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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 幕間 祭りと旅立ち
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第37話 幕間④ 神に捧ぐ舞と踊る巫女

 


「あの音は?」

「あれは、開演四半刻前の合図ですね。では、舞台へ行きましょう」


 即座にフラウが応じた。


「開演? 舞台?」


 首を傾げるサラを伴い、フラウは中央通りの石畳へと歩を進める。かつて礎石だけがあった広場には、立派な柱と装飾が施され、堂々たる舞台が築かれていた。夕陽が差し込み、あたり一面が柔らかな橙に染まってゆく。


 その舞台の脇に、ひと際目を引く女性が立っていた。村長の秘書である。

 薄衣を大きく開き、胸元を惜しげもなくさらけ出したその姿は、豊かな谷間と艶やかな脚線を強調していた。もしモズがこの場にいれば「歩く卑猥や!」と即座に毒づいていただろう。だが、会場の男たちは大いに沸いており、至る所で「ゴクリ」という唾を呑む音が響いていた。


「やれやれ……」


 その異様な熱気に、サラは肩をすくめる。


「皆さま、本日は久方ぶりのタカマチの開催です。こちらの舞台では、かつて行われていた演舞を再現いたします。それでは、開演に先立ち、村長より一言ご挨拶をいただきます」


 大仰な身振りで司会を務める秘書の言葉に続き、舞台袖から堂々たる体躯の男が姿を現した。


「ん? あれは……村長か? 少し痩せたような……」


 サラが眉を寄せる。


「メーラ様が行方知れずの間、心配で飲まず食わずだったそうです。それで……少し痩せられたとか」


 (腐っても人の親、か)


 危うく口に出しかけて、サラは言葉を飲み込んだ。その様子にフラウがいたずらっぽく微笑む。


「フフ、サラさんが何を言いたいか、だいたい分かりますよ」


 その時、背後から声がかかった。


「サラ……こっちに来てたんですね」


 声の主は、大量のぬいぐるみを抱えたリュートだった。


「そのぬいぐるみは……どうした?」

「いやぁ、メーラ様にいろいろせがまれまして。風魔術で打ち抜いたり、時空魔術で輪っかをぐいーんって広げたり、光魔術で紐を見つけて……」


「もういい。何となく分かった。店主の引きつった顔が目に浮かぶ。それで、メーラは一緒じゃないのか?」


 辺りを見回すサラに、リュートが答える。


「ええ。銅鑼が鳴った後、準備があるとのことで……」

「では、私も準備がございます。サラ様、リュート様、どうぞこちらの席でご観覧くださいませ」


 フラウは一礼し、舞台袖へと姿を消した。


 やがて村長が舞台中央に立ち、威風堂々と名乗る。


「我こそが、マクシミリアン・ダノンである!」


 やや痩せたとはいえ、なお大きな腹を突き出し、尊大な態度で周囲を見渡す。


「皆の者、今日は久しぶりのタカマチ開催である! タカマチとは、神々への感謝と祈り、そして喜びを村全体で分かち合う祭りだ。しかし、今回は少し趣向を変える」


 一拍置いて、会場を見回す。


「皆も承知のとおり、この村は最近、子どもの神隠しや大型魔物の襲来といった、数々の危機に見舞われた。それを救ってくれたのが、冒険者サラ殿とその一行である!」


 村長が手を掲げると、視線が一斉にサラたちへと集まる。


 サラは内心で村長の変貌ぶりに戸惑いつつ、隣のリュートの腕を取って立ち上がった。リュートは驚いて瞳孔を見開き、顔を赤らめながら冷や汗を流している。


 サラは一歩前に出て、静かに言葉を紡ぐ。


「サラ・ヘンドリクスだ。

 本日は、このようなもてなしを受け、感謝する。

 だが、村長も言ったように、今回の救出劇は私ひとりの力ではない」


 会場を見渡し、続ける。


「メーラ様や侍女フラウの奮闘がなければ、子どもたちは無事ではなかった。そして最大の功労者は、ここにいるリュートだ」


 視線を向けると、リュートが戸惑いながらも小さく頭を下げる。


「数多の魔術を操り、迷宮の主を討ち倒したのは彼だ。感謝を捧げるなら、まず彼に向けてほしい」


 それを皮切りに、村人たちが声を上げ始める。


「川の氾濫も止めてくれたって聞いたぞ!」

「大型魔物も退治してくれたんだよな?」

「誰だよ、“峠の悪魔”なんて呼んだやつは!」


 賛辞が飛び交い、リュートは照れ臭そうにペコリと頭を下げる。村長は満足げに何度もうなずき、声を張り上げた。


「今宵のタカマチは、神々への感謝に加え、村を救った勇者たちへの賛辞とする!」


 歓声が沸き、広場は喜びと祝福の熱気に包まれていく。


「それでは、宴の開催である!」


 村長の宣言が響いた瞬間、会場には期待と熱気のざわめきが広がった。


 再び銅鑼の音が打ち鳴らされ、耳をつんざくような振動が空を裂く。その余韻のなか、舞台袖から二人の男が現れる。


「……あれ? ニカさんじゃないですか?」


 リュートが目を細めて言うと、サラはその言葉に頷き、詮索を一度脇に置いて視線を舞台へ戻した。


 そこには、イーノ村の門番である二人――ニカと相棒の男が並び立っていた。どちらも上半身は裸、下半身は広がりのあるズボンを履き、赤と青の衣装で装っている。


 二人は舞台の両端に位置し、棍を脇に構える。ぐっと腰を落とした瞬間、次の動作に移る。


「キン!」


 棍が交差し、木製とは思えぬ鋭い音が広場に響いた。上段、中段、下段――技が一気に流れ込むように打ち合わされていく。


 音と動きの迫力に、観客の目は吸い寄せられた。まるで真剣勝負を見ているかのような緊張感。寸分違わぬ精緻な軌道で交差する棍。それは冒険者のサラでさえ「おお……」と感嘆の声を漏らすほどだった。


