TAXIにて 2
「僕は彼女に新しい想い出を作ってやりたかったんだ。見てくれよこのカッコウ。僕は徹にになって綾女に、彼女に昔の心を取り戻してやりたいんだよ」
「それが偽りの想い出であったとしてもね。僕は彼女にあの、爛漫とした笑顔が戻るなら いつまでも徹を愛し続けていても構わないと思ってるんだ」
「それはそれとして、善いことかもしれないけど どちらにしても今年一杯に実現させなければタイムオーバーでゲームセットよ」
クソッ! 僕は胸の中で叫んだ。そして少し考えてからアヤメに訊ねた。
「ひとつ訊きたいんだけど、綾女は君の姿を見たことがあるんだよね?」
「だけど君が僕の前に現れるのは決まって彼女の意識がないときだ。なのにどうやって綾女は君の姿を見ることができたんだろう?」
「彼女があまりにも強く自分の死を願い想像したからよ。徹に対する色んな思いからね。自責、喪失感、他にもいろいろね。そしてそれが原因で彼女は自分の精神的分身を実体化させてしまった。それが、あたしね」
「彼女が自分の部屋の姿見、つまり鏡よね。それを何だったかな、んー そうガラス製の重い写真立てを投げつけて割った時よ。あたしは彼女の前に立っていたの。
彼女は直ぐにあたしが自分の分身だって悟ったわ。そして怯えもしなかったし、驚きもしなかった。それが最初で最後のあたし達の出逢いだったわけ。そのあと数十秒で綾女は意識を失ってしまったしね」
僕は黙ったまま目線で続きを促した。
「それ以降彼女はあたしを見ることはできなくなったの。だって物凄いエネルギーが必要になるはずだもの。つまり現代科学で実現できないほどのエネルギーよね?それが、か弱い女の娘 しかも重症の障害を持った怪我人よ?
そのたった一人から発せられるなんて信じられる?
言わば超能力を持ってしまったのよね、彼女は。だから彼女の意識が少しでも実体に残っている時は、あたしは出現できない。そういうこと。理解できる?」
「多分理解したと思う」
やれやれ。まるでSFだな。と、僕は内心思わずに居られなかった。
しかし、この世界はまぎれもない現実で、僕は今こうしてアヤメと話している。
そしてアヤメは、よく言われている「ダブル」「ドッペルゲンガー」の伝説や噂と違って、本体である綾女を救うために 僕の前に姿を現しているのだ。
事態は明白だった。
これは彼女達からのSOSなのだ。
綾女が僕を必要としているのだ。(もちろんアヤメも)
ならば僕の為すべきことはいったい何だ?
考えろ!考えるんだ!
僕の頭はガンガンという音が響き痛んだ。まるでドラム缶に閉じ込められて誰か大勢にバットで周りをたたかれているようだった。
気がつくとタクシーは病院の車寄せに着いていた。