第71話 テイマー誕生
日暮頃になり、ようやくオルビヤに到着。
街の大通りには、至るところに魔石灯が灯り、その暖かな輝きが空気を柔らかく染めていた。光はただ明るさをもたらすだけでなく、建物の輪郭を際立たせ、石畳には淡い影を落としている。遠くに見える塔の上にも魔石灯が設置され、生まれたての夜空と上手く調和していた。
市場には新鮮な肉や艶のある野菜、胃を刺激する香辛料といった質の高い日用品が豊富に揃い、本当に輸送が滞っているのか疑問に思うほどだ。ただ、漁には出られないためか、鮮魚店の魚の種類は少なく、浅瀬で採れる貝類や小魚がほんのわずかに並ぶ程度だった。
とは言え、全体の品数は豊富なことから夕飯の買い出し時となるこの時間帯ともなれば、通りは帰宅途中の人々で大いに賑わっている。
そんな人混みの中で、サラ達は異色を放っていた。
サラ達の周りだけ奇妙な空間が出来ていたからだ。
その理由は明らかで、見た目が肉食獣そのものであるセイラを恐れ、誰もが彼女から距離をとっているのだ。そればかりか、剣の柄や杖に手をかけ、いつでも戦闘に移れるよう身構える者すらいる。
そんな光景を目の当たりにして、セイラは嫌気が差したのだろう。視線を落とし、サラの陰に隠れるように身を縮めていた。もっとも、体高2m程ある大きな体は全く隠し切れていないのだが……。
「――リュート?」
周囲の面倒な冒険者たちに気をとられていると、ふいにサラの首が傾いだ。リュートの姿が見当たらないのだ。
どこにいるのかと辺りを見回してみるが、どこにも見当たらない。これだけの人混みでは闘気を使った索敵も役に立たず、仕方なく魔道具『風の音』で通信を試みようとした時、背後からリュートが現れた。
「――どこに行ってたんだ?」
サラが問いかけるも、リュートは「ちょっと」と軽く答え、セイラのそばに進み出た。そして、手にした緑色のスカーフを彼女の首にそっと巻きつけると、
「一緒にお店に入れれば良かったのですが……とりあえず、今はこれで我慢してください。こうすれば使役された魔物だと思って貰えるかと」
リュートが真新しいスカーフをセイラの首に巻き終えると周囲からは「ほら、やっぱり使役獣だよ」とか「スカーフ巻いた猫ちゃん、かわいー!」といった声が漏れ出した。
そんな反応にセイラは、耳をぴくぴくと動かし隠れていた(つもり)サラの後ろから姿を現した。そして、翡翠色のスカーフの端を手に取り見つめると、満足げな様子で猫のマーキングのようにリュートの足に顔を擦り寄せた。
「リュー兄ありがとう」
小さな声でそう呟くと、リュートは「どういたしまして」と返しながら、彼女の頭を優しく撫でた。
そんな二人の様子を見て、思わず微笑むサラは、大事な提案を口にする。
「さて、早速だがギルドにテイマーの登録をしに行こう。」
「えっ!? 明日でもいいじゃないですか?」
今すぐに冒険者ギルドに向かおうというサラの提案に、リュートは慌てて制止するが、
「いや、このままではセイラが宿に泊まれない。冒険者ギルドで身分証を発行して、テイマーだと証明しないときっと宿の店主は納得しないぞ」
珍しくサラに理詰めで返され、言い返せないリュート。視線を感じセイラをみると「約束したんじゃん」と言わんばかりに頬をぷくっと膨らませ、無言の抗議を示していた。どうやら先ほどの加点は失われたらしい。
「――わかりました。それでは、冒険者ギルドへ行きましょう」
観念したリュートと一行は冒険者ギルドを目指す。ギルドの建物は大通りを一本外れた繁華街の中ほどに位置していた。
ナ・パリでもそうだったが、どこの街でも大体、ギルドは同じような場所にある。これは決まりや伝統ではなく、冒険者たちの利便性を考慮した結果だ。
オルビヤの冒険者ギルドは、一見すると酒場のような造りだった。大きな町の割に簡素な建物で、それを意外に思ったリュートが尋ねると、サラから「大きな都市では、冒険者ギルド単体で建物を構えることは少ない」とのことだった。
