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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 イーノ村の秘密
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第4話 解体

 「僕は忌子ですから・・・」


 目を伏せ、震える拳を握りしめながら発したリュートの言葉に、場は沈黙。サラは、怪訝な顔を浮かべながらパチンと鯉口を切り瞑目する。互いの距離感が掴めず、どちらも会話の方向性を見失い、時間だけが流れていく。

 長い沈黙を破ったのは、リュートだった。


「さあ、お肉の鮮度が落ちます。解体しましょう!」

「……そうだな。始めよう」


 そう言うとサラは、柄から手を放し、今しがた屠った魔物へと目をやった。


「しかし、こんなに巨大な熊と猪だ。 中々骨が折れるぞ」


 サラは背筋を正し、大きな胸を支えるように腕を組みながら思案。解体手順をイメージしているのか、指先を右へ左へと動かしている。


「ちょっと待ってください。準備します」


 リュートはそう言うと、仰向けの熊の足に手をあて、土魔法で足枷を付け地面に固定。続けざまに魔力を注入すると、地面はそのまま土壁に変わり上へと伸びていく。これで固定された熊は逆さ磔の状態となった。


 頭部を失った首からはドクドクと大量の血が流れているが、いつの間にか掘られた漆黒の穴に吸い込まれ、血だまりは広がらない。


 サラは眼前の光景が理解できず、言葉を失う。固まるサラを置き去りに、半身に裂かれた猪も、手際よく臓腑をさらした状態で吊るされた。


(―― 一体これは何だ? 何が起きている?)


 冒険者は、普通ロープで吊るして解体する。サラ自身もそうしてきた。重さが数トンはあろうかというこの巨大な魔物は、ロープが切れるため吊るすことができない。だから地面に寝かせたまま解体する……はずだ。普通なら。


 冒険者は、できる限り食料を現地調達する。これは運ぶ荷物を減らし、持ち帰る荷物を増やすためだ。そうすれば、稼ぎが増える。故に新人冒険者がまず覚えるべきことは、剣の握り方や魔法の詠唱暗記ではなく、「血抜き」と「肉の解体」だ。


 でも、こんな方法は見たことも、聞いたこともない。サラの冒険者としての矜持を打ち砕く展開は、まだ続いた。


 リュートは土壁に足場を出現させ、足の付け根まで登ると、指先から風のナイフを飛ばし切開。続いて、水魔法を巧みに操ると開口部の太い血管内に大量の水を流し込んだ。


 すると、逆さになった首から、どす黒い大量の血が一気に噴き出した。溢れ出る血は、大量の水に押し流され、やがて透明な水に変わり、それは血抜きの完了を知らせていた。


「コホン……リュートは、いつもこうしているのか?」


 サラの口調は冷静だったが、顔は目の前を走る馬車が急に方向を変え、商店に突っ込むのを目撃した人のように蒼白だった。


 対するリュートは、当然のように目玉焼きにメープルシロップをかけ、周囲のどよめきで我に返ると、「もしかして僕って少数派?」と不安がるような顔を浮かべる。

 二人の間に、再び沈黙が訪れた。


「解体は得意じゃないのでお願いします!」


 またも、リュートから返答の無い回答が返され止まった時が動き出した。サラは、剣術の応用のおかげで、包丁捌きなら料理人にも負けない自信があった。

 

 その自信で、理解しがたい現実を払拭しようと解体を決意。逆さ磔の熊の正面に立った。そこでふと、脇に気配を感じ、目を向けると、水球がふわふわと浮いていた。


 またも、サラの思考は停止……。リュートに目をやると、彼の杖先が光っていたので、おそらく、これは水魔法で作った手洗い桶(肝心の桶が無いが)だと、無理やり理解することに。


 サラは、「わかった。任せろ!」と力強く宣言し、信じがたい現実から逃避。軽やかにジャンプすると、熊の肛門から首にかけて真っ直ぐに斬り裂いた。すると、真っ赤な光沢のある臓腑があらわになった。そこから手際よく内臓を切り分け、ひと際大きな部位を切り分けるとパトリシアへ投げた。


