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第二章⑨

長谷部の元に戻ったシノは開口一番こう言った。

「間違いないわ、あの男がハンタね、」シノは傘を畳んで傘立てに強引に突っ込んで長谷部の対面に座った。「さて、どうする、小田切君」

「ああ、二人ともおかえりなさい、無事で何よりです、」長谷部は朗らかに言う。「早かったですねぇ」

「あれ、二週間待つんじゃないんですか?」小田切はシノの傘まで几帳面に畳み直している。

「何、悠長なこと言ってんの」シノはシガレロに火を付けた。

「何か進展が?」長谷部はノートパソコンの画面を見ながらキーボードを叩いていた。

「ええ、」シノはシガレロの煙を吐き出し、テーブルの下で足を組んだ。「小田切君、長谷部君に説明してあげて」

「ええっと、何から話そう」小田切はシノの隣に座る。

「あ、タオル」長谷部はノートパソコンを閉じて、二人の手足が僅かに濡れていることを確認するとすっと立ち上がり部屋の隅のロッカーを開いた。

「いいよ、濡れてないし」

「風邪引いてから後悔しますよ、今日は平均気温より五度も低いんですから」長谷部はバスタオルをシノと小田切に手渡した。

「ありがとう、」シノは微笑んだ。「で、なんだっけ? 小田切君」

「僕が上手く説明しろと、シノさんはおっしゃられましたね」

「あ、そうそう、上手く説明してあげて、きちんと時系列に並べて、整理整頓して」

「結論から言うと、」小田切はシノの言うことに耳を貸さずに発言する。「綾織はハンタを使ってグリフォンを捕獲していたのかどうか、っていう僕たちの推論は証明されたわけじゃない」

「綾織社長には否定された」

「そう、綾織は、予想通りだけれど、否定した」小田切もシガレロに火を付けた。

「まあ、ただの大学の研究者に向かって犯罪を告白しようとは、しませんよね、」長谷部はうんうんと頷いた。「あ、小田切さん、禁煙は?」

「ああ、しまった、」言いながら煙を吐くが、その火を消そうとはしなかった。「このスイッチがなまじ使いやすいもんだから」

「弱いなぁ」長谷部は微笑む。

「小田切君、早く状況を説明して、ディスカッションに移ろう」

「ええ、そうですね、」小田切も同感だった。知識が共有されるのは早い方がいい。「綾織は否定した、否定したが、ハンタらしき男がいた、名前が確か、コウイチロウでしたっけ?」

「コータロー」シノが素早く反応する。

「そうでした、コータロー」

「何か、証拠でも?」

小田切は首を振る。「いや、直感」

「うん」シノも頷く。

「なんだぁ、でも、小田切さんらしいですね」

小田切は微笑んだ。「とにかく、使用人としては不自然な男だった」

「不自然と言うと?」

「仕事は洗練されていたけれど、でも、洗練され過ぎている、といえば、イイのかな、天性で何事もこなすタイプに見えた、そういう男がなる職業がギタリストか、ハンタだ」

「なるほど、」長谷部はペンをクルクルと回し始めた。「よく分かりませんけど、小田切さんがそういうんだったら、そうなんでしょうね」

「それと、ま、決定的なのは、綾織の態度、綾織は僕が想像していたタイプの社長じゃなかった、気品はあるが威厳がない、余裕もなさそうだった、それは負い目があるからなのか、それとももともとそういう性格なのか、判断は保留するが、しかし、綾織は時間を先延ばししようとした、二週間、僕たちが警察という単語を出した瞬間から、綾織の目は何も見てなかった、ただ要領を得ない回答が返ってくるのみ、二週間の内に綾織はきっと何かを終わらせようとしている」

 小田切は話をしながら思っていることを整理していた。「そうだ、綾織は、何かを終わらせようとしている」

 長谷部は小田切が話し出すのを辛抱強く待っていた。

「綾織はすぐにでも逃げ出してしまいそうだった、社長の重圧か? 違うな、彼女は社長になりたくて社長になったんじゃない、何か、別の目的があって、ソレがグリフォンなのか? グリフォンのコレクタか? いや、違う、単純に金か、何かに使う資金が二週間の内に用意できる、ということか?」

「いずれにせよ、」長谷部はペンの回転を止めて発言する。「黒だと」

「断言できる証拠はないが」

「証拠がなくたっていいじゃないですか、さっそく動き出しましょうよ、結論に辿り着くために、証拠を拾っていくのが僕たちの職業です、証拠によって臨機応変に結論を変えていけばいい、百八十度違っていてもいいんですよ、とにかく拾い始めないと、また腰が痛くなりそうですけど」

「何かアイデアがあるの?」シノが長谷部に聞く。

「単純な肉体労働をしましょうって話です、」長谷部は立ち上がって、部屋の隅に並んだデスクトップパソコンの前に二人を誘う。パソコンの画面には潜水艦のレーダのようにグリーンの円がある。その円の中では赤色の光がそれぞれ僅かに移動しながら点灯していた。それはグリフォンの位置を示している。「さっき、プログラムを多少変更しました、発信機が送る信号が二十分、二十分間変化がなかったら、その発信機を付けたグリフォンをリストアップするようにしました、僕たちはそれに反応して現場に向う」

