第39話 幕間⑥ 斜め上をいく鳥車を作ってみた。
――びぃん。
やや間の抜けた音が、静かな森の中に響いていた。
――びぃん。
黒髪の少年が木剣を構え、一振りごとに呼吸を整えながら、上段から踏み込んで斬り下ろす。
「少しはマシになったじゃないか。だが、肘の使い方が甘い。それに、手首に余計な力が入っている。空気を切り裂くイメージでもう一度振ってみろ」
「はい、師匠」
――バシュッ!! 斬!
「あっ……」
木剣から飛び出した風の刃が、目前のシラビソの巨木を真っ二つにした。
「……やはり、魔法剣士の素質はあるな」
▼ ▼ ▼
迷宮から帰還してから、すでに一ヶ月が経っていた。
その間、サラは魔術の修練と、氷龍との激戦で受けた傷の回復に専念。一方のリュートは、早朝の剣術稽古のあと、黙々と鳥車の製作に取り組んでいた。
出発を前にして、メーラや村の子どもたちが「一緒に遊びたい」とリュートを川へ連れ出し、ついでに村の大物・レッドアイを仕留め、記録を更新したという話などもあるが――それは割愛しよう。
「サラ、ついに完成です!」
声に振り返ったサラの前には、箱型の荷台を備えた『鳥』車が誇らしげに佇んでいた。
「……箱型とはまた奇妙な形をしているな。それに屋根まで板張りとは。普通、鳥車の上部は天幕だろう? 重くないのか?」
首を傾げるサラの横で、鳥車を引くパトリシアが「大丈夫だ」と言わんばかりに力強く足踏みし、「クエ!」と一声鳴いた。
「フフ、こちらをご覧ください!」
リュートは得意げな笑みを浮かべると、鳥車の脇に立ち、突然バンパーのような部位を掴んだ。そして――片手で、軽々と持ち上げて見せた。
「…………あぇ?」
唖然とした表情で、サラの口から漏れたのは語彙力を放棄した奇声だった。
常識的に考えれば、通常の馬車は五百キロを超える。それを、少年の細腕が片手で持ち上げているのだ。
(……リュートにこんな力があるはずがない。私でも難しいぞこれは。まさか反重力魔術でも使ったのか?)
サラが固まったまま沈黙していると、リュートがすかさず、
「――説明しましょうか?」
無言でコクコクと頷くサラに、リュートは自信満々に胸を張り、解説を始める。
「氷龍との戦いで、サラさんが使っていた『空気鎧』を覚えていますよね?
あれを板状に加工してフレームにしました。ただ、透けて見えると落ち着かないので、土魔術で木目調の『マッド加工』を施しています」
サラの目がさらに丸くなる。
「空気鎧は失敗作かと思っていたんですが、素材としては優秀で。断熱性もクッション性も申し分なく、軽くて丈夫。正に旅にうってつけの資材でした!」
胸を張るリュートは、片手でサラを車輪の脇へと誘った。
「さあ、こちらをご覧ください!」
呆然としつつも、サラは従うように移動する。
「エネルギー効率を考えて、車輪は大きめに設計しました。溝付きの滑り止めも施してあります。さらに、悪路対策として板バネ式の緩衝構造を導入しています」
「……あ、ああ……」
完全に情報過多でついていけていないサラをよそに、リュートは鼻歌交じりに乗り込み、レバーを引いた。すると「ぷしゅー」と音を立ててステップが降り、彼は中へ入っていく。
そこには――左手に腰高の二段ベッド、中央に固定式の机とスライド可能な椅子、そして右手には広めの窓と台所。棚や扉にはストッパーが施され、走行中の揺れにも耐える設計となっていた。
サラはベッドに近づき、上段を見上げると、取っ手が付いているのに気づく。引いてみると「ガラガラ」と幕が降り、寝床が箱のように密閉された。
「プライベート空間まで確保しているのか……ありがたいな」
試しに横になってみると、硬すぎず、柔らかすぎず、程よい弾力。外の熱気も遮断され、実に快適だった。