 パトリシアは「クエエ!」と嬉しいそうに鳴きながら、左足の鍵爪で巨大な臓腑を抑えると、鋭い嘴を突き刺し、(自主規制な)音を響かせて啄み始めた。


(――目が紅黒くなって、魔物化するとかよしてね……)


 そんなリュートの心の声はさておき、サラは切り分けた臓器の中に光るものを発見した。


「やったな。この熊、魔石持ちだぞ」


 声につられたリュートが覗き見ると、心臓と一体化するように、拳大の紅い水晶のような魔石が張り付いていた。サラが肉との境界部をナイフで丁寧に剥がすと、ボトリと下に落ちる。


「傷もないし、これだけの大きさだ。売れば金貨1枚にはなるだろう」

「おお、それは凄いですね。おめでとうございます」


 リュートは、臓物の最後の一欠けらを飲み込もうとしているパトリシアを眺めながら、気のない返事を返した。


「何を言っているんだ。これは、リュートのものだ。受取れ」


 サラは魔石をリュートの胸の前まで突き出す。


「もらえないですよ。そんな高価なもの!」

「いやダメだ。貰ってくれ。事前の取り決めがない場合、一番活躍したものが分け前を多く貰うのは当然だ。私は、冒険者だからそのルールを適用させてくれ。お願いだ!」


 リュートは、自分は冒険者ではないから関係ないとも思ったが、サラの気迫に押され諦めて受け取ることに。


「では、頂戴します。ありがとうございます!」

「私はこの毛皮を頂こう。氷魔法を受け付けない毛皮なら、魔道具の材料になるからな。ギルドに持ち込めばいい値がつくはずだ」


 そう言うとサラは、腹側から四肢の先に向かい皮を切開し、裏返すようにべロリと皮を剥いだ。


「あ……」


 そこで、熊の爪に青い丸い石が挟まっていることに気づいた。石を傷つけないように丁寧に周りの肉を剥ぐとポロリと落下。サラは優しく拾い上げ石を水球で丁寧に洗うと握りしめ祈りを捧げた。


「どうかしましたか?」


 リュートが不思議そうな顔をサラに向ける。


「……ちょっとな」


 サラは少しだけ寂し気な顔になったが、黙々と解体作業を進めた。そして、内臓の一つを取り出し、


「こいつも貰っていいか? 村長への手土産にしたい」


 サラが手にしていたのは、「熊の胆」と呼ばれる胆嚢だった。乾燥させれば、同量の金と取引される貴重部位だ。


「ええ どうぞ。多分喜ぶと思います」


 リュートは、パトリシアを撫でようとして「シャー!」と怒られていた。


 続いてサラは、背筋の部分に当たる背ロース(背骨の両側の部位)や太モモを切り分けた。一番美味とされる部位だ。しかし、これだけでも既に百キロを超えており、運びきれる量ではなくなっていた。


「サラさん氷魔法使えますか?」

「いや私は、魔法はほとんど使えない。昔、挑戦してみたがダメだった」

「それでは僕が凍らせますので、サラさんが魔石を使って凍らせたことにして下さい。そうすれば、村の人達全員にお肉が行き渡りますので」


 解体を終えようとしていたサラに、リュートから謙虚とも消極的とも表現しがたい提案が出された。

 ただし、本人の顔色からは感情の変化は感じられず、極めて落ち着いているように見えた。むしろ、サラの方が困惑している。


「君の功績を横取りなんて出来ない」


 真っすぐにリュートの目を見てサラが答える。


「……僕が凍らせたと知れば、村の皆は受取れないでしょうから。サラさんお願いします」

「一体どうしてだ?」


 リュートは、サラの視線から逃げるように目線を下に向けた。


「……」

「言いたくないことは分かった。それでは、通りすがりの魔術士が凍らせ去っていったことにする、それでいいか?」

「はい。ありがとうございます」


 話がまとまるとリュートが前に出て、手際よく肉を風魔法で小分けに切断し、次々に氷漬けにしていった。その手際の良さは「しぱぱぱぱ」というオノマトペが浮かんでいるようだった。


