隣の植木鉢を盗んだのは誰よ――フリマアプリで見つけたんだけど?
「私の植木鉢がない!どうしてなの!!」
早朝、女性の叫び声が響き渡った。
何事か、と飛び出してみると、声がしたのはお隣の山本さんの家だった。なにやら奥さんが庭先でもがいていた。
「ど、どうされたんですか」
尻もちをついて、手もお尻も土塗れ、顔は涙でびしょびしょの山本さんを助け起こした。
「薔薇が」
「え?」
「私の薔薇がないの!盗まれちゃったのよ」
家の中で、山本さんのご主人が警察に電話をかけているのが、かすかに聞こえた。
「あのいい匂いの薔薇?」
「そうよ。そうなの。今年も綺麗に咲いたと思ったのに。」
しばらく奥さんの話を聞いているうちに 、奥さんははっと我に返った。
「ごめんなさいね貴子さん。こんな時間に。迷惑だったでしょ?」
こんな時でも気遣ってくれるのが、この奥さんのいいところ。
「いいのよ。ほら、あたしは見ての通り、朝の散歩に行くから早起きしてるし。気にしないで。叫び声が聞こえたから強盗にでもあったかと思ったわよ、よかったわよ。無事で」
とはいえ、植木鉢は盗まれてしまっている。
奥さんの土を払って、涙を拭いている間に、ご近所の大田さん、小川さん、中田さんもわらわらと集まってきた。
「よかったわよ、何事かと思ったわよ」
「みんな早起きだから、気になって出てきちゃったの。危ないかと思って、私なんかこんなの持ってきちゃったもん」
フライパンとお玉を持っている大田さん。タウンページを持つ小川さん、そこらへんの石を拾ってきた中田さん。
「ばばあじゃ返り討ちにされちゃうわよ~」
なんて言って一笑いしている間に、警察のお兄ちゃんが二人でやってきた。
早朝の井戸端会議を開く私たちをみて、
「えーと、被害者はこちらの方?」
そう言って指さしたのは、私。
「違うわ」
「違います」
「違うわ、被害者はこちらの山本さんよ。」
「私よ」
「あ、そうでしたか。すみません、皆さん集まっておられたので」
「そういうのいいから、早く見てあげてよ。こういうの現場って言うんでしょ?あたし、ドラマで見たもの」
言い訳しながらへらへらするお兄ちゃんに、催促してみた。
こういうのおばちゃんの特権て感じがするわ。
よし、家に入った方をお兄ちゃん1号、庭を見ている方をお兄ちゃん2号と呼ぶことにするわ。
1号が家に入って、ご主人から話を聞いているみたい。
井戸端会議中の山本家前から、2号が庭を覗き込み、
「盗まれたものはなんですか?」
と聞いた。
井戸端組は興味津々で聞き耳を立てる。
「薔薇です」
「…薔薇ですか。貴重なものとか?」
「いえ、ごく一般的な。ホームセンターで売ってるのを買いました」
「なるほど。ものすごーーい寿命が長いものとか?」
「いえ、4、5年くらいしか経ってないはずですよ」
「ということは、そこまで高いものでは…」
「えぇ。死にかけのを買ったから、1280円の格安だったわねぇ」
段々と2号のやる気が無くなってきているような?
