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リフレインが叫んでる

アクセスありがとうございます。できましたら、そのままお読みいただければ とても嬉しく思います。


なんとか恋愛小説らしく話を戻すのに手間取ってしまい、およそ7ヶ月ぶりの更新です。

全文字数3874文字。

たったこれだけ書くのに11時間かかりました。

(^^;)

続きの更新は未定ですが、あらすじは出来ているので時間さえ作れればそう遠くない日にUPできると思います。

今後とも宜しくお願いします。

「長崎か」

僕は時計を見た。午後3時25分。

今から向かっても夜になるだろう。明朝出発した方が良いなと思う。

そこで気づいたのだが、アヤメはどうする?

一応彼女は物理的に存在しているのだけれど、いつ消えてしまうか判らない。

そう。この春の映画館で突然消えてしまった様に。

病院に居る綾女が意識を取り戻せば、ここにいるアヤメは消えてしまうのだ。


「あたしがあなたと寝たことで綾女はしばらくめをさまさないわ」

そうアヤメは言った。

そのために僕と寝たのだ。それが本当かどうか確かめる術は僕には無かった。

だとしたら彼女を信じるほかは無い。

一緒に居た方がいいのだが…


「何してるのよ?」

PCの画面を虚ろに見ている僕にアヤメの声が飛んできた。

我に返るとアヤメはすでに店の出口に向かって歩いていた。

僕はアヤメを追い声をかけた。

「何処へ行くんだ?」

「長崎でしょ?」

こともなげに言う。

「それはもちろんだけど、今から? 夜になっちゃうよ」

「夜だと何かいけないことでもあるの?」

何をイラだっているのだろう。

「だって閉まってるんじゃないか?」

「気になるなら訊いてみれば? 電話で」

「ああそうか…」

うっかりしていた。

すぐに電話をかけると年配らしい女性の声が聞こえた。

聖水を分けていただきたいのだが、夜に伺ってもいいかと訊ねると9時頃までなら開けているとのことだった。

「9時までなら行って良いそうだ」

僕の声は自動ドアに向かって虚しく響いた。

アヤメは店を出た後だった。

やれやれ。

彼女は本当にあの綾女の分身なんだろうか。ずいぶんと活発で行動的だ。

アヤメを見ていると全く普通の人間で、ドッペルゲンガーなどという得体の知れない存在だとは思えない。

逆に病院で昏睡している綾女の方が希薄な存在じゃないかと。

そう思って僕は自分の浅はかさに驚いた。

綾女の存在が希薄に思えるのは、それだけ彼女の生命が弱っているということではないのか?

もしかすると アヤメが活発であればあるほど、本体である綾女は消耗していくのではないだろうか?

僕の中でアヤメの声が反響していた。

『今年一杯に実現させなければタイムオーバー…』

僕はある考えに行き着いて焦りはじめていた。

そして後悔。

『あたしがあなたと寝たことで綾女はしばらくめをさまさないわ』

そういうことだったのか!

アヤメが活動すれば綾女は疲れるのだ。だから消耗する。

そして目覚められない!

ウカツと言ってこれほどウカツなことは無い。

僕は僕自身の手で綾女の生命を削ってしまったのだ。


そう思った瞬間、僕は前を歩くアヤメの肩を左手でつかんだ。

「綾女は後何日もつんだ!?」

「まさか期間が短くなったんじゃないだろうな!?」

強い口調になっていた。

アヤメが答える。

「それはわからないわ でも急いだ方が良いのは確かよ」

「さっき何故僕を誘った!?」

「あら、わからない?」

「僕を騙したのか?」

肩をつかんだ手に力がこもる。

「騙す? ねえアナタあたしが綾女の一部だってこと忘れてない? あたしはあたし達が生きるためにここに居るのよ?」

「しかし君は僕と寝た そして綾女はしばらく目覚めないと言った」

「ええ」

「目覚められないんだろ? 違うか?」

「気がついたみたいね」

「知っていたのか?」

「自分のことだもの 当然でしょ? それが必要だったのはアナタにも解かってるでしょ?」

そこまで話して僕は一気に虚脱感に包まれた。

僕は大バカ野郎だ!

何故もっと早く気づかなかった? 気づくべきだったのに。

自分を呪った。

しかしもう仕方がない。事件は起こってしまった。明らかに僕自身の過失だった。

とにかく早くアヤメと綾女を元通りひとつの存在に戻さなくては、綾女が死んでしまう。

アヤメも消えてしまうのだ。

タイムリミットはあと40日と数時間。

ここは行動するしかない。


「判った」

それだけいうと僕はアヤメの肩から手を離した。

「とにかく僕は出来ることをする 君達と僕自身のために」

アヤメは微笑んで言った。

「ありがとう アナタに逢えてやっぱり良かったわ」

アヤメは続けて。

「あたしアナタが好きよ」

思ってもいない台詞に驚いた。唐突に何を言い出すんだ?