「ところで村では、どこに滞在するんですか?」


 話ながらも、手は休まずに氷はどんどん積みあがっていく。


「ああ、適当な宿に泊まろうと思う。滞在費もギルドから支給されているからな。さすがに長旅で疲れた。リュートのおかげで戦闘は楽をさせて貰ったが」

「宿ですか……。 でも、村に宿はないですよ」


 リュートは申し訳なさそうに目を伏せながら言った(相変わらず肉山の造山活動は続いているが……)。


「そうなのか? 普通宿くらいあるだろう」

「小さな村ですし。それに、村には『掟』がいくつもありまして。その掟で宿屋は営んではいけないんです」


「なぜだ? 商売なんて自由だろ?」

「失礼ですがサラさんは、この村の名産品はご存じですか?」


「ああ、それ位は知っている。魔法陣を書くときに使う『魔紙』だろ。たしか、この村が発祥地と聞いている」


 サラは、むしろそれ以外の名産は知らなかった。田舎村の名産品なんて、どこもそんなものかもしれない。むしろ一つでもあればいい方で、大体は、どこでもとれる野菜や魚で、僅かに大きいとか、色が濃いとかの違いで、素人には違いが分からないものが大半だ。


「今でこそ、他に幾つかの『魔紙』の産地がありますが、昔はこの村でのみ作られていたそうです。このため魔紙の製造技術を独占するため門外不出としたんです。

 なので、情報漏洩防止のため宿屋を営むことが禁止されたそうです。しかし、産地が複数できた今となっては、あまり意味ありませんが」

「なるほど」


 魔紙は魔法陣が描かれて初めて効果を発揮するが、魔法陣の図画は極めて緻密な作業を求められるため、時間がかかる。このため、当然、価格も高くなる。

 

 最も、魔法陣にできることは魔術士にもできるため、優秀な魔術士がいれば事足りてしまう。なので、そんなことにわざわざ大金を払う必要はない。


 しかし、ある条件下に備えるために、魔紙は冒険者にとって欠かせないものとなっていた。例えば、砂漠を越えるときなどは、水や氷魔法を使えるかが生死を分けることになる。


 そこで、大量の水袋代わりに魔法陣を持っていけば、例え魔術士が戦死した場合でも、水を確保して生き延びることができる。故に少々値は張るが、冒険者にとって背に腹はかえられない。

 実際にサラもそうやって助かったことがあった。


「よかったら、僕の家に泊まりに来ませんか?」


 血を流し込んだ穴を埋め終え、土魔術で造ったハンマーでドンドンと締め固めているリュートから思わぬ提案が出された。サラにとって、眼前の光景はありえないものだが、もはやツッコむ気力は十二分に削がれているため、平静を装う事に。


「……ありがたいが、親に許可を取らなくていいのか?」

「今は、いないので問題ありません」

「……そうか。それでは、甘えるとしよう」


 この世界では孤児は珍しいものではない、魔物、戦争、飢餓、疫病……人が亡くなる理由などゴロゴロしている。が……ここまで逞しい孤児にサラは出会ったことはなかった。


「僕の家ですが、この道を抜けて……」


 リュートが説明をしようとしているとサラが話を遮るように言った。


「必要ない。パトリシアが君の匂いを覚えた」

「クエ!」


 パトリシアは「任せろ」言わんばかりに首肯している。犬要素も完備しているようだ。


「ところでリュート質問があるんだが、いいか?」

「はい、なんでしょう?」


 サラが真っすぐにリュートを見つめ質問した。


「さっきの魔物だが、これまでに見たことはあったか?」

「以前は見かけませんでした。でも最近増えてきましたよ!」


 その返答は、天気の急変を告げる時のような自然な声色だった。


 (――滞在が、長引きそうだ)


 サラは心の中でそう呟いた……


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