マッチングアプリ詐欺かと思ったら本当に美少女と出会えました
大学生になったものの男ばかりの学部で、全く出会いがなく、彼女づくりに苦戦していた俺が、最後の手段で始めたマッチングアプリ。
最近ではアプリでの出会いが一般的になってきたというニュースがあらゆるメディアで発信されている今日において、アプリを始めればすぐに恋人ができるものだと思っていた。
「あー、全然上手くいかねー」
しかし、俺は現在、大苦戦中だった。
ふたを開けてみれば、男女のユーザー数の差により、女子には多くのいいねが集まる一方、男子は一部のイケメンたちにいいねが集中するという、まさに地獄のような環境だった。
女子というだけで写真がないのにも関わらず、いいね数が100を超えるアカウントが存在しているほどだ。
かという俺のいいね数は5。
1か月続けて分かったことは、女子は男子を選び放題な一方で、男子はタイプの女性などと考える暇はなく、ひたすらスワイプして数多くの女子にいいねを送り続けるしかないという悲しい事実だった。
「やっぱりやめておけばよかったな……」
マッチングアプリが最後の綱だったのに。
ここでもだめだとなると、彼女を作ることは俺には不可能だという現実を否応なしに突きつけられる。
しかし、最初に、調子に乗って6か月プランに契約してしまったので、最低でも半年はこの地獄を続けなければならない。
金を溶かして、さらに嫌な気分になる……。なんとも最悪だ。
考えてみれば、マッチングアプリで彼女を作っていた友達はみなイケメンばかりだった。あいつらが勧めてたから俺も始めたのに。だまされた気分だ。今度あいつらに飯でもおごってもらおう。
そんなこんなで俺は、一日1回はマッチングアプリを開き、やはりだめか、と絶望する日々を送っていた。
そんなある日。
いつものようにマッチングアプリを確認すると俺に一件のいいねがついていた。
すぐに確認する。
「…………嘘だろ」
なんと俺にいいねを送ってきたのは、いいね数カンストの999+の美女だった。
黒髪ロング。肌は透き通るように白いのに、不健康な白さじゃない。
目は大きすぎない。でも、印象的だった。
ぱっちり、というよりは、すっと横に広い形。
「こんな子がなんで俺に……?」
年も俺と近い。趣味や休日の過ごし方までほぼ俺と同じ。俺にとってまさに完璧な女の子だった。
すかさず俺もいいねを返し、すぐにマッチングする。
と、とりあえず何かメッセージを送らなければ。
『初めまして! こんな俺にいいねしてくださりありがとうございます!!!』
送信。
こんな感じでよかっただろうか。
ちょっと下からすぎてキモかっただろうか。
あれやこれやと考えてしまい、いろいろ妄想がふくらんでしまうがふと気が付いた。
そもそもこんな美女が俺なんかにメッセージを返してくれるわけないか。向こうは男を選び放題なわけだし。
多分間違えていいねしてしまったんだろう。
どうせ返信は来ないんだし、それならならもっとふざけたメッセージを送ればよかったかな。
なんて、俺にはそんな度胸も、ユーモアもないんだけど。
それから数分後。
完全に諦めていた俺は急に来た通知に驚きすぎて、思わずベットから身を起こした。
「……返信……きた?」
すぐにアプリを起動する。
『初めまして!! 趣味とか価値観とか同じだったのでいいねさせていただきました』
「夢……じゃないよな」
自分の頬を捻ってみるが、しっかり痛い。こんなかわいい子が?なんで俺に??分からない。考えるだけ無駄だ。
とりあえず返信しなければ。
『こちらこそ! 趣味が合う人とマッチできて嬉しいです!』
……無難。あまりにも無難だ。 もう少し気の利いたことを言えなかったのか、と送信後三秒で後悔が押し寄せる。
いや、待て。変に張り切って滑るよりはマシだ。 相手はいいね数999+の美女だ。下手なことを言ったら即既読スルー、最悪ブロックだぞ。
俺は自分にそう言い聞かせ、スマホをベッドの上に置いた。 ……のだが、気になって三十秒後にはまた手に取っていた。
既読は、まだつかない。
「そりゃそうだよな……」
向こうには他に何百人もの男がいる。 今この瞬間も、俺より面白くて、俺よりイケメンで、俺より会話のセンスがある男たちが、彼女のスマホを埋め尽くしているはずだ。
そう考えると、急に現実に引き戻されて胃が痛くなってきた。
――やっぱり詐欺なんじゃないか?