と感じたが素直に答えた方がいい。そう思った。

「光栄だよ けど徹君に悪いような気がする」

さっきまでの荒立った感情は消えていた。

どちらかと言えば、親密な空気の中に僕達は居た。

「君は徹君のことを憶えてる?」

「もちろんよ」

「ねえ 僕は君と綾女とが別の存在に思えて仕方ないんだ」

「君は綾女とソックリな全くの別人で、けれど彼女の親友みたいな そんな風に感じるんだ」

アヤメは黙っている。

「だから訊きたいんだけど僕を好きになってくれたのは綾女なのかな?」

「あたしの感情は 綾女の感情よ あたしは綾女の精神が実体化した存在だもの」

アヤメはわずかだが目を伏せた。いくぶん悲しそうな表情に見える。

「君はそれを自覚してるんだよね」

アヤメは黙ってうなづく。

「だとしたら綾女は君の行動を憶えているんだろうか?」

「それはあたしにも分からない 綾女が目覚めている時はあたしは存在しないもん」

今度は間違いなく悲しい顔をした。

それで僕は何か胸がキュンと萎むような気がした。

「でも綾女は君を見たことがあるんだよね? きみはそう言ったろ?」

アヤメは黙ってうなずいている。

「綾女も、そう ディズニーランドで初めて逢った時君のことを分身だと言ってた」

「そう」

語尾を下げてアヤメが言う。

「うん だから君達が元通りひとつに戻ったら、綾女は君と僕が一緒に居た時のことを記憶してると思うんだ」

「例えば今この時のことをさ」

少しの沈黙の後

「そうね きっと憶えていると思うわ」

「だって、あたしはアナタのこと忘れたくないもの」

そう言って体ごと振りかえって僕の目を見つめた。

その目がこころなしか潤んでいた。

「僕は忘れない」

「えっ?」

「僕は君が存在していたことを忘れない 絶対にだ」

僕は自分でも驚くような台詞を言った。しかしそれは、本心に違いはなかった。

アヤメはかすかに震えていた。僕を見つめていた目を、ひときわ大きく見開いて。

そのときその見開かれた目から透明な光が雫となってこぼれはじめた。

「ありがとう」

その声も小さく震えていた。

震えながら立ち止まって僕の腕を両手でつかんだ。

「あたしがアナタに触れられるのは今だけなのよ…」

僕は意味がつかめなかったがアヤメがあまりに悲しそうなので ただうなずいた。

「いつ消えてしまうかは あたしには分からない」

「だからアナタと一瞬でも長く居たいと思ったのよ、死んじゃっても構わないって そう思ったの」

「死なせない」

僕は静かに、けれど力強く言った。

「君はきっと僕が助ける 自信はないけど…」

「でも、きっと助けるよ 死なせない」

アヤメはうつむいて、そして小さな声で言った。

「もし助けてくれても綾女は… あたしは… アナタを憶えていないかも知れないのよ」

「でも僕は忘れない」

もう一度静かに言った。

その言葉には自信があった。決して忘れるものか。

僕の腕をつかんでいた腕が今度は背中に巻きついた。

僕も同じように彼女の背に腕を回した。

つい一時間ほど前のホテルに居た時とはまるで違って、アヤメはとてもリアルだった。

そこには確かな感情と体温が感じて取れた。

僕らは互いの存在を確かめるようにしっかりと抱きしめ合った。

まるで、違う時空に吸い込まれるのに抗うように。

そして僕の腕の中に居るのは綾女だった。

今アヤメと綾女はシンクロしている。確かに僕はそれを感じていた。

そして確信に近いものが生まれた。

彼女達は元に戻れる。と。


僕はいっそう強く彼女の体を抱きしめた。






その時だ。


急にアヤメが萎んでいくような感覚があった。



「!」




今までそこに在ったはずのアヤメの体が、触覚を刺激しなくなった。空気のように。

目には見えるのだがまるで映像のようだ。


アヤメは慌てた表情になって叫んだ。

「今度逢ったらもう最後かも知れない! もう逢えないかもしれないの!」

咄嗟に僕は答えた。

「大丈夫だ安心しろ! 必ず元に戻す!」

映像が色を失い始める。

僕は悟った。

綾女の意識が戻り始めたのだ。

アヤメは近くのビルの陰に向かって走り出す。

僕も続いて走った。

ほんの数秒のことだったはずだが、人目に着きにくいビルの陰に駆け込むと同時にアヤメは消えてしまった。

消える直前にもう一度叫んだ声を残して。

「次は最後かも知れな…!」







僕は半ば呆然とアヤメが消えたビルの陰に立ち尽くしていた。

無意識に胸を手が押さえた。

急に走って息が乱れたせいだ。

その手がひんやりと冷たかった。



見ると僕の胸の辺りは、光の雫が染み込んで濡れていた。

僕は両手でその濡れ具合を確かめた。

それはまぎれもない現実で、アヤメが物理的に存在した証だった。

だってそうだろう?

いくらリアルに感じても存在しない者が涙を残せるはずがないのだから。



僕は片手の掌を胸に当てたまま再び歩き始めた。

南国といえども冬の陽は短い。

いつしか夜の気配がただよい始めている街中を、僕は独り駅に向かった。

胸の中に、アヤメの声がリフレインしていた。















お読み頂きありがとうございます。

宜しければ、ご意見ご感想をコメント蘭にお残しいただければ幸いです。

つまらない。の一言でも結構ですので。よろしくお願いします。

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