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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 イーノ村の秘密
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第6話 第一印象が最悪な村長



 サラは、討伐した熊の胆を門番に預けると、村長のもとへと向かった。門番の話では、村長の屋敷へは“血のついたもの”を持ち込んではならぬという決まりがあるらしい。


 村の門を抜けると、敷石の続く通りの両脇に商店が並び、露店街のような光景が広がっていた。想像していたよりも開かれた印象だが、どの店主も無言で、通りを行き交う人影もまばらだ。青果店には干からびた根菜と乾物がわずかに並び、金物屋の棚には埃をかぶった道具が寂しげに積まれている。


「魔紙が売れていた頃は、賑やかでしたのですがな……劇場もあったのですぞ」


 初老の門番が懐かしむように目を細め、広場を指さした。そこには朽ちかけた木柱がいくつか立ち、礎石の上で子どもが跳ね回っている。


「落ちたら魔物に食べられる~!」


 無邪気な声に、わずかに空気が和らいだ。


 広場を抜け、長い階段を登る。やがて姿を現したのは、先ほどの門とは比べものにならないほど精緻な彫刻を施された朱色の門だった。


「ギルドの依頼で来られたサラ様をお連れしました。よろしくお願いします」


 若い門番が声を張ると、中から別の門番が現れた。キツネ目で小柄なその男は、手を逆手に振りながら命じる。


「ご苦労。戻ってよい。ここからは私が案内する」


 初老の門番は丁寧に一礼し、凛とした足取りで持ち場へと戻っていった。


「長旅ご苦労。これより村長のもとへ案内するが、くれぐれも無礼なきよう。それと、そちらの鳥は馬舎へ」


 若い門番が顎で示した先には、栗毛の馬が数頭並ぶ厩舎がある。


「ああ、分かった」


 サラは頷き、愛鳥パトリシアを繋ごうとするが、大きさが合わず断念。近くにあった甘い香りの常緑樹の大木に括った。御神木の類かもしれないが、門番がしかめ面をしただけで咎める様子もなかった。


 朱の門をくぐると、広々とした道の先に高い塀で囲まれた建物が見えた。周囲には数人の衛兵が立ち、建物からは湯気と共に鼻をつくような薬品臭が漏れている。おそらく、魔紙の製造所だ。


 さらに奥へ進むと、小さな階段の先に御殿が構えていた。道中、若い門番が何度もサラの胸元や腰へ視線を送り、見られていることに気づいていないとでも思っているようだった。


 御殿の扉を開けると、艶やかな肌を露わにした女性が座していた。


「サラ様ですね。お待ちしておりました。ただいま、村長をお呼びいたします」


「ああ、頼む」


 女が扉の奥へ消えると同時に、若い門番が踵を返す。振り返りざまに尻へ手を伸ばそうとしたため、サラは躊躇なく関節を極め、窓の外へ放り投げておいた。


 しばし待たされ、村長室へ通される。室内には、不衛生な中年男が大椅子にどっかりと座って――いや、沈み込んでいた。ボサボサの髪、脂ぎった肌、腹は突き出し、口元には涎の痕が光っている。目の前で何を語るのかと見つめる視線に、微かな羞恥もなかった。


「村長のマクシミリアン・ダノンだ。よくぞ参った。贈答品の件も聞いておる。村人も喜ぶだろう、感謝するぞ」


 汗ばんだ額を拭いつつ、にやけた声が漏れる。隣には、年端もいかぬ少女が立っていた。その目に光はなく、まるで魂を奪われたかのように虚ろだ。村長は片手で少女の肩を撫で、背へと這わせる。その不快さは、気のせいでは決してなかった。


「ギルドの依頼で魔物の調査に来た。しばらく滞在する。早速だが、最近何か変わったことはないか?」


 村長は椅子にさらに沈み込み、少女を自らの膝へ抱える。あからさまな所作に嫌悪を覚えながらも、サラは声を荒げなかった。


「何も変わったことなどない。だが、ご麗人。滞在中の寝床はお決まりかね?」


「森に戻る。夜は適当に雨露をしのぐ」


 “ご麗人”という言葉に、サラは吐き気をこらえた。


「そうか。それならば、よければここに泊まっても……」


 豚のような吐息とともに絡みつく視線に、サラは無言で立ち上がった。だが、背後から再び声がかかる。


「これは村の名産、魔紙の束だ。持ち帰ってギルドで宣伝してもらえると嬉しいのだが」


 仕方なく風呂敷越しにそれを受け取る。


 御殿を出ると、パトリシアが門番の頭を齧っていた。


「旨いか? パトリシア」

「旨いわけないだろ! 離せ、裸女!」


 ……しばらく無視して眺めていると、


「お願いです、助けてください……」


 泣き声に変わったので、ようやく解放を命じた。どうやら荷物に手を出したらしい。パトリシアは中級冒険者にも匹敵する力を持つ。痛い目を見るのは当然だ。


 通りすがりに「裸族め! 糞が!」と捨て台詞が飛んできたので、その声の方向へパトリシアを再び放った。


◇ ◇ ◇ ◇ 


 露店街をもう一度歩いてみたが、やはり品は乏しく、店主たちの表情は沈んでいた。「景気が悪くてな……」と誰もが口を揃える。


 酒はないかと尋ねると、一人の老人が答えた。


「村じゃ酒は売れませんでな。みんな家で自分で作るんです。けれど、肉を届けてくださったお礼に、良ければどうぞ」


 渡された徳利には、栗の山で取れたという甘い香りの酒が詰まっていた。ぶどうでも麦でもなく栗から酒を作るとは――興味深い話だった。


 村人たちは言葉少なだが親切で、どこか誠実さが感じられる。その一方で、村には根深い構造があった。魔紙の製造で富を得た「水の上」と呼ばれる上層民が、階下の民から人手を奪い、商売の自由をも縛っていた。


 門前へ戻ると、肉を積んだ荷車が到着し、子どもたちが歓声を上げていた。


「肉だ! 肉だ!」


 初老の門番が両手を広げて笑う。


「本当にありがとうございました! 鮮度もばっちりですぞ!」


 周囲からも感謝の声が飛び交い、サラはやや照れながら応える。リュートの名前を出そうとしたが、ふと、彼の言葉を思い出して口をつぐんだ。


 そのとき、裾を引かれる感触があった。振り向くと、小さな女の子が一人、澄んだ瞳でこちらを見上げていた。


「お姉ちゃん、ありがとう! これ、わたしの宝物だけど、あげる!」


 差し出されたのは、桃色の石。河原で拾ったものだろう。


「孫の感謝の印です。どうか受け取ってやってくだされ」


 初老の門番が深々と頭を下げた。


「ありがたく、頂戴する」


 サラはそう言って少女の頭を撫で、村をあとにする。背を向けた後も、村人たちはいつまでも、手を振り続けていた――。



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