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第二章③

ステラとは水上駅の南口で待ち合わせをした。ステラは駅前の十二階建てのマンションの最上階に住んでいると聞いていた。それから、シーソのある公園が駅前の近くにあるらしいからだ。北口公園。水上市の一番北にある公園だ。川が目の前を流れ、向こう側の歳貨市が見える場所だ。

 アンリエッタが水上バスを降りると、噴水の前でふらふらと歩いていたステラがゆっくりとアンリエッタまで歩いてきた。ステラは黒いシャツに水色のネクタイ、灰色のロングスカートという出で立ちだった。ステラ・ベルのステラよりも、水上女子の制服のステラよりも大分大人びて見える。首や手や耳に金や銀のアクセサリを身に付けていた。ソレがいやらしくない気品がステラにはあった。一応、元社長令嬢なんだなと思う。

 ステラは水色のビニール傘を持っていた。アンリエッタも真っ赤なビニール傘を持っている。空は雨が落ちてきそうな濃い灰色だ。

「うふふ、アンリエッタってば、一体全体どうしたの?」おっとりとした口調と無防備な笑顔。「いきなり、シーソぉって、シーソって訳分かんないよぉ」

「シーソに乗るのが僕の夢なの」

簡単に言って、アンリエッタはステラの手を握って引っ張って噴水の間を歩き始めた。ステラがあんまりにもアンリエッタの手を触り続けるから、今ではアンリエッタもスキンシップに抵抗を感じなくなっていた。

ステラは笑顔で横に並んで歩き始める。北口へ行くには一度駅の中を通過する必要がある。「あれ、もしかして機嫌悪い?」

「シーソに乗らなきゃやってらんないよ!」アンリエッタは自分で言って訳が分からないと思った。

「やさぐれてるなぁ、うん、まぁ、確かに、楽しいよね、シーソ、」ステラは柔らかく微笑む。「私も好き、で、アンリエッタさん、どうしてそんなに不機嫌なんですか?」

「ステラは何も聞かずに、何も考えずに、僕と一緒にシーソにしてくれればいいの」

「うーん、よし、りょーかい、」ステラは唇を舐めて、ミステリアスな目で微笑んだ。「素敵だね、うふふ」

 アンリエッタは、ミステリアスな目に何かを期待してしまった。なんでそう思ったかは分からない。

 駅の中を歩いて、北口に出た。出て道幅の狭い道路を挟んですぐに北口公園の入り口があった。休日だというのに人はまばら。繁華街は南の方だから、コレが北口の休日の姿なのだろう。

 公園は遊具と砂場がなかったら、空き地と表現するにふさわしい広さだった。水上女子の広場の六分の一もないだろう。幼稚園児くらいの小さな女の子たちには丁度いいかもしれない。砂場には四人組の小さな女の子たち。彼女たちは片手で持てる小さなシャベルで真剣に穴を掘っていた。ダムでも作る気だろうか?

 シーソは左手の奥の方に見えた。その周囲は木の陰になっていて、なんとなくダークな雰囲気だった。そのせいかシーソを中心とした半径五メートル以内には誰もいない。スーツ姿の男性がその境界のギリギリのライン上のベンチで新聞を枕に居眠りをしているだけである。

 アンリエッタは公園に入ったものの、そのシーソに近づくのを躊躇った。なんとなく、歳不相応な気がして。しかし、ステラは速度を緩めずにニコニコとシーソまで歩く。仕方なく、という表現はおかしいが、アンリエッタもシーソまで歩く。

 シーソは何の変哲もない、普通のシーソだった。

 長い一枚の板の両端から数十センチ離れた場所に水色のハンドルが付いている。板の両端の地面にはクッションの働きをする古いタイヤが埋め込まれている。

 普通のシーソ。幼い頃の記憶と重なる。少しノスタルジックな気分。

 二人とも体は小型だ。シーソに跨っても問題ないと言えば、問題ないだろう。でも砂場で穴を掘る、女の子たちのことが気になった。チラリとアンリエッタはそっちの方を窺う。女の子たちは穴掘りに夢中だ。今のうちかもしれない。

 ステラはすでにシーソに跨っていた。

「早く」ステラはせかす。無邪気な顔だ。

「よーし」アンリエッタは飛び乗った。

 体重はほとんど一緒だから、アンリエッタは思いっきりジャンプする。ステラも同じようにジャンプする。アンリエッタは高い位置から落ちる。想像以上に楽しくて、砂場の女の子たちのことも忘れてアンリエッタは声を出して笑った。ステラも高い声を出して笑う。

「まるで空を飛んでいるみたい」ステラが興奮気味に言った。

 幼い頃、まだ自分が魔女だと知らない頃、アンリエッタはシーソに跨って魔女の気分を味わっていたことを思い出す。

 別にアンリエッタだけじゃない。

 他の女の子も夢中になってシーソに乗った。

 十一歳のバースデイに、魔女になれることを信じて、女の子はシーソに跨って夢見るのだ。

 お願い、どうかお願いします。

 女の子が皆、魔女になれるわけではない、そういう事実を幼稚園の先生から聞かされた日に、僕は神様に祈りながら、シーソに乗った。

 懐かしい記憶。

 今となっては、可愛い思い出。

 きっと、コレからの未来に必要のない思い出だけど。

 大事にしたい思い出。

 シーソに乗ったおかげで、引き出しから出てきてくれた。

 素敵な誰かとシーソするのも、夢だけど。

 幼い頃の魔女への夢を思い出して幸せな気分になったから。

 今は魔女として、あの頃の小さい僕の未来にいるのだから。

 まあ、今日は、いいかな、とアンリエッタは微笑んだ。

 ステラも同じ気持ちなのかな?

 風の魔女だからなおさら、シーソが楽しいのではないのだろうか?

 少なくともステラはあの時から空を飛んでいないから。

「私たちもシーソぉしたい!」

 突然だった。四人組の女の子たちの内の一人が砂場にシャベルを捨てて駆け寄ってきてアンリエッタに向かって言った。その女の子の可愛いドレスは泥だらけだった。靴も、頬っぺたも泥だらけだ。

『ダメェ』と小さい頃みたいに赤んべぇをしなかったのは、アンリエッタが少し大人になったからだ。



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