 終盤、棍が大きく打ち合わされ、二人は鍔迫り合いの体勢に入る。互いに呼吸を合わせ、後方へ跳躍。


 そして、詠唱が始まる。


「神なる灯よ、白炭を纏い燃え盛れ。赤目の砂、ケラを押し、ノロを飛ばせ! 『火遁』!」


 声が重なった瞬間、二人の口から噴き出された火球が空中で激突し、閃光とともに一つの巨大な白い火塊へと融合する。眩い光が会場を照らし、熱風が一陣、吹き抜けた。


 光が収束すると、二人は呼吸を整え、両手を胸前に揃えて深々と礼を取る。


「……なるほど。迷宮一階の焼け跡は、ニカさんの仕業だったか」


 サラは驚きに目を見開き、小さく手を打った。


「ニカさんたちは強いですよ。昔、鬼人とも互角に戦ってたって聞きましたし。あの術式も、ヴァルーズが編み出したものだそうです」


「……鬼人と互角だと?」


 サラは眉をひそめる。鬼人――大地を震わす怪力と、巨体にそぐわぬ俊敏さを兼ね備えた戦闘種族。人族では、到底太刀打ちできない存在である。


「つくづく、この村は謎が多いな……」


 サラが呟いたときだった。突如、肌に冷たい風が触れる。


 (秋にはまだ早いのに……)


 不思議に思い舞台へ目を戻すと、そこにはメーラが静かに立っていた。

 場の空気が一変する。先ほどまでの歓声と熱気はどこへやら。観客たちは息を呑み、静まり返った。


 メーラの立つ姿は、まるで冬の朝の光のように凛とし、神秘に満ちていた。白い着物に朱の袴、髪には金の髪飾り、手には朱棒――その先には小さな鈴がいくつも結わえられている。


 その鈴をゆるやかに掲げ、振り下ろすと、「シャン」という澄んだ音が広場に響いた。


 合図とともに、横笛の音が流れ始める。視線をやれば、舞台脇にフラウが立ち、同じ装いで笛を奏でていた。


 メーラの舞が始まる。


 それは、ニカたちの激しい演舞とは対照的な、静謐と祈りの舞。


 ――儚く、神聖で、それでいて凛とした力を内包していた。


 その身の動きは、水面に広がる波紋のように観客の心に触れ、深奥へと染み渡っていく。観客は誰もが息を潜め、その清浄なる空気に酔いしれていた。


 舞の終盤、メーラは静かに伏し、再び鈴を鳴らす。


「シャン……」


 その音に現実へと引き戻された観客たちは、一斉に拍手を送る。サラもまた、心からの敬意を込め、力強く拍手を送った。


 メーラが舞台の中央で深く頭を下げ、ニカたちとともに観客の拍手に応えると、会場の空気は再び熱を帯び始めた。


「今日、この場を設けられたのも、サラ様とリュート様、そして大精霊モズ様のおかげです。皆さま、どうか惜しみない感謝を!」


 メーラの言葉に応じ、村人たちは一斉に声を上げた。


「「「ありがとう!」」」


 その声援に押されるように、サラは隣のリュートを促し、舞台の上へと歩み出た。


「私は、依頼をこなしただけだ。こんなにも感謝される覚えはない」


 低く静かなその言葉が、会場の空気を一瞬止めた。戸惑いが広がる中、サラは一拍の沈黙を置いた。


 そして、強く、しかし誠実に言葉を続ける。


「だから、私にも舞わせてくれ。

 迷宮の凍てつく寒さに耐え、生還した子どもたちを。

 そして、死力を尽くして戦い抜いた、この村の勇敢なる戦士たちを――讃える舞を」


 観客の間に安堵の空気が流れ、次第に大きな拍手が沸き上がる。


 サラは大剣を手にし、舞台中央へ進み出た。


 それは、武をもって祈る舞。

 剣に神を宿し、感謝と敬意をこの地に捧げる、彼女なりの誠意である。


 月明かりが舞台を照らし始める。空はいつしか闇に包まれ、柔らかな光がサラの姿に神々しい輪郭を与えていた。


 その中で、サラは低く構えた。


 一歩、地を蹴る。

 ――空気が震えた。


 獣のような踏み込み、風を切る刃の軌道。次の瞬間には蝶のような軽やかさで舞台を翔ける。


 それは「静」と「動」の交錯。呼吸の間さえも観客の意識を奪う。


 大剣がうねり、紫電が迸る。宙に舞い、炎が咲き、風が巻き上がる。サラが放つ技の一つ一つに、自然の理が宿っていた。


 その舞――否、神楽は、

 世界のすべての神々と対話する剣技『神羅万象』。


 剣が風を呼び、雷を奔らせ、火を纏い、氷を割る。

 ――神々の力、その象徴である。


 それを、サラは今、この場に集う者すべてに向けて、敬意として捧げていた。


 観客は言葉を失い、ただその神々しい舞に見入る。

 まるで月と星々すら、サラの剣舞に引き寄せられたかのようだった。


 やがて――


「ゴウッ!」


 鋭く振り下ろされた一閃が、会場の空気を断ち切った。


 風が舞台を吹き抜け、月明かりがその余韻を照らし出す。


 深い沈黙のなか、サラは剣を地に伏せ、静かに頭を垂れた。


 その瞬間、広場から嵐のような拍手と歓声が巻き起こった。


 いつも間にか昇っていた月明かりが大剣に反射。

 空を切り取ったような澄んだサラの瞳が満足気に輝いた。



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