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杏(あん)

この物語は前作puer‐Jamの続編です。

前作を読みたい方は、砂さらら か Puer‐Jamで検索してみてください。又は以下のURLからどうぞ。

http://nw.ume-labo.com/dynamic/novel/a/n0493a/index.php

僕はまたいつものようにロング・グッドバイのドアを押す。

「いらっしゃいませー」

若い女の娘の声だ。

「杏か。久しぶりだな」

「お久しぶりー。元気でした?」

「ああ、君も元気だった?」

「ええ、もちろん。昼間の仕事が忙しくなってお休みしてただけです」

「もうあたしのことなんか忘れてたでしょう?」

「まさか」

「本当に?」

「もちろん」

「そう。なら良かった」

杏は相変わらず明るく爽やかな女の娘だった。

「あれ、一人なの?」

「一人じゃ何かいけない?」

杏はそう言っていたずらっ子のような笑みを見せた。

「そうじゃないよ。もう一人でまかされるようになったのかと思ってね」

「嘘。こいつの酒を飲まされるのかって顔してるくせに」

「おいおい、からかうなよ。前にも言ったろう。君の作ったサイドカーは美味かった」

「ふふ。で、あたし一人ならどうするつもり?口説くの?それとも襲う?」

「おいおい。何だって君を僕が襲うんだよ。それに口説くも何も、前にデートだってしたじゃないか」

「たった一度ね」

「僕は君みたいに健全で綺麗な女の娘と居るのが得意じゃないんだ。もっともそんな機会もほとんど無いけど。君は大事な友達だ。あまりみっともないところを見せて嫌われたくない」

