第8話 見つけた
―リュートの両親のお話―
「あれが、ヴァルーズ像じゃないですか?」
澄んだ声とともに、青年が杖の先で像を指し示した。サラサラの黒髪を後ろで束ね、裾の擦り切れたローブを羽織ったその姿は、旅慣れた学者のようでもある。
杖の先端には、中心に窪みを持つ赤い魔石が嵌め込まれており、陽光を集めると細く鋭い光が像を照らした。
「ん~、確かにそのようですね、テオ君。かつての大戦で奇妙な術式を操り、多くの魔族を屠ったとされる伝説の義賊――ヴァルーズ。もっとも本人は“しがない盗賊”と自称していたようですが……」
そう言って応じたのは、銀髪を陽光に煌めかせる長耳族の男だった。いかにも芝居がかった仕草で毛先を払い、優雅に言葉を継ぐ。
「ん~そうだ、せっかくだから次の舞台では義賊ネタを取り入れましょう! 極悪大臣から奪った金を屋根の上から撒くなんてどうです? ついでに、ヴァルーズは実はこの村の特産“魔紙”を用いた魔法陣使いだった――なんてのはどうでしょうか!」
「あふ……いいですか、ジャン? “天下一の千両役者”を自称するあなたが盗人の役って……それに、魔紙の話は軽々しく口にしない方がいいですよ。下手をすれば、密偵と勘違いされて厄介なことになりますから」
テオと呼ばれた青年は、あくびを交えながら淡々と忠告を返す。
「ん~面白いと思うんだけどなぁ……あ、そうだ! だったら魔紙で大金を稼ぎ、大国と経済戦争を起こすって筋はどう? 額に貼るだけで“社長、どこまでもお供します!”って洗脳効果付きとか! “靴をお舐めしましょうか?”的な展開も!」
両手をせわしなく動かしながら、ジャン・ポールが妙案をひねり出す。
「……誰がそんな卑屈な劇を観たいんですか。とにかく、この村で“紙”ネタは禁忌です。絶対にやめてください。それと――その手に持ってるおにぎり、いつのですか? 今朝はパンでしたし、昨日の食事もご飯は出していませんよ。考え事もいいですが、食事はきちんと摂ってください」
ジャン・ポール。自称“天下一の千両役者”にして、一座の看板俳優。万人を魅了する美貌と、息を呑むような演技力の持ち主であるが――生活能力は壊滅的。着替えも食事も睡眠もおろそか、つまり、絵に描いたような“ダメエルフ”である。
「もう着いたのかしら?」
客車から顔を覗かせたのは、ウルフカットの金髪美少女。彼女もまた長耳のエルフである。
「この峠を下って、川沿いに少し行けば着きますよ、カトリーヌ嬢」
「川で泳いでもいいかしら? 汗かいて気持ち悪いのよね」
そう言いながら、彼女は身を乗り出し、胸元の服をパタパタと仰いだ。
「……前かがみでそんなことするから、ガッツリ見えてますよ。いつまでも肌着姿じゃ困ります。あなたは看板女優なんですから。それに村も近いんです。お願いですから、泳ぐのは禁止で」
テオは額を押さえ、呆れたように嘆息する。
「あら、見てくださって構いませんわよ?」
上目遣いに襟を引き、カトリーヌが誘惑めいた声を出す。
「……恥じらいって概念、身につけてください。ほんとに、また捕まりますよ」
「はぁ~い」
絶対に聞いていない返事が返ってきた。
カトリーヌ・ブーリ。絶世の美貌と、人々の心を震わせる歌声を持つ、もう一人の看板女優。だがジャン同様、生活力ゼロに加えて羞恥心もゼロ。ある意味、最強である。
エルフ族――高い魔力と容姿に恵まれ、寿命は千年にも及ぶ。そのせいか、時を持て余して堕落する者も多い。ジャンとカトリーヌも、そんな時間の渦中で己を輝かせるべく、舞台に身を投じた“自堕落な役者”であった。
「私は護衛です。家政婦ではありません。最低限の常識くらいは身につけてください」
肩を落とすテオに、「「はぁ~い」」と間延びした声が二重に返ってくる。
テオ――この二人の護衛、いや、飼育員……いやいや、元は魔道具士である。武具ではなく主に道具や魔石の加工を専門とし、旅一座に同行する理由は、珍しい素材の採取と補給が目的だった。
一行が河原を越える橋を通過したとき、予感が的中する。
「キャッホー!」
カトリーヌが突然、荷台から川へダイブ。さっきの気のない返事は、やはり“フラグ”だった。
透ける肌着のまま背泳ぎを始める彼女に、テオが苦々しい表情を浮かべた瞬間――水面に、赤い目をした巨大な魚影が現れた。
「っ――!」
ヌゥと顔を出した魚の魔物が、カトリーヌをパクリ。
間一髪、テオが飛び込み、風の刃で魔物の口を裂いて救出した。
「面白かったぁ~! もう一回やろう!」
助けられた本人は、懲りるどころか笑顔で再挑戦を希望していた。
◇ ◇ ◇ ◇
波乱の道中を経て、一行はようやく村に到着。村の門では、精悍な顔立ちの門番と、やけに間の抜けた表情の門番が待っていた。
柑橘の香り漂う冷たい飲み物でもてなされ、旅の疲れを労われる。
返礼に干物にしたレッドアイを渡すと、門番は目を輝かせた。
「こりゃまた凄いもんを……レッドアイですじゃ! 煮ても焼いても刺身でも絶品でしてな、幻の魚と言われております」
そう言って、門番は満面の笑みを浮かべる。
……なお、濡れたままのカトリーヌは相変わらず透けていたため、慌てて服を着せてから、本題――村での注意事項の説明が始まった。
・村の上層階へ勝手に立ち入らないこと
・劇場以外では護衛をつけること
・“魔紙”に関する言及は厳禁
さらに、「専属のメイドをおつけします」とのことだったが、要は24時間監視要員だ。
だがテオにとっては、それはむしろ恩赦である。
(干物男女を四六時中監視してくれるなんて、素晴らしい……!)
「門番さん、ひとつ確認を。村の外は自由に出歩いて構いませんか?」
「ええ。ただ、時折魔物が出ますのでお気をつけてくだされ。レッドアイを獲るような方なら大丈夫でしょうが……」
その言葉に、テオは思わず神に手を合わせた――無宗教なのを忘れて。
「それでは、僕の仕事はしばらくお休みですね。護衛は門番さんにお任せします。この二人の“取扱説明書”です。よろしくお願いします」
そう言って手渡したのは、長編小説二冊分の厚みを持つ解説書だった。
呆気に取られる門番を尻目に、テオは軽やかに村を出て行く。
「魔物にはお気をつけてー!」
「「お土産忘れないでね~!」」
背後からそんな声が飛んできた。
だが、彼の背を――透明な“影”がじっと見つめていたことに、テオはまだ気づいていなかった。




