ああ、テレパス?」

「はい、上げる」

コーラを差し出して来たのでアンリエッタは受け取る。喉が渇いていたし、飲む。別に関節キスとかそういうのは考えない。文化が違うからだ。

「私は雨森スイコ、水に、虎で、スイコ、知ってる? スイコっていう妖怪がいるの、その姿は河童、体はセンザンコウみたいな鱗に覆われているの、スイコは獰猛で魔女の血を吸って、ソレをエネルギアにするの、叔母さんが一度スイコの絵を見せてくれたことがある、とても不細工だった、私はこんなに綺麗で可愛いからスイコっていう名前が嫌いになった、スイコっていう発音は好きなんだけど、命名したのは叔母さん、私はスイコの絵を見せた叔母さんに噛みついてやりたくなった、そして気付いたのよ、ああ、叔母さんは私の獰猛な部分を生まれた時から見抜いていたんだって、だから、お嬢さん、可愛いからって甘く見てると噛みついちゃうから、あ、そうそう、来てくれてありがとう、ヘンリエッタ」

 アンリエッタはスイコを見ながら固まっていた。

 この街で一番分からないやつが来た。

産まれてきっと初めて、言葉を失う出会いをしたようだ。

……っていうか、なんでヘンリエッタ?

長い沈黙。そして突然スイコは、

「しゃあ!」と歯を見せ、爪を立て、襲ってきた。

 愛情表現として認識して受け止めるべきだろうか?

 いや、アンリエッタの心はそこまで広くない。スイコの隣に座っているだけですでに許容量は一杯なのだ。コレ以上は不可能。

「いきなりなにするんだよ、バカ!」拙いパンチで応酬。

 簡単にスイコの柔らかい部分にヒットした。

「あううう、」両手で柔らかい部分を押さえてスイコは後退した。「い、いいパンチだね、お嬢さん」

「何が、お嬢さんだ、バーカっ!」アンリエッタは立ち上がった。もう、こんな訳の分からないやつに付き合っていられない。それがたとえ愛情表現だって、無理がある。

「ま、待ってよ、ごめん、ちょっと、ふざけちゃった、ふざけちゃっただけよ、普段の私はもっとおしとやかで、真面目で、緊張で少しハイになっているだけで、……って、待ってってば、ヘンリエッタ!」スイコはアンリエッタの袖を掴んで引っ張った。

 振り返って言う。「ヘンリエッタじゃないよ、アンリエッタだよ」

「私、この前ファーファルタウから帰ってきたばかりなの、ファーファルタウではアンリエッタではなくヘンリエッタと発音するの」

「帰国子女? ねぇ、だから変なの?」

「いいえ、ファーファルタウ、五日間の旅、とっても楽しかった、ベルズアーバス宮殿、ビッグ・ベル、トゥウェルヴタワーブリッジに、フラワー・フィールズ・ライブショウ、YBCのコスロテをしてチェルシーガーデンで記念撮影」

スイコは指折り数えながらファーファルタウ五日間の旅を回顧して微笑んでいた。きっと、どんなにバカって言っても笑っているんじゃないかなって、アンリエッタは大きく息を吐いた。「……ねぇ、もう帰っていい?」

「駄目!」スイコは急に顔色を変えた。アンリエッタの袖を強く掴んで離さない。「まだ、シーソぉしてないよ!」

「え、やっぱり、その、本気なの?」

「もちろん、」スイコは本気の目をした。「ヘンリエッタと一緒にシーソぉしたい!」

アンリエッタはスイコから視線を逸らした。

困る。

 胸がドキドキしていたのだ。言葉の意味を知ってしまったから、どんな変てこな文句だって、それがアイ・ラヴ・ユーを意味するものなら、きっとドキドキしてしまうのだろう。

 ステラもきっと、今の僕と同じ気持ちだったの?

 アンリエッタは熱っぽい頬を触った。

 そのおり。

「っていうのは、嘘だぴょん!」ほっぺたに人差し指を突き刺して、スイコはお茶目にジャンプした。きっとウサギよりも自分の方が可愛いと思っているのだろう。

「……え?」

 アンリエッタはスイコの小憎たらしい微笑みをじーっと観察して、切れた。

「嘘ぉ? 嘘ってなんだよ、なんなんだよ、バカぁ!」アンリエッタはスイコの襟を掴んで激しく揺さぶった。

「あははははっ」スイコは高い声で笑った。アニメ声だから余計神経を逆なでる。

「もう、なんだよ、もう!」ひとしきり揺さぶって効果がないから、アンリエッタは手を離した。なんか疲れた。膝に手を付いて呼吸を繰り返す。

 そんな僕の前で。

 スイコは鈴のような涼しいスマイルでセーラ服の襟を正して、息を吸って、止めて。

 僕と目が合うのを待って、真剣な目をした。

「雛菊の花束が、私の気持ちだよ、私、」

「え?」

そしてスイコは両手を広げて、僕に告白した。

「アンリエッタと一緒に、洗濯したいっ!」



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