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8月の頃(1)

この物語は前作puer‐Jamの続編です。

前作を読みたい方は、砂さらら か Puer‐Jamで検索してみてください。又は以下のURLからどうぞ。

http://nw.ume-labo.com/dynamic/novel/a/n0493a/index.php

僕が綾女にほとんど事務的とも言えるメールを返信したのには、少しばかり訳がある。

杏のことが幾ばかりか気になったからだ。


季節は夏の盛り。8月の始めに遡る。


バーテンのネコを相手に酒の好みについて、常連連中と議論していた時のこと。

ちょうど5杯目のラスティーネイルを飲み干した。

途端に強い吐き気をもよおした。

洗面所に駆け込む間も無くカウンターで嘔吐した。

しかし吐いたのは胃の内容物では無かった。

そもそも、その頃の僕は夕食も取らずに酒を飲むのが習慣になっていた。

酒で薬を飲み下したりもしていた。

口に当てたお絞りが見る見る赤黒く染まって行くのを見て、杏は短い悲鳴を上げた。

マスターが僕を見て言った。

「胃をやったな」

僕は3枚のお絞りを赤く染めようやく人心地ついた。

「あんたもう帰んな。しばらく来ん方がいい。家でも飲んじゃいかんよ」

マスターが言う。

「大丈夫?一人でちゃんと帰れます?」

とネコ。

「あたしが送って行く。それほど近くないんでしょう?」

「いいって」

僕は言ったが杏は引き下がらなかった。

「ネコさん。車貸して」

そう言うとネコからキーホルダーを受け取りカウンターから出てきた。

「大丈夫?歩ける?」

「そこまで酔っちゃいない。大丈夫だ一人で帰るよ」

「ダメよ」

そう言って僕の右手を自分の首に回し肩で僕を持ち上げ立たせた。

いつもの常連客の数人は、心配して声を掛けてくれた。

それらの声に、僕はまとめて。

「心配無い。悪くても潰瘍さ死にはしないよ」

と答えた。

杏の運転で僕はアパートへ着くと、すぐさまキッチンの流しへ行き再度吐き下した。

まだ口から出る液体は赤い色をしていた。

僕は杏に見られないよう慌てて蛇口をひねり水を流した。

これ以上心配させたくなかった。

振り向いて僕は

「ありがとう。もう大丈夫だ。最近少し無茶し過ぎたようだ。

しばらくは酒はおあずけにするよ」

そういって服のままベッドへ横になった。

「男の人の部屋にしては散らかってないね」

「散らかすものが無いだけだ。ありがとう。もう戻っていいよ。

僕と二人でこんな夜更けに長時間居たら、マスターや君に気のある連中がやきもきする」

「マスターは平気よ。アナタを信頼してるもの」

「信頼?」

「僕はマスターに信頼されるような事をした憶えはないよ」

「長年酔っ払いの相手をしてるのよ。人を見る目くらいあるわ」

「ならなおのこと急いで戻りなよ。僕の評価は高くないはずだからね。さあ、行くんだ。

でないと僕のほうが、自分に対する信頼を失いそうだ。僕だってオスなんだからね」

それについては、杏はいつものようには茶化さなかった。

「明日ちゃんと病院行くのよ?分かった?」

「OK。ちゃんと行く」

「じゃ、おやすみなさい。また来るね」

「そんなに心配要らない。じき治る。また店に行くよ」

「しばらく来ん方がいい。家でも飲んじゃいかんよ」

マスターの口真似をして、少しだけ微笑んで 最後は心配そうな顔に戻った。

「じゃあね」

カチリとドアの閉まる音がした。


そんなわけで僕は鬱と胃潰瘍とを抱える身になってしまった。

まったく大した財産だ。

杏が行ってしまうと、部屋は煙草のヤニでくすんだ 茶色い壁と天井のいつも通りの僕の部屋に戻った。

杏が居るだけでこんな部屋でも華やいで見えるのだなと僕は感嘆した。

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