鹿児島へ
この物語は前作puer‐Jamの続編です。
前作を読みたい方は、砂さらら か Puer‐Jamで検索してみてください。又は以下のURLからどうぞ。
http://id7.fm-p.jp/13/suna/
空港へ降りたっても雨はまだ降り続いていた。あれから3日も経つというのに。
季節はイチョウ並木や公園や森。
そして山々の樹木をすっかり紅や黄やだいだい色に染め上げ、いつまでも緑色の常緑樹を 舞台から追い出そうとしていた。
そして雨は、夏が完全に過ぎ去り。
秋というシーンへ移り変わって行く様を効果的に演出していた。
こんな南の国にも、秋はやってくるのだ。そして冬もいずれ来る。
2度目の鹿児島だった。行く先はもちろん、綾女の居る「高瀬 宅」だ。
僕は羽田で買った菓子折を下げてタクシーに乗り込んだ。
「隼人町の高速の入り口の方へ行ってください」
運転手にそう告げ、タバコを吸ってもいいか訊いた。
「どうぞ どうぞ。ここはタバコの産地で有名な町もあるんです。お客さぁのタバコもきっとそこで作られとっとでしょう」
彼はそう言って、ふぉふぉふぉと笑った。
「雨が降り込まんくらいに窓を開けとって下せぇ」
僕は礼を言って窓を1cm程開け、ラッキーストライク・ロングをチノパンツの左ポケットから取り出した。
ソフトパッケージのそれはS字に起用に折れ曲がっていた。ちょっとした美しさだ。
僕はその曲がり具合を十分堪能してから、イムコのステンレス製オイル・ライターで火を着けた。
それにしても。ラッキーストライクが鹿児島で作られているなんて話は初耳だ。
輸入タバコの葉で作ってるんじゃないのか?
そんな疑問を確かめる間もなく彼は話し掛けてきた。
「お客さぁは初めてかごっま(鹿児島)に来らんさったとね?」
「いえ2度目です」
「そうですか。よかとこでしょう?山には温泉も有るし景色も良い。海も有るし、なんと言っても櫻島の美しさはなかなかのもんですよ」
お国自慢が始まった。
僕は、ええとか そうですね とか、適当に相槌を打ちながら聞き流していた。
いつしか雨は上がり、暖かな陽光が差し始めている。
空港から綾女の町まで小1時間かかる。その間中、彼のお国自慢はずっと続いた。
僕は相変わらず上の空の相槌を打ちながら、綾女の事を考えていた。
彼女は今、どうしているだろう?
やはり1日中、夢遊病のように宙を見つめ続けたり、あらぬ所へ出かけたりして あの夫婦を困らせているのだろうか? それとも少しは病状は回復しているのだろうか?
僕がそんなことを考えている間に、車は目的の隼人町に入り国道の大きな交差点に差し掛かっていた。
「スイマセン。ここを左折して100mくらいい行ったら止めてください」
おはら節を唄っていた運転手は歌を辞め
「ハイ分かりました」
と言った。車を降りると雨はすっかり上がっていた。
路地を左に折れ1分程歩くと高瀬宅へ着いた。
門扉のない門を抜けると、家庭用の畑がありその間を通ると小さな前庭がある。小型車が一台止まっている。
「こんにちは」
大声で挨拶をしながら中の方へ入って行くと、母屋の裏から
「はーい」
と言う声がして、高瀬婦人が出てきた。
「まあ、あんたよう来んさったねぇ」
この地方独特のイントネーションで婦人は微笑みながら言った。
「こんにちは、またお邪魔に来ました。突然ですいません」
僕は菓子折を差し出し、頭を下げた。
「いいやぁ気になさらんでもええです。よう来んさった」
「綾女さんはどうしていますか?」
「今ねぇ、雨も上がったで裏庭で日向ぼっこをさせとっとです。今日は落ち着いとりゃーすで、会って顔を見せてやって下せぇ。きっと喜びますけぇ」
「ありがとうございます」僕は婦人について裏庭へ向かった。
日当たりの良い南西向きの庭は、金柑やボンタンの木が植えてあり実を着けていた。
左手の畑には野菜のほかに、見事な背の高い菊の花が20本ばかり咲いていて、白 黄 紫などの花びらと葉の上に、先程までの雨粒を載せていた。
それらは日の光を浴びてキラリキラリと宝石のように煌いていた。
それに包まれるように綾女は居た。