「肉体労働ね、確かに、急いで駆けつけたら静かにおねんねしてました、ってパターンに沢山遭遇しそうだ」シノが笑いながら言った。未来の筋肉痛を想像しているのか、年相応に顔が歪んでいる。

「安心してください、シノさん、神尾さんに頼んでワゴンを借りることに成功しましたよ、キーもちゃんと預かっていますから」

「え、ワゴンって、そんな、条例違反じゃない?」

「最新型の電気自動車だそうですよ、いわゆるプロトタイプってやつらしいです、横幅が狭いから白庭の木の通路も走れます、市の認可も降りているそうですよ、認可が降りているんですから、大丈夫ですよ」

「よくそんな大事なもの貸してくれるわね、なんのコネクション?」

「日々のご近所づきあいの賜物ですよ」長谷部は朗らかに笑う。

「二十分の根拠は?」小田切が顎に手を当てて聞いた。

「とあるグリフォン・ハンタの手記を昔読んだことがあって、ふと、それに書かれていたのを思い出したんです、グリフォンを殺すには上半身と下半身を均等に切断するのがいい、綺麗な状態で全てが手に入る、しかし、その場合にはリスクを負わなければならない、二十分間待たなければならない、正確ではないがきっと二十分は必要だ、ソレを待たずに上半身、下半身、どちらかに触れてみろ、その僅かなエネルギアをグリフォンは利用する、再生は始まる、新たに生まれるのはグリフォンに似ても似つかない合成獣、人間を吸収した醜い怪物」

「ああ、」小田切は頷く。「そういえば、クウヘがそんなこと言っていたな」

「あ、クウヘさんもご存じだったんですね」

「え、それ、ホントなの?」シノは両腕を抱き締めていた。

「極めてマイナな資料だったと思いますけれど、」長谷部は眼鏡を取って目元を指圧しながら言う。「でも、一介の大学生の僕ごときが閲覧できたんです、それくらいメジャってことですよ、クウヘさんもきっと同じものを見たか、あるいは他に、その事実か事実でないかはっきりしない生態が記述されている資料があったのか、とにかく、ハンタが知っててもおかしくないです、それを指標にしている可能性もあります、あくまで可能性ですが」

「うん、そうだね、ないよりはまし、よし、頑張ろう」シノは片腕を持ち上げた。

 そのとき、緑色の画面の上に、新しいウインドウが開いた。すかさずパソコンの上のプリンタが作動する。遅れてアラームが鳴る。長谷部はマウスを操作してアラームを消して出力された用紙に顔を近づけた。二十分間位置を変えなかったグリフォンの名前とその他様々な情報とそのグリフォンの居場所を示す円形の地図がその用紙に印刷されている。

「さっそく、ですね」長谷部は眼鏡をかけ直した。

反対に小田切は眼鏡をはずし、ジャンパを脱いだ。「行こう」

「ええ、雨が降っているとはいえ、まだ昼間ですから可能性は低いとは思いますけどね」

「よっしゃ」シノはジャンパの袖を捲った。

「あ、シノさん、」長谷部はシノの肩を触って引き留めた。「ワゴンは二人乗りですよ」

「え、私に留守番してろっていうの!?」

 激しい剣幕だがソレを長谷部は上手いこと受け流して小屋から出た。小田切も続く。

「ちょ、長谷部、小田切! コラ、何か言うことがあるでしょ! 私はあんたたちよりずっと年上なのよ!」

 小屋の扉はパタンと閉まった。扉に近いところでシノは叫んだ。「もう、なんなのよ、シーソだからね、次は私も行くんだから!」

 そして急にまた扉が開いた。長谷部だった。「あ、キーを忘れて」

 長谷部は箪笥の上の豚の貯金箱の腹を開けてテーブルの上で振った。硬貨と一緒にキーが出てきた。キーホルダの類は付いていない。「それじゃあ、行ってきますね」

「おう、早く帰ってこいよ!」シノはつっけんどんに言った。

「はい、了解です、」長谷部はやる気のなさそうな返事をしてから扉に手をかけて振り返ってシノを見た。「あ、シーソってなんですか?」

「次は私の順番ってことよ、そんなことも知らないの?」

長谷部は今日で一番真剣な表情をした。そして合点がいったように声を上げた。「あ、もしかしてローテーションって言いたかったんですか?」

「え?」

「じゃあ、行ってきます」

 長谷部が言ってから、シノは二十分くらい、このやり取りの意味を考えてきた。些細な言葉の間違いを理解した時に、シノは一人で赤面し蹲った。


 予想通り、初めてのワゴンはグリフォンの居眠りだった。それから小田切と長谷部とシノの三人はローテーションで深夜二十四時を回ってもワゴンを続けた。グリフォンには人間のように食事や寝る時間が決まっていないから、地下鉄のラッシュのような現象は起こらなかった。朝になっても小田切と長谷部はワゴンを続けた。しかし体力の限界を感じたシノは強制的に二人を帰宅させた。シノは小屋で仮眠を取ることにした、シフト上では今日はシノの当直だったからだ。



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