「どうかしらね。マスター」

キッチンからマスターが出てきた。

僕にちらりと目をやり

「今夜はどうする」

と言った。

「ラスティーネイルを」

「あたし一人でなくて残念でした」

杏がグラスに氷を落としながら言う。

やれやれ。この娘はどうしてこんなに僕をからかうのだろう。もちろん悪い気はしない。

とても良い娘だと思う。屈託無く、明るく無邪気だ。

きっと誰からも愛されて来たのだろう。見ていて微笑ましくなる。

こういう娘はめったに居ない。いつまでもこのままで居て欲しいものだ。

「まいった降参だ。君には勝てないよ、勘弁してくれ」

僕は両手を上げて細かく左右に振って見せた。

杏がグラスを僕の前に置く。

週末のせいか客の入りはまあまあだったが、常連客は誰もカウンターに居なかった。

窓際の席はいっぱいだったので、僕はそのままカウンターに腰を下ろした。

「最近良く来るんだって?ネコさんが言ってた。また眠れないんでしょ」

「うん。まあそうなんだ」

「何か悩んでるの?」

「いや、そうじゃないよ」

僕が言うと。

「さては女が出来たわね?白状しなさい」

杏は右手でピストルを形作って僕の胸に向けた。

そのとたん僕の携帯電話が音を立てた。

YOU GOT A MAIL。

「ほら見なさい。やっぱり女だ、白状しないと許さないから」

杏は微笑みながら言った。

この娘のこういったときの微笑が僕は好きだ。

「わかったよ。白状するからメール読んで良いかな?」

「良し。なら勘弁してあげましょう」

杏はピストルを引っ込めた。


エリスからの返信だった。


ダニエルさん。こんばんわ。

私アナタのメルマガ知ってます。

読みました。私のメルマガを紹介してくれてアリガトウ。

それと、「比処に居ないアナタへ」も読みました。

温かい詩をアリガトウ。


byエリス


僕はすぐさま返信した。


こんばんわエリスさん。

驚きました。

僕のマガジンを本人が読んでくれてるなんて、思いもしなかったです。

信じられないような偶然です。

全く驚いた。

こちらこそ読んでもらえて嬉しいです。

貴方の詩はとても心に突き刺さります。

痛みが伝わってきます。

僕なんかよりずっと文才が有りますね。

もったいないですよ。

詩人にだってそんなに居ないと思います。

あんな風に率直な、それでいて美しさの有る詩が書ける人。

もし貴方が、花について詩を書いたら きっと素晴らしいものを書くでしょうね。

実は今BARにいます。夜中に目が覚めるといつもここへ来ます。

そしてアルバイトの女の娘にからかわれて困っているところです。

もうタジタジです。

女性と言うのは男より色んな面で優れているのですね。

もちろん貴方も。


byダニエル


「終わった?」

「うん、もう済んだよ」

「じゃ、白状しなさい」

「冗談じゃなかったの?」

「あたしはアナタに冗談なんて言ったことありませんよーだ。全部本気なんだから」

「じゃ、さっきの襲うとかそういうのも?」

「当然」

ふう。

彼女の言葉がどこまで本当なのやら僕には見当もつかない。

「で、彼女は何て言ってきたの?」

「本当に女だと思ってるの?」

杏は頷く。

「何で判るの?」

杏は、信じられないと言った顔つきで。

「そんなの、当てずっぽうに決まってるじゃない」

はあ。全くかなわない。お手上げだ。

僕は諦めて一番最初のエリスのマガジンを見せた。

しばらく読んでいた杏は。

「何これ、最近こういう女の子が趣味なの?」

「趣味…。趣味って何だよ。ただ胸を打たれただけだ。綺麗だけど痛みが伝わってくる。そうだろう?」

「それは判るよ。で最近はもっぱらこの人とメールしてるんだ、こんな夜更けに毎晩」

「ちょっと待ってくれ。メールするのは今夜初めてだ。それになんだい。どうして僕が浮気を責められた夫みたいなこと、君に言われなきゃならないんだ?」

「ウ・ワ・キ・モ・ノ」

杏は僕の肩を人差し指で突つく。

「あたしには会いにも来ないくせにー」

「ここは一体なんなんだ?安スナックか?君はホステスで僕はくたびれたサラリーマンか?」

「電話もくれない」

僕は深呼吸をし。

「ねえ杏。君と話すのは楽しいよ。僕はそれが好きだ。

でもこういうのって、ふざけるにしても疲れるよ。

もっと普通に話ししようよ。頼むから僕を混乱させないでくれ。

僕は君が何を考えてるかさっぱり判らないよ」

僕はガックリと肩を落とした。

「ハッハッハ」

突然マスターが笑い出した。

僕は驚いてしまった。

もう一年近くこの店に来ているが、マスターが声を立てて笑うのをはじめて聞いた。

いつも無口というより、無愛想で いらしゃい とも言わないのだ。

「アンタ修行が足りないよ。マダマダだな」

そう言って僕の肩をポンポンと叩く。

「修行が足りないぞ」

杏が可笑しそうに頬を膨らませ言うと、何とか一件落着した。


杏が僕に好意らしきものを抱いているのは、僕も気づいている。

だからこそ僕は細心の注意を払わなくてはいけない。

彼女のような天真爛漫な女の娘は、そうそう居ない。

僕なんかと深く関わって傷ついてはいけないのだ。

僕は今の彼女との友人関係を失いたくなかった。

年だって20も離れている。僕の娘だとしてもおかしくない年頃だ。

そんな娘と友達で居られると言うのは、とても貴重な関係なのだ。

いつか僕の傍に居なくなるのは解かりきっている。

だからこそ僕の方からそれを壊したくない。

いずれ彼女も僕なんかには興味を持たなくなる。

それまでは友人で居たいのだ。


「杏。君はいったい僕に何を望んでいるんだい?」

「甘く危険な関係」

こともなげに言って見せた。これだ。全くこの娘は。

「あのね杏。そう言うのはもっと将来有望で、君を守るだけの力の有る、もっと若い人と探しなさい。僕は君のパパと大して年も違わないだろう?」

「それにもう一つ。

出来ればあまり性的なことにばかり意識を働かさない人のほうが望ましい。

僕みたいな男はもっとも君を傷つけやすいし。

その傷が君にとってプラスになることは無いんだ。

君みたいな可愛いお姫様は、従順な騎士を探すのが一番なんだよ」

「そして幸せになったら、僕みたいな人間のことは素直に忘れるんだ。

心の命じるままにね」

少々説教臭くなったがこれは本心だった。

杏はしばらく僕を見つめていたが、マスターのほうを向いて囁くように一言。

「ですって。お父さん」


「!!!」

僕は噴出しそうになって慌てて酒を飲みこみ、返って咳き込んでしまった。

「お お父さん?」

杏はスツールから半分ずり落ちた僕を見ながら、僕にしか見えないようにカウンターの下で左手の指をそろえ掌を上に向け、脇を絞め肘を内側にしてマスターを指した。

そして僕の耳元で。

「あたしの父です」

と言った。

僕は言葉を失って二人を交互に見比べた。

マスターには悪いが、美女と野獣だ。

もっとも僕の娘だったとしても、皇女と乞食といったところだが。

全く今日はここ数年で一番驚いた記念日になりそうだ。

http://plaza.rakuten.co.jp/24jihatu0jityaku/
24時着0時発……
管理人MISS.Mさんの企画協力。作詩提供により執筆しました。

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