それは考えてみれば理にかなっていた。大都市では、冒険者ギルドは必要最低限の機能に絞られ、周囲の専門店と連携することで効率を高めている。依頼主でもある店と競合しないための、賢いやり方だ。
一方で、商店の少ない小さな都市では冒険者の利便性を考慮して、万屋、酒場、宿屋など複合的な機能を持たせる。実に理にかなっている経営方針と言える。
話を戻す。
一行は、前後両方に開くスイングドアを押してギルドの中へ。足を踏み入れた途端、さっそく室内に設けられた商談用のテーブルから、剣呑な視線が飛ぶ。血の気の多い輩の多い冒険者ギルドではおなじみの光景だ。見慣れない顔が入ってくると、一斉に値踏みするのがやつらの習性である。
だが、サラはすでに名が売れている冒険者だ。
その存在に気づいた視線の主たちは、まるで電撃でも食らったかのように硬直。突然、咳払いをしたりトイレに立つふりをして、余所余所しく視線をそらし始めた。
そんな周囲の動揺を意にも介さず、サラは受付に向かって真っすぐ進む。
受付には、豊満な胸を持つ糸目の獣族の女性が立っていた。耳の形からして、狐をルーツに持つのだろう。
「サラ ヘンドリクスだ!今、この街に着いた。早速だが、冒険者登録をしたい」
そう言いながら、サラは腰のシザーケースから冒険者カードを取り出す。
「これは……サラ様! ようこそお越しくださいました。A級に昇格されたそうで、ご活躍は伺っております!」
受付嬢はカードを見ることなくサラを認識すると、深々と頭を下げた。しかも両手を前で揃える丁寧な仕草つきで。おそらく彼女の自然な所作なのだろうが、その体勢は彼女の大きすぎる胸をさらに強調し、妖艶な姿勢を作り出していた。
背後から「ごくり」と唾を飲む音が聞こえるのも無理はない。商談用の椅子に座る冒険者たちが、本当に商談目的でここにいるのか、このテーブルに座ることが目的では?と思えるほどだ。
「それと、新規の冒険者登録もお願いしたい。彼は私のパーティーメンバーだ」
サラが促し、リュートが前に出た。
「あ、えっと。リュートと言います。職業は商……テイマーです。」
「サラ様のお仲間? それもテイマー……ですか?」
「……一応」
頷きながら、受付嬢はセイラに目を向ける。
サラが大きく頷くのを確認すると、
「――失礼しました。テイマーの方は珍しいので」
その声に申し訳なさが滲んでいたが、目に残る疑念の色は消えていない。おそらく、『鮮血の河馬』の二つ名を持つサラの仲間にしては、火力不足だと感じているのだろう。
「それではリュート様、冒険者カードの提示をお願いします」
「……いや、初めての登録をお願いします」
「??」
受付嬢は指先を頬に当て、明らかに「どういうこと?」という顔を浮かべるも、思い出し、
「――失礼しました。そういえば新規と先ほど伺っておりましたね」
ようやく状況を理解したのか、受付嬢が慌てて謝罪。だがそのやり取りが聞こえたらしく、背後からは小声で囁く冒険者たちの声が漏れた。
「サラのやつ、ついに人攫いでも始めやがったか?」
「あのガキ、可哀そうに。売り飛ばされるか、小姓にでもされたんだろ」
何処かで聞いたことのあるような悪態に、リュートは苦笑。だが、視線の端で、サラが胸ぐらを掴みに行こうとしているのが見えた――いや、きっと気のせいだ。そう思うことにしよう。打撃音が聞こえたが、掴んだわけではない。掴まずに殴っただけか。
自身へのヘイトなら気にしないが、仲間へのヘイトとなるとがまん出来ないところが実にサラらしい。
背後から聞こえる「ボカスカ!!」という軽快な音と振動で揺れるカウンターに苦戦しながら、リュートは手渡された書類に必要事項を記入していく。
背後の喧騒が収まったころ、受付嬢が笑顔でカードを差し出した。受付嬢も慣れたもので、気に留めることもない。いや、手元の伝票に割れた食器の枚数を書き込んでいる所を見ると、しっかりと請求するようだ。ほんわかとした見た目と異なり意外と抜け目がない。
「こちらがリュート様の冒険者カードになります。本人登録のために魔力を流してください」
