召喚された聖女をいじめたので、国が滅ぶようです
異世界から来た聖女が、泣きながら元の世界に戻ったという。
ほんの少し「ざまぁ」という気分と、これからどうなるんだろうという戸惑いと、あれっぽっちで逃げ出すなんてという怒り。
私は呑気に、そんなことを感じていた。
その日、誰が聖女を虐げていたかの調査が行われた。
鬼の形相の国王と宰相。
うつむき加減で、責任を押しつけられる誰かを探しているような王太子。
王太子の恋人だった侯爵令嬢は、既に拘束されている。
私たち、使用人は玉座の間に整列させられた。
清掃や行事の準備をするために入ることはあるが、招かれることなど想像したこともない。
だが、歓迎されているのではなく、断罪される人間を選別するためだ。
どうか、名前を呼ばれませんように。
そう祈ることしか、できない。
元の世界は貴族がいないと言って、礼儀作法を知らなかった聖女。
なにかというと、すぐに頭を下げた。
愛想笑いで、ごまかそうとしていた少女。
それに対して、下位とはいえ貴族だった私たち。
ほんの少し、魔が差したのだ。
自分たちよりもマナーのなっていない少女が、ちやほやされるのが不愉快だった。
王太子妃教育を頑張っていた侯爵令嬢が、気の毒だった。
誰にも頼れない少女は、誰にも訴えないだろうと侮った。
そう、その読みは間違っていなかった。
誰にも相談できないまま……夜ごと神様に訴えて、神様が哀れだと情けをかけたらしい。
「つまり、この世界よりも聖女を優先したのだ。
この世界は醜悪で、救うに値しないと判断された。
誰のせいだと思う? 正直に述べてみよ」
声は荒げていないが、押し殺した怒りが伝わってくる。
お、恐ろしい。
あんな些細な嫌がらせが、こんなことになるとは……。
「お、恐れながら、私はなぜここに呼ばれたのか、心当たりはありません!」
厨房の男が発言した。
宰相は持っていた書類をめくり、何かを見つけた。
「君は、聖女の食事に激辛の唐辛子を入れたり、酸っぱい実を混ぜただろう。
恋人のメイドから、聖女が泣きながら食べた様子を聞いて、笑っていたそうだな」
厨房での出来事まで把握されているとは思わず、言い逃れできると踏んでの発言だったようだ。
「そこまで把握しているなら、やめろと一言……」
男が、もっともなことを言った。
「よくもまあ、この期に及んで――。
これから先、全ての食事に――短い間になるだろうが――同じ物を入れてやれ。聖女の気持ちを少しは味わいなさい」
宰相の発言を、国王はうなずいて承認した。
「さて、お前たちには、聖女の代わりをしてもらわなければなるまい」
五十年ごとに異常に増える魔獣。その魔獣を率いる魔獣の王。
それを倒さなければ、人間の国は蹂躙される。
百年前は、三つほど離れた国が滅んだ。人の住まいは廃墟となり、魔獣が闊歩しているという。
それを倒すための奥の手が「聖女」だ。
この世界に生まれることもあるが、見当たらなかった場合は異世界召喚で呼び寄せる。
二百年前に召喚された聖女は絶世の美女と言われていたので、王太子は期待していた。
当時の国王のように、理想の夫婦となってみせると意気込んでいた。
ところが今回召喚された聖女は、とても慎ましやかな……平凡で気の弱そうな少女だった。
ハズレを引いた。裏切られた。
そんな勝手な思い込みで、問答無用で召喚されて怯えている少女に八つ当たりをしたのだ。
「魔獣の巣の近くまで行き、そこで毒を飲め。毒入りのお前たちを食った魔獣は死ぬだろう。
聖女の祈りで魔獣を遠ざけられなくなったのだ。
無価値な……いや、存在することが罪深かったお前たちには、似合いの最期だ。
それでも、聖女の働きの半分にも及ばないがな」
国王が深いため息を吐く。
「ならば、この者たちの親に、教育不行き届きとして連座の刑を科したらどうでしょうか。
親子揃えたら、聖女様のお働きと釣り合うかもしれません。足りなければ兄弟を」
宰相はとんでもない提案をした。だが、冗談で言っているわけでもないようだ。
国王はちらりと私たちを見た。
「そうだな。それしかあるまい」
「親は関係ない!」思わず叫んだ者がいる。
「親の教育が悪かったと国王陛下がおっしゃったのを、聞いていなかったのですか。
親だけでなく、一族郎党に償ってほしいくらいですよ」
宰相がすぱんと切り捨てた。
「ああ、聖女様が一生懸命にこちらのルールを学ぼうとしたように、魔獣の社会に馴染もうとしたら生き延びられるかもしれませんよ。
できるものなら、試してみては?」
嘲るように続けた。
「おいおい。毒薬を飲ませるんだから、そんな余裕はないだろう」
国王が軽く笑った。私たちはもう、守るべき国民ではないと思い知らされる。
「ならば、致死量ではなく体が動かない程度にしたらいかがでしょうか。悔い改める時間も必要かと」
一段とひどい内容になった!
「なるほど。我らが徹夜で対策会議をしなければいけないのも、こやつらのせいだからのう。
無能な王子の『万事上手くいっております』などという戯れ言を信用した、我らもうつけ者だったわけだが」
自嘲する国王。ふと視界に入ったモノに言及する。
「そこの、失神した者に水をかけて起こせ。現実逃避など、許さぬ」
バケツで運んでくるのではない。
水魔法で球が作られ、風船が割れるように破裂するのだ。
水しぶきが飛んできて、背中がぞくりと冷えた。
「さて、無能な我が息子よ」
のろのろと王太子は顔を上げた。
「お主の賛同者たちに、罪の証をつけよ。
今、運び込まれた焼きごてを、罪人の証として額に刻め。お前がやるのだ」
国王は立ち上がった。
「全員やり終わるまで、こやつに食事を取らせるな」
それは息子にかける声ではなく、裁きが終わった罪人にかける口調だった。
額に焼き印……最も重い、国家反逆罪だ。
私たちはそれほどの罪を犯したというのか?
「そういえば、もう一つやることがあったな」
国王は王太子の胸ぐらを掴んだ。
国王の護衛騎士は「失礼」と軽く言って、恐怖で身動きが取れない王太子の左胸から王太子の証を取った。
「あ、それは!」
王太子がそれに手を伸ばしたが、国王に手を叩かれる。
「この国を危険に晒す者は、これを着けるに値しない。そんなこともわからんか」
国王の目からは、息子を見るときの慈愛は消え失せていた。
すでに敵国の捕虜を見る目つきだったかもしれない。
「お前は、魔獣の王に捧げる。それまで自害せずに待っておれ」
その言葉に……王太子ではなくなった男が気を失った。
直後、遠慮のない水しぶきがあがった。




