8月の頃(3)
この物語は前作puer‐Jamの続編です。
前作を読みたい方は、砂さらら か Puer‐Jamで検索してみてください。又は以下のURLからどうぞ。
http://nw.ume-labo.com/dynamic/novel/a/n0493a/index.php
いっそ杏を抱いてしまえば良かっただろうか?
そうすれば僕らはいい恋人同士になれたかもしれない。
彼女はとても魅力的な女の娘だったし、僕を好いていてくれている。
僕だって彼女のことは好きだ。
ただ僕には自信が無かった。
杏を愛せるかと言う。
愛する責任が持てるとは思えなかった。
だから今までも彼女とは距離を置いてきたのだ。
僕は彼女を失いたくない。
今のままでも十分過ぎるほど良好な関係なのだ。
もし僕が彼女の想いに答えることが出来たとして。
けれど其れはいずれ終わる関係なのだ。
僕は彼女のように健全で魅惑的な女の娘を守り通す力など持ち合わせていない。
そのことが良く分かっているからこそ今まで心を閉じてきたのだ。
それを彼女はこじ開けてしまった。
立った一度のキッスで。
僕の心は立ち往生していた。
杏を想う気持ちと、綾女=エリスに対する想いと。
どちらにも優劣など着け難かった。
綾女に対する想いは日増しに大きくなって行く。
決して彼女への同情などではない。彼女が健常者で無いことなどまるで関係の無いことだ。
僕は一人の女性として、綾女に情愛を抱いているのだ。
残念ながら明確な理由は僕自身にも解からない。
所謂、一目惚れとでも言えばいいのか。
もっとも彼女との出遭いは文字の上からだったが、それでもそういうことは有るのだ。
僕はどうすればいいのだろう?
その答えは何時までたっても出そうに無かった。
僕に出来ることといえば、ただ煙草の煙を夜の中に吐き出すことだけだった。