表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 イーノ村の秘密
5/201

第5話 イーノ村へ行こう



「これから村へ向かう。すまないが、戻ったらしばらく泊めてくれないか」

 サラの頼みに、リュートは目を輝かせ、満面の笑みで頷いた。


「はい。もちろんです」

 サラも小さく頷くと、思い出したように言葉を継いだ。


「それから――あの壊れた像の件だが、村には魔物の仕業だったと伝えておく」

 再び、リュートは力強く頷いた。何度も何度も、まるでそれが彼にとって最上の提案であるかのように。


 ◇ ◇ ◇


 リュートに道順を確認したサラは、パトリシアの背に跨り、崖の中腹をぐるりと右に回り込んで進んでいく。やがて視界の先に広がったのは、広大な湖――だが不思議なことに、その湖には岸辺が存在せず、まるで卵の殻のように滑らかに湾曲した淵を持っていた。さらに、上空へと白い飛沫を噴き上げながら注ぎ込む巨大な瀑布が、静けさと迫力を同時に与えていた。


 そこからさらに歩を進め、つづら折りの坂を下っていくと、大河のほとりへとたどり着いた。川辺は白砂利に覆われ、その上には赤、青、緑といった色鮮やかな石がところどころに散らばっている。朽ちかけた木製の看板には『五色の河原』と記されていた。


 川沿いを下っていくと、橋の下では子どもたちが岩の上から飛び込んでいた。中心に丸い穴が開いた大岩の上で「くらえ、魔物!」と叫びながら前蹴りの構えでジャンプする様は、まるで冒険者ごっこだ。水から上がった少年が股間を押さえてうずくまっていたのを見て、サラは内心で笑う。どうやら、水面という魔物に見事に反撃されたらしい。


 ――パキッ。


 枝の折れる音が耳に入り、サラはそっと視線を林の奥へと向けた。そこには、足首まである長ズボンを履いた男が、岩の上をじっと見つめていた。岩の上には透明なスライム。どこにでもいる低級魔物で、性質はおとなしいが、不用意に刺激すれば口や鼻にまとわりついてくることもある。とはいえ力は弱く、大人であれば容易に引き剥がすことができる。


 男は麻袋を手に、どうやら捕獲を目論んでいるようだった。放っておいても害はないかもしれない――そう思いかけたが、スライムが子どもたちに害をなせば、悔やむことになる。サラは判断を改め、声をかけた。


「そこの御仁、失礼する。子どもたちが近くで遊んでいる。たとえ低級でも、魔物は魔物だ。下手に刺激しないほうがいい」


 背後からの忠告に、男は「ひょえぇぇー!」と奇妙な声を上げてその場に崩れ落ちた。どうやら相当な小心者らしい。驚かせたことを詫び、サラが手を差し出すと、男は手を取ることなく無言で立ち上がり、一礼だけして村の方向へと走り去って行った。


 「……やれやれ、村で妙な噂を流されなければいいが」


 サラは苦笑しながらその場を後にし、手彫りの狭い隧道を抜け、吊り橋を渡る。ようやくその先に村の入り口が見えてきた。


 角材を組んだ木製の門には、職人の手による細工が施されており、その両脇には二体の石像が配置されていた。一体は口を大きく開け、矛を構えた鬼の形相。もう一体は口を閉じ、棍棒を手にしている。


 像の前には、同じく棍を携えた二人の門番が立っていた。どちらも鬼のような口元をしていたが、片方は涙を滲ませてあくびの途中だったらしい。


 「ギルドの依頼で参った。サラ・ヘンドリクスという。村長に挨拶をしたい」

 「伺っております。サラ様。このような遠いところまで、よくぞお越しくださいました」


 口を閉じていたほうの門番が、日に焼けた精悍な顔に柔らかな笑みを浮かべて応えた。年の頃は初老だろうか。


 「長旅でお疲れでしょう。この村で採れた果物に、蜂蜜を加えた飲み物でございますじゃ。どうぞお飲みくだされ」


 そう言うと、門番は水滴のついた小樽から柄杓で飲み物をすくい、木製のカップに注いで差し出した。


 「かたじけない」


 一口含むと、爽やかな柑橘の風味が口内に広がり、蜂蜜の柔らかな甘さが香り立った。さらに、しっかり冷やされている心配りが嬉しく、自然と口元が緩む。


 「とても美味しい。それに、魔術で冷やしてあるとは、ありがたい」


 サラが感嘆すると、門番は胸元で手を振って否定した。


 「いやいや、魔術じゃありません。あそこの湧水に浸しておいたのですじゃよ」


 門番が指さした先には、澄みきった岩清水が流れていた。指先を浸すと、じんと痛むほど冷たい。聞けば、この水は一年を通して温度が変わらず、村の地下には巨大な氷が眠っているという言い伝えもあるらしい。


 あまりに美味で、サラは思わずおかわりを所望した。飲んでいる間に、今度はパトリシアにも桶いっぱいの岩清水が用意され、「クエエ」と嬉しそうな声を上げながら水を飲み始めた。


 その最中も、門番は失礼にならぬよう配慮しつつ、客の様子を注意深く観察していた。


 「何やら荷物が多いようですが、道中で何かございましたかな?」

 「ああ。崖上の森で魔物を一体討伐した。荷物は、そのお裾分けだ」


 そう言って、サラは巨大な熊の胆を取り出し、門番に手渡した。その迫力に、門番は文字通り、口をあんぐりと開けて絶句した。


 「持ち帰れなかった肉は、通りすがりの魔術士が凍らせてくれた。まだ溶けていないと思う。総量は一トンほどだ」

 「ほ、本当ですかな!? それは、ありがたいことですじゃ。早速、村人総出で取りに行かせていただきます!」


 門番は踵を返し、詰所へ駆け込んで素早く手配を済ませ、戻ってきた。


 「これで当分、狩りに行かなくてよいですな!」


 快活に笑うその姿に、サラは一瞬、躊躇した。だが、言わねばならぬことがある。


 「感謝された直後で言いにくいのだが、戦闘中に魔物がぶつかって……峠の像が壊れた」


 本当はリュートが壊したのだが、しばらく世話になることもあり、サラは先に詫びておくことにした。


 「なんと……それは、それは。ヴァルーズ様は、身を挺して村を守られたというわけですな」


 門番はまるで狼狽せず、むしろ笑みを深めてそう返した。その切り返しの見事さに、サラは「これは見抜かれているな」と直感したが、それでも嫌味ひとつ見せぬ応対に、心からの好感を抱いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