1号もそそくさと山本家から出てきた。
「それで、これからどうなるんですか」
我慢できなくなり、つい口を挟んでしまった。
「どう、と言われましても。盗難届は受理します。聞き込みと防犯カメラも一通り確認します。でも…」
「でも?」
井戸端組が食い入るように2号を見つめた。
「…これは現実的なお話ですが、今回みたいなケースの植木鉢は、ほぼ見つからないと思ってください。」
「えー!お金じゃないんです、大事に育ててきたんです」
奥さんが涙ながらに訴えたものの、気の毒そうな顔をしながら、1号と2号は帰っていった。
「これ、見つかると思う?」
「無理よ、だって見るからにやる気ないじゃない!」
「正直厳しそうよね…」
「そんな…」
べそべそしている奥さんを見ていたら、やおらやる気が漲ってきた。
「それなら私が見つけるしかないじゃない!」
むん、と立ち上がると、ご近所さんを見渡した。
「貴子さん、そうはいってもどうやって探すの?なにか当てがあるとか?」
「ううん、でもこの前テレビの特集で見たのよ。盗まれたものが、フリマアプリで売られてたのを見つけた人の話なの。ところでフリマアプリ使ったこと…ある?」
使ったことがなくて聞いてみると、みんな悲しそうな顔。
みんな使ってないんだわ。
「だ、大丈夫、何とかしてみるわね。私が絶対に探してあげるから!」
ドンを胸を叩くと、そそくさと帰宅した。
フリマアプリの使い方を覚えなくちゃ。
「うん?これをどうすればいいの。字が小さくて見えないわ」
インターネットで調べながら老眼の目をこらしてウンウン唸りながら登録して、アプリを立ち上げてみた。
「あらーこんなものが売れるの。信じられないわね…」
トイレットペーパーの芯に読み終わった新聞紙、空のペットボトルにその他諸々。
全部ゴミなのに、最近の若い人は酔狂ね。
あら、この化粧品、普通に買うより安いじゃない…どれどれ。
「なるほど、お試しで使って、肌に合わなくて売ってるってこと?げぇ、使用済みなの?ヤダヤダ」
小一時間、興味津々でいろいろ見ちゃったわ。
ゴホン、気を取り直して、山本さんの薔薇が出品されてないか、調べることにした。
≪薔薇≫で検索したら、生花も造花もドライフラワーも薔薇柄も全部出ちゃった。
こんなの1件ずつ見てられないわよ。
えーと、≪黄色≫を追加してみるわ。
ダメだわ。ちょっぴり減っただけ。
≪植木鉢≫をいれたらどうかしら。
植木鉢に植わってる別のお花も出てきちゃう。
難しい。
泣きそう。
「うーん、他に何か特徴あったかしら…」
山本さんの薔薇を思い出してみる。
うーん、そういえば、あの薔薇はツル薔薇だって聞いたような。
試しに入れてみましょ。
かなり絞れたわね…
これでもない、これも違う、これ…はそっくりさんだわね。
うーん…
この後半日くらい探すのに時間がかかってしまった。
「あ!これ!!」
半ば諦めかかった時、見覚えのある素焼きの鉢に、結ばれたピンクのリボン。
昨日、3本切ってもらった切り口も残ってる。
軒先で写真を撮ったみたいね。
でもこれ、どこなの。
どこかで見たような気がするんだけど…。
下手にメッセージを送って勘づかれたら困るわ。
「よし、うじうじしないで聞きに行くわよ!」
スマホ片手に突撃したのは、お隣の山本さん宅だった。
「奥さん、ね!これ、見て!」
すっかりしょげかえっている奥さんを、ご主人が慰めていたみたい。
フリマアプリの画像を見せると、さっと顔色が変わった。
「これ、私の大事な薔薇ちゃん!どこ、どこにあるの?」
やっぱり奥さんの薔薇だったわ。
やった!
「これね、この場所、見た覚えない?私はどうにも思い出せなくて。どこかのお宅の軒先だと思うんだけど、奥さん知ってる?」
ご主人と二人で画面を覗き込むと、うーんと唸りだした。
「見たことがあるような気がするんだが…」
「私もよ。でも、どこだったか…」
やっぱり二人も見覚えがあるのよね。
それなら…
「あの三人にも聞いてみるわ。誰か覚えてるかもしれないもの!」
山本さん夫婦から声を掛けられたけれど、大田さんの家に突撃した。
でも、大田さんも小川さんも知らないって。
最後の望みをかけて、中田さんの家に飛び込んだ。
「あ、これ、佐藤さんの家じゃない?」
「佐藤さん?」
はて、そんなお宅があったかしら…。
「覚えてない?何年か前の婦人会の花の品評会で、山本さんの奥さんにケチつけてきた陰気な人よ~」
「あ!そうだ、揉めに揉めて、最後は佐藤さんの家に行ったんだっけ」
そうだわ。
私たち、関係ないけど、山本さんの味方しようって勝手について行ったんだった。
「そうそう。そこでも喧嘩終わりみたいになったのよね、結局」
「そうよ、そうそう。すっかり忘れてたわ。」
大田さんが呆れたように私を見やった。
「だってあんた、興味ないことはすーぐ忘れちゃうんだから」
「まー失礼ね。あんただって終わったレシピすぐ忘れちゃうじゃない」
お互い様よねーと笑いあった。
さて、私は佐藤さんの家に行かなくちゃ!
あの時はどうやって行ったかしら。
えーと、えーと。
ついて行っただけだから全然覚えてないわ…。
どうしましょ。
「山本さん、何回もごめんなさい…」
迷った末に、山本さんに助けを乞うことにした。
佐藤さんのお宅だと伝えたら、二人とも思い出してくれたの。
道がわからないと正直に告げると、メモを書いてくれたの。
助かるわ。
「ここを曲がったら、T字路で…」
道順を口に出すのっておばちゃん特有かしら。
私もよくやっちゃうわ。
「あ、ほら、ここよ」
山本さんの家から、歩いて20分くらいの所に、佐藤さんの家があった。
写真と見比べても、全く同じ。
何よりも
「薔薇ちゃん!」
軒下に、盗まれた薔薇の植木鉢が堂々と置かれていた。
呼び鈴を鳴らしても出てこなくて。
しつこく鳴らしたら、やっと佐藤さんが出てきた。
とてもバツが悪そうに。
「なんできたか、わかるわよね?」
コクリと頷くと、薔薇ちゃんを差し出してきた。
でも、素直には受け取れないわ。
「なんで盗んだの?お宅にだって、お花はたくさんあるで…しょ…?」
お庭を見渡してみるも、前に訪れた時よりも花数が少ない。
あれ?…
さらによく見ると、目立たないように、枯れてしまった薔薇の鉢植えが置いてあった。
それもいくつも。
こんなに寂しいお庭だったかしら。
「…うらやましかったの。山本さんの家の薔薇が」
「なんで?前にお花の品評会にも出してたくらいなのに。あんなに枯れちゃったの?」
見つけた植木鉢を指さすと、悲しそうに頷いた。
「ええ。同じ種類の薔薇なのに、本を読んで、肥料も剪定も甲斐甲斐しくお世話したのに、枯れちゃうの。何度も何度も。なのに、山本さんの家の薔薇は、あんなに綺麗にたくさん咲いて。ご近所でも評判でしょ。いいじゃない、一鉢くらいくれたって」
「だからって盗んじゃだめでしょ。しかも、フリマアプリに出してたじゃないの。私見つけたのよ?」
フリマアプリの画面を見せつけると、絶句していた。
「それは、きっと夫ね。花なんかっていつもうるさかったから。勝手に出品したんだわ。皮肉なものよね。私はただ…うらやましかったの。うらやましかったのよ」
ここで佐藤さんは大きくため息をついた。
「あの家の薔薇なら、うちでも咲いてくれるって思って、魔が差したの。ごめんなさい」
改めて薔薇ちゃんを差し出してきた佐藤さんから、今度は素直に受け取った。
これで、許していいのかしら。
ううん、それは山本さんが決めること。
私はおとなしく帰りましょ。
また訪れる旨を告げて、私はさっさと帰宅した。
「山本さん、薔薇ちゃん、取り返してきたわよ」
早速山本さんのお宅に行くと、キスされんばかりに喜ばれた。
おばちゃんでも困っちゃうわ。
盗んだ経緯を伝えると、二人とも複雑そうな顔をしていた。
後日、山本さん夫婦が佐藤さんのお宅を訊ねて、なにやら話をしたらしい。
あらやだ、同席したかったわ。
盗難届を取り下げることと、過去の蟠りを解いて、すっきりさせたんだとか。
「めでたし、めでたしよね」
よかったわ。
「ちょっと、貴子さん聞いた?お隣の黒田さん、自転車盗まれちゃったらしいわよう」
「え、なになに?教えて~!」
またおばちゃん探偵の出番かしら!
わくわくが止まらないわぁ!




