誕生日
この物語は前作puer‐Jamの続編です。
前作を読みたい方は、砂さらら か Puer‐Jamで検索してみてください。又は以下のURLからどうぞ。
http://nw.ume-labo.com/dynamic/novel/a/n0493a/index.php
「アナタこの間あたしと20も歳が違うって言ったでしょう?」
「そうだったかな」
杏は相変わらず週に2日僕の部屋へ通って来る。
「言ったわよ。アナタあたしが愛と同い歳だってこと忘れちゃったの?」
愛と言うのは僕の以前の恋人で、杏の友人でも有った。
「忘れていたかもしれない」
僕は灰皿代わりのコーラの空き缶にラッキーストライクの灰を落としながら言った。
「結構冷たい人だったのね」
僕は答える代わりに煙を宙に向かって吐き出した。
「愛のことも忘れちゃったの?」
「忘れるはずがない」
僕は間髪を入れずに答えた。少し声が荒かったかもしれない。
「彼女のことは忘れられるわけがないよ」
「もし忘れられるのなら、毎晩不眠症に悩んだりはしない」
「でも今はエリスさんに恋してるわけね?」
「何故そう思うんだ?」
「エリスさんのことが気になって、それで胃に穴が空くほどお酒を飲んだんでしょう?」
「だから何で僕がエリスに恋すると、胃に穴が空くほど酒を飲まなきゃいけないんだ?
だいたい何時僕がエリスに恋をしたと言った?」
僕はいつになく強い口調になっていた。
あまりにも的を射ていたからだ。
「アナタはあんな無茶な飲み方したこと無かったじゃない? 何時も落ち着いていて月を見ながらゆっくり飲んでた。それがエリスさんに遭ってから急にあんな飲みかたになって」
僕は黙っていた。
「あたし今日で24歳になったのよ。知らなかったでしょう?」
杏は話題を変えた。
「今日?」
「そう、今日が誕生日なの。一緒に祝ってくれない?」
「ああ、ワインとキャンドルとケーキを買いに行こう」
「ううん。そう言うのじゃなくていいの。もっと簡単なことでいいの」
「どんなこと?」
「キスして」
大きな目を、一際大きく見開いて 杏は僕の目を見つめた。
吸い込まれそうな瞳だった。そして圧倒的な瞳だった。
僕は理性を無くして、杏の唇に自分のそれを重ねた。
「……」
僕らは唇を離した。
「あたしアナタのこと好きよ。アナタはどう思ってるのかしら?」
今更ながらも、はっきりと告白されて僕はたじろいだ。
「僕も好きだよ」
そう言う以外にない。事実僕は彼女が好きだった。友人として。
しかもこの前の突然のキッス以来、僕の恋心は揺れていたのだから。
「でも誤解しないで欲しい。君のことは大切な、とても大切な友人だと思ってる。
僕は君を失いたくない。だからはっきり言って恋人にはなれないよ。
今のキッスはプレゼントだからね」
僕は慌てて弁解した。自分の本心に嘘をついて。
「愛とは付き合ってたくせに、あたしじゃダメなの?同じ17歳違いじゃない」
「そう言う問題じゃなくてね…」
「やっぱりエリスさんね」
杏は断定的に言った。
「あたし諦めないから。愛よりアナタを愛してみせる。それにエリスさんよりもね」
そう言うと杏は立ちあがり、ドアの方へ歩いていく。
ミュールを履きドアを開け、去り際に振り向いて。
「プレゼントをありがとう」
と少し意地の悪い顔で言った。
カチリとドアが閉まった。