――だが、サラの本分は冒険者である。
見過ごせない疑問があった。
「……敵襲があった場合、どうするつもりだ?」
その問いに、リュートは得意げに壁の突起を指さした。
「その場合はこちらのボタンを押してください。即座に壁が倒れて、脱出可能です!」
言うなり、リュートがボタンを押すと、反対側の壁が「バタン」と開く。
「……なるほど、戦闘対応も考えていたのか」
サラが感心したその瞬間――
二段ベッド脇の小物入れが「バーン」と勢いよく開いた。
「ふはははー! ここがウチの部屋やぁー! えぇやろー!」
飛び出してきたのは、小さな精霊モズ。威風堂々と胸を張り、尊大に吠えていた。
「ああ……」
完全に思考が止まったサラは、引きつった顔のまま、空虚に返答した。
「リュートぉ、サラどないしたんや? ウチとしては『キャア! 怖い、もう驚かさないでくださいよ、大精霊様~!』とか言ってほしかったんやが?」
「……多分、感動して言葉を失ってるんだと思います」
「そうかそうか。それなら納得やな!」
勝手に納得してうんうんと頷くモズを横目に、サラの視線はふと、奥に続く扉へと向かう。
「……一番奥の部屋はなんだ?」
「こちらはシャワールームになっています。上部に水をためるタンクがあり、魔法陣を組み込んでいるので温水も使えます」
「…………これはもはや鳥車ではなく、家だな」
「その通り! ちなみに、お風呂に入りたくなったら言ってくださいね。すぐに露天風呂もご用意します!」
「……それは、気持ちいいだろうな」
しみじみと頷くサラ。しかし、リュートの口は滑らかに滑り続ける。
「フフ、それだけじゃありません!」
得意満面の笑みを浮かべながら、リュートは指を立て、左右に振る。
(いや、もうお腹いっぱい……)
サラの心の中で微かな悲鳴が響く。しかしリュートはその想いを一切感じ取らず、壁のボタンを押した。
すると、台所側の外壁から庇がスライドし、屋根の縁に沿って赤、青、黄色の光がリズミカルに明滅し始めた。
「……これは?」
「旅の途中でも料理を振る舞い、販売できるようにしました。いわば“移動式の屋台”ですね。これで路銀を稼ごうかと!」
「……はは」
乾いた笑いが、サラの喉からこぼれる。
冒険者とは、魔物討伐や調達依頼で報酬を得るものだ。旅の屋台とは、発想が異次元すぎる。だが、リュートの説明はまだまだ止まらない。
「とっておきは、ここからです! 外へ出てください!」
(もう……吐きそうだ……)
消え入りそうなサラの呟きは、当然ながらリュートには届かない。観念して彼女が外に出ると、リュートは得意げに詠唱を始めた。
「雨露から守り、温もりと安らぎをもたらす癒しの住処よ戻れ――『天使の家』!」
詠唱が終わると同時に、鳥車が「プシューッ」と音を立て、淡い光の粒となって空中に舞い上がり、やがて霧のように霧散した。
「出し入れ自由、収納式にしてみました!」
「ウチの力あってのことやで! もっと褒めてもええんやで~♪」
「…………」
サラの額から立ちのぼるのは、もはや熱気か湯気か判別できない白煙。
そして次の瞬間――完全に限界を超えたサラは、その場で崩れ落ちた。
「サラさん!?」
「おーっと、ちょっとはしゃぎすぎたか。リュート、早よ回復魔術かけたって!」
慌てて駆け寄るリュートが、解毒と回復の魔術を施す。
かくして、“過剰装備”の鳥車お披露目会は、半ば強制終了を迎えるのだった。
だが、その後ろ姿を見つめながら、パトリシアだけは満足そうに「クエッ」と一鳴きし、誇らしげに羽根を揺らしていた。
幕間話が長くてごめんなさい。
あと1話書いたら第二章に入ります。