受付嬢が差し出したカードの背面には、細かな魔法陣が描かれている。この魔法陣は偽造防止のため持ち主を識別する効果を持っている。ギルド秘伝の技術だそうだ。表面には氏名、職業、ランク、登録地、識別番号が刻まれており、その識別番号はギルドの書類整理に使われる重要なものだとか。マイナンバーというやつか。
「なるほど…こういう仕組みなのか」
リュートは小さく呟くと受付嬢の言葉に従い、カードへ魔力を流し込んだ。するとカードが淡く光り、登録が完了したことを告げるようにひと際明るく輝いた。
職業欄に目をやると、そこには小さな猫のマークが浮かび上がった。思い返せば、サラのカードには剣のマークがあった。どうやらテイマーの職業マークは猫ということか。ちょっと可愛い――リュートはそんなことを思いながら、カードをローブの内ポケットへしまった。
ちなみにランクはもちろん最下位の Gランク。
「ありがとうございます! これで登録完了です、リュート様! 素敵な冒険に出会えますように!」
満面の笑みを浮かべた受付嬢が、また少し身を乗り出し祝福の言葉を述べる。
「オルビヤでのご活躍応援していますね。また何かあれば気軽に声をかけてくださいっ!」
彼女の元気いっぱいな声と、背後から聞こえる男達のざわつきに、リュートは少し苦笑しながらも快く頷いた。
「ところで、【黒い眼のセイレーン】が暴れているようだが、何か情報はあるか?」
背後から聞こえる呻き声を背に、サラがぱんぱんと手を払いながら話題を切り替えると、受付嬢の目がキラリと輝いた。
「サラ様、討伐を受けてくださるのですか?」
通常、質問に質問で返すのは通常無礼とされるが、受付嬢の表情の目から、悪気のある意図は感じられない。ただ純粋な期待が込められていた。
「いや、私たちは海を渡りたいんだ」
「……そうですか。セイレーン自体は、この地域には昔からいたのですが、これまで特に被害はありませんでした。それどころか、船乗りたちの中には『セイレーンは航路を守ってくれる』なんて噂をする者もいたほどです。まあ、美しい姿に絆された水夫の戯言かもしれませんが。
ともあれ、ギルドでは危険性がない魔物と判断して討伐依頼は出していませんでした。しかし、【黒い眼のセイレーン】が現れてからというもの、多くの船が襲われるようになり、状況が一変しました」
受付嬢は神妙な面持ちで続けた。
「被害が続いたことで、ついにギルドも討伐依頼を出しました。ですが……」
受付嬢はわずかに眉をひそめた。
「セイレーンは海と空を自在に操ります。水上の戦いでは、冒険者はどうしても不利なんです」
「つまり、誰も依頼を受けていない……?」
サラが尋ねると、彼女は頷いた。
「はい。腕に覚えのある冒険者でも、あの怪物に挑む者はいません。唯一、鉄鋼船だけが襲撃を免れています」
「だから報酬を金貨十枚に?」
「ええ。商人ギルドと王族の共同出資で、報酬も跳ね上がりました」
「金貨十枚だと!? さすが商船が依頼主だと規模が違うな。ただ、私たちの目的はあくまで海を渡ることだ。その報酬なら、高位の冒険者が受けるんじゃないか?」
「……そうだといいのですが。今回の依頼は商人ギルドだけでなく、税収減を懸念する王族からも共同で出されています。もしお気持ちが変わりましたら、ぜひお願いいたします」
「――この国の王族も依頼主? ……まぁ、気が向けばな」
サラはどこか含みのある表情でそう答えた。だが、王族の話が出た途端、彼女の口元が露骨に歪んだのをリュートは見逃さなかった。サラが足早にギルドを出て行ったため、リュートとセイラも慌てて後を追う。
「なんかサラ姉、最後の方おかしくなかった?」
ギルドを出てしばらくしてから、セイラが小声でリュートに問いかける。
「この街で、昔何かあったんですかね……?」
セイラの問いにリュートは「かもしれませんね」とだけ答えた。
実のところ、このことが後にちょっとした騒動を引き起こすのだが、この時のリュートたちはその予兆を知る由もなかった。




