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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 イーノ村の秘密
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第31話 不思議な小部屋の中で待つもの



 「……ぅーん」


 サラは息苦しさを覚えて目を覚ました。胸元に何かが乗っている。目を擦ろうとした瞬間、激痛が走り――失われた腕のことを思い出す。


 (……そうか、私……)


 動けないまま、視線を凝らすと、黒髪のつむじが視界に入った。どうやら、それはリュートの頭らしい。


 「……コホン。リュート、疲れているところ悪いが、どいてくれると助かる」

 「……んあ?」


 ぱちくりと目を開けたリュートと、ぼんやりと目が合う。唾を垂らしていないことにサラは密かに安堵する。


 「サラさん……大変です。僕、すごいことに気づきました」


 寝起きとは思えない神妙な顔で、リュートが告げる。


 「どうした? どこか痛むのか?」


 あれほどの死闘のあとだ。いかに治癒魔術を受けたとはいえ、完治していない負傷もあるはずだ。サラは柔らかな声音で問いかけた。だが、返ってきた言葉は――


 「この白磁の鎧、打撃は硬いのに、触るととても柔らかいです。さすが母様、いい仕事してますね」


 リュートは、何の躊躇もなくビキニアーマーの胸部を指でなぞりながら感心していた。


 ――ゴッ!


 石がぶつかるような鈍い音とともに、サラの額がリュートの顔面に直撃した。首を固定された体ごと振っての頭突きだ。


 「い、痛いっ!? ひどいですよ、いきなり……!」


 鼻を押さえて抗議するリュートを、サラが一喝する。


 「女子の胸を弄って何をしているんだ、お前は!!」

 「……え?」


 きょとんとした顔で、まるで何が悪いのか分からない様子のリュート。その頭を、モズがパチンと軽く叩いた。


 「明るすぎるから暗くしろ、っちゅーてるやろ。乙女心や、乙女心」

 「でも暗くしたら観察できませんよ。……はっ!!まさか、暗闇で発動する隠し能力があると!!」


 ――バコォン!


 中年男のような下卑た笑みを浮かべるモズと、斜め上の理論で真顔を貫くリュートに向けて、特大の闘気が炸裂したのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 「本当にやるのか?」

 「はい。こんな機会、めったにありませんから」


 サラとリュートは、斃した巨大な氷龍の屍の前に立っていた。


 龍――その全身は、魔道具や防具の素材として最高級であり、肉すらも王侯貴族の食卓に並ぶ“幻の食材”とされる。腐りかけであっても、『時価』の札が付く一品だ。


 「では、いきます。――土壁」


 リュートの詠唱とともに、地面から土の壁がせり上がり、氷龍の巨体が逆さに吊り上げられる。続けざまに土壁にステップを形成し、素早く駆け上がると、傷口に水流を発生させて流し込む。大量の血が噴き出し、地中の穴へと流れ込んでいった。


 「……熊の時も驚かされたが、こんな馬鹿でかい氷龍でも手順は同じとはな」


 呆れたようにサラがつぶやく。


 「いや、さすがに重たくて大変です。モズに補助してもらってます」

 「そやそや。ウチが何重にも土魔術で補強しとる。……しっかし、こんなやり方で解体しようなんて思うやつ、普通おらんわ。全くもって規格外や」


 モズが引きつった笑みを浮かべる中、リュートは涼しい顔で風の刃を送り込んだ。

 肉が裂け、断面から内臓がぼとぼとと崩れ落ちる。

 そのとき、不意に――「ゴトリ」という硬質な音が響き、碧く光る魔石が姿を現した。