美人局とか、投資詐欺とか、怪しい副業の勧誘とか。 ここまで条件が良すぎるのは逆に怪しい。
そうだ。冷静になれ、俺。 浮かれてはいけない。
そんなことを考えていると、再び通知音が鳴った。
「っ……!」
反射的にスマホを掴む。
『ありがとうございます! さかゆうさん、休日は家で過ごすことが多いって書いてましたけど、インドア派なんですか?』
ちゃんと俺のプロフィールを読んでくれている。 しかも、名前まで。
「……本物だ」
理由は分からないが、少なくとも今この瞬間、この子は俺と会話しようとしている。 それだけで、胸の奥がじんわり熱くなった。
『はい、かなりインドアです! アニメ観たりゲームしたりしてると一日終わります(笑)』
送信。 今度は自分で読んでもそこまでキモくない……はずだ。
数秒後、すぐに既読がつく。
『分かります! 私も休みの日は家にこもってること多いです。最近はずっとアニメ観てました』
――え?
インドア。 アニメ好き。 黒髪ロングの美少女。
「……設定盛りすぎだろ」
思わず独り言が漏れる。 もはや俺の中では「現実」より「釣り」の可能性のほうがまだ高い。
だが、その疑念をさらに揺るがす一文が続いた。
『さかゆうさんがプロフィールに書いてた『俺が生徒会長になった瞬間に、目安箱に大量のラブレターが届くようになったんだが』、私も好きなんです』
「……マジかよ」
俺が軽い気持ちで書いた、ちょっとマイナーだけど俺にとっては凄く好きな作品。 それを知ってる人は、少なくとも俺の周りには一人もいなかったのに。
これは……
これは……
「…………運命だ」
彼女は俺の運命の人なんだ!!!
そうに違いない!!!
いやーやっぱりマッチングアプリは最高だなぁ。
本当にやってよかった。
全人類やるべきだよ、ほんとに。
『俺もその作品めちゃくちゃ好きなんです!! 何回も読み直しました!』
『えー!! 分かります!! 特にラストシーンが最高ですよね!!!』
『そーなんですよ! 会長と副会長の絶妙な距離感がもう………………』
それから、俺たちは順調にメッセージを重ねていった。
好きなアニメ、最近ハマっているゲーム、大学生活のこと。 話題は尽きず、返信も早い。
正直に言えば、楽しかった。
――楽しかった、からこそ。
その連絡は、ある日の夜に突然やってきた。
『あの……急にこんなこと言ってごめんなさい』
少しだけ嫌な予感がした。こういう時の予感はだいたい当たる。
頭の片隅では分かっていた。ただ考えないようにしていたのだ。彼女は明らかに、俺に話を合わせていると。もしかしたら彼女は『運命の人』ではなくて……。
『実は、今ちょっと困っていて……どうしてもお金が必要になってしまって』
「……ああ」
来た。 ついに来てしまった。
ほんの少しだけ、彼女に疑いの念を持っていただけに驚きは少なかった。
しかし、やはりショックは大きい。
理由は、身内のトラブルだとか、急な出費だとか。 内容は曖昧で、でも妙に生々しくて、変に納得できてしまう文章だった。
頭の中で警報が鳴り響く。
――詐欺だ。 ――典型的なマッチングアプリ詐欺だ。 ――ここで断れ。
分かっている。 分かっているのに。
かわいい女の子とメッセージができて嬉しくて、ダラダラとメッセージを続けてしまった。
だから彼女に情が湧いてしまったのだ。
『もし無理なら大丈夫だからね。本当にごめんなさい』
その一文が、致命的だった。
無理ならいい。 断っても嫌われない。 そう言われると、人は一番ダメな選択をしてしまう。
俺はスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。 そして――
『少しなら……力になれると思います』
送信。
数分後、俺は彼女に言われるまま送金まで行ってしまった。金額は、大学生の俺にとって決して小さくない額だった。
送った直後、胃の奥がぎゅっと縮こまった。 取り返しのつかないことをした感覚だけが、はっきりと残った。
『本当にありがとうございます。お金は絶対に返します』
それから、彼女からの返信は途切れがちになった。 次第に、既読がつくまでの時間も伸びていく。
「……やっぱり、か」
調べればすぐに分かった。 同じ手口、同じ流れ、同じ結末。
俺は完全に騙されていた。
情けなくて、悔しくて、笑うしかなかった。 彼女どころか、俺はカモだったわけだ。
――もう、終わりだ。
そう思っていた数日後。
再び、通知が鳴った。
『この前は本当にありがとうございました。直接お礼がしたいです』
「……は?」
一瞬、理解できなかった。
『ちゃんと会って、お礼を言いたくて。今度、時間もらえませんか?』
詐欺師が、わざわざ会う? そんなわけがない。
でも、もし。 ほんの一ミリでも、もし本物だったら?
お金と時間を大量に奪われた俺は、もうその可能性に賭けるしかなかった。
俺はマッチングアプリ詐欺に引っかかる馬鹿だからな。最後まで馬鹿になりきるしかねーな。
こうなったら、最後まで付き合ってみるか。
土産話でも持ち帰って、飲み会でみんなに笑ってもらおう。そう腹を括って俺は彼女と会うことを決めたのだった。
待ち合わせ当日。 指定された駅前で、俺は落ち着かずに立っていた。
「来るわけないよな……」
どうせドタキャン。 それか、知らない男が現れて俺からさらにお金を請求するとか。 まあ、誰も来ない可能性が一番高いか。
そう思った、その時。
「……さかゆうさん?」
鈴のように涼しい声がして、振り返る。
そこにいたのは――――
写真以上に整った顔立ちで、背が高く、黒髪ロングの女の子だった。 画面越しでは分からなかった空気感が、圧倒的な存在感としてそこにあった。
一瞬、言葉を失う。
目の前に立っている彼女は、間違いなくあの子だった。
「……」
「初めまして。……会えてよかった」
柔らかく微笑む彼女を前に、俺は戸惑った。
――これは、詐欺じゃない……のか?
じゃあ、あのお金は何だったんだ? なぜ、彼女は俺を選んだんだ?
疑問は山ほどある。
「本当に……来たんだ」
俺の第一声がそれだったのは許してほしい。
彼女は少しだけ眉を下げて、困ったように笑った。
「来ますよ。だって、ちゃんとお礼言いたかったですし」
駅前の喧騒がやけに遠く感じる。 俺だけが現実感を失っていた。
「あの……まずは、ありがとうございました!!」
彼女はそう言って頭を深々と下げてから、カバンから封筒を取り出した。
「これ、お返しします」
俺はそれを黙って受け取る。中に入っていたのは俺が彼女に送った分と同じ額の現金だった。
「え!?? ちょっと、どういうこと? 詐欺……じゃなかったの?」
「そう思われても仕方ありませんよね。実は、メッセージで説明させていただいたのは全部本当のことだったんです」
まっすぐな目だった。 嘘をついている人間の目じゃない。
「私、親も……誰も……頼れる人、いなくて」
少し間を置いてから、彼女は続ける。
「正直、ダメ元でした。こんなお願い、普通は断りますよね」
胸が、ちくりと痛む。
俺は「普通」じゃなかった。 ただの間抜けだった。
「いや、俺は……」
「でも」
彼女の声が、少しだけ強くなる。
「もし私が本当に詐欺だったら、どうするつもりだったんですか?」
「……っ」
図星だった。
「ネットで知り合っただけの女の子ですよ? 顔だって本物か分からないのに。そんな簡単にお金送っちゃダメです」
怒っている。けれど、その怒りは俺を責めるためのものではないことはすぐに分かった。
「ちゃんと疑ってください。自分を大事にしてください」
その言葉は、思っていたよりも深く刺さった。
俺は、自分を大事にしていなかったのかもしれない。 どうせ俺なんて、とどこかで思っていたから、騙されても仕方ないとさえ考えていた。
「……ごめん」
自然と頭が下がる。
「あ、謝るのは辞めてください! 結果的にさかゆうさんのおかげで助かったのは本当なんです。あのお金がなかったら、私……だから、凄く感謝しています」
彼女は一歩、俺に近づいた。
距離が縮まる。いい匂いが、ふわっと届く。
「だから、ちゃんとお礼させてください」
「お礼って……」
「今日は私が奢ります。あと」
少しだけ頬を赤らめながら、彼女は視線を逸らした。
「……私、さかゆうさんにだけお願いしたんです」
「え?」
「他にもマッチしてる人はいました。でも、お願いしようって思ったのは、さかゆうさんだけでした」
心臓が、うるさい。
「なんで……」
「メッセージ、ちゃんと読んでくれてる感じがしたから。下心よりも、優しさのほうが強そうで」
それはたぶん、俺がモテないだけだ。
でも。
「助けてくれたのがさかゆうさんで、よかったって思ってます」
真っ直ぐ見つめられる。逃げ場がない。
「だから……」
ほんの一瞬、彼女は迷うように唇を噛んだ。
「ちょっとだけ、特別に思ってます」
世界が、止まった。
「……それって」
「まだ分かりませんよ? でも」
今度は、はっきりと笑う。
「私、受けた恩には、同じくらいの恩を返さないと気がすまないんです」
騙されたと思っていた。自分はただのカモだと思っていた。
でも実際は。
マッチングアプリ詐欺かと思ったら、本当に美少女にと出会えて、しかも少し好かれていたらしい。
「……人生、バグってない?」
「バグってるのはお金送っちゃうところです」
即ツッコミ。
そのやり取りが、妙に自然で。
俺はようやく実感した。
「さ、早く行きましょうか!」
ああ、これはちゃんと始まりなんだ、と。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白ければ、ブックマーク、☆☆☆☆☆などよろしくお願いします。




