プロローグ
ステラ・ベルの色は白。
※
梅雨明けは明日。
天気予報がそう報じた水上市の日曜日。
日本で唯一のグリフォンの生息地であり、白い花々の咲き乱れるホワイトラグーンの水色の館のステラホールには、昼間から様々な女の子たちで溢れかえった。
その女の子たちに共通するのは、魔女だっていうこと。
それも水の魔女。群青色の髪を持つ、一般的に最も暴力的だとカテゴライズされる魔女だ。僕とステラ・ベルの社長を例外に、ステラホールには水の魔女が集結していた。
ここでは今、ステラ・ベルの再出発を祝う、盛大なカラオケパーティが開かれていた。カラオケといっても、伴奏はバックバンドが行う、という豪華なもの。
ステラホールの天井は開閉式で現在は開かれていた。ホールの両脇には赤い絨毯の敷かれた階段があり、曲線を描きながら二階に通じていて、その中央部はバルコニィのように手前に半円形上に迫り出している。そこがカラオケのステージである。水の魔女たちはそのステージに立って、様々なジャンルの歌を熱唱していた。ある魔女は踊りながら、ある魔女は号泣しながら、握るマイクに声を叩きつけている。
僕は感心している。
こんなに激しい雨が降っているというのに、よくもまあ、こんな風にはしゃげるなって。
水の魔女たちは雨に濡れるのを厭わず、プールの授業の自由時間みたいに、愉快に騒いでいる。朝から飽きずに雨を落とす曇天に向かって傘を差し、浮かない顔をしているのは僕だけだ。
水上市に引っ越してしばらく経った今でもまだ、僕は相も変わらず水が苦手なまま。僕の属性は彼女たちとは相いれない、火。どうしたって好意的になれる余地などないのだ。
けれどでも今の僕には以前のようにこんな光景をバカみたいだと思うこともなく、パーティを少しくらいは楽しめる、心の余裕が、少しくらいはある。
ステージ上に僕と同じ制服を着たウォッシング・マシン・ガールズの二人は、サイケデリックな楽曲をデュエットしながら踊っていた。
二人にはセクシィすぎる振付。
今日一番の盛り上がりを見せている。
僕も傘を差しながら、振付を真似て笑った。
そして最後に、ステラ・ベルの社長がステージに立った。
社長は僕を見て、ミステリアスに微笑んだ。
楽曲は『(ラブ・イズ・ライク・ア)ヒート・ウェイブ』。
社長は水色と白のドレスを濡らしながら、体を激しく揺らして歌う。
社長の輪郭は僅かに白く発光していた。
曲が終わり、気付けば雨が上がっていた。
空を仰げば上空を暗く覆っていた重量感のある雲は綺麗さっぱり吹き飛ばされていた。
誰が起こしたのか知らないが、きっと強い風が吹いたのだ。
ステラホールの天井は圧倒的な青い色。天守に立つ殿様が天晴れと言って扇子でも広げそうな晴天だ。
僕は傘を畳んで、水滴を落とし、青空を仰ぐ。
様々な色を含んだ複合的な虹の向こう側には、煌めく太陽。
雨に濡れた景色を輝かせている。
「濡れた皆を乾かしてあげて、」僕に向かってステラ・ベルの社長が言う。「ウォッシング・マシン・ガールズの乾燥機さん」
やっと僕の出番だ。
僕は頷き、階段を駆け登って、ステージに立った。
乾燥機の魔法を編もうと、安心の臙脂色の魔導書を広げる。
「待ってよ、アンリ!」
ウォッシング・マシン・ガールズの二人は急いで階段を登ってきて、僕の両隣に立って抱き付いてきた。
「せっかくだから、みんなまとめて洗濯しちゃおう、」スイコが僕に耳打ちする。僕が頷くのを待たずにスイコは階下の様々な女の子たちに向かって叫ぶ。「今日、集まってくれた皆を洗濯したい!」
「みんなー、ポケットの中のティッシュを全部出しなさい!」イスミが階下の様々な女の子たちに向かっておどけるように言う。
「え、嘘でしょ?」
僕は二人がふざけているのだと思った。だって女の子をそのまま洗濯しようだなんてバカげてる。
しかしでも、二人の目は本気だった。
わずかにアルコールの匂いが鼻を付く。
頬は二人とも、ほのかにピンク色。
「まさか、酔っぱらってるの!?」
二人は頷く代わりに僕を強い力で後ろに押しやり、バルコニィの前に出た。
「今日は、冒険気分ね!」スイコは僕にウインクして微笑む。「いーい、じゃあみんなぁ、」スイコは大きく息を吸い込み、特徴的なアニメ声で叫ぶ。「息を止めて!」
ステラホールの魔女たちは、鼻を摘まんで息を止めた。
スイコとイスミは群青色の髪を煌めかせ、声を合わせて叫ぶ。
『洗濯機!』
その瞬間どこからともなく大量の水がステラホールに流れ込み、ぐるぐると回転を始める。瞬く間にステラ・ベルに集った魔女たちはシャボンの泡にまみれた。
雨に濡れるよりも、彼女たちは楽しそう。
僕は水が大嫌い。
だけど。
洗ってもらいたいとか、ほんのちょっとだけ思った。
ほんのちょっとだけ。
ほんのちょっとだけだかんねっ。
だから僕は、梅雨とは思えないくらい晴れ渡る空を見上げて、ひとまず魔導書をパタンと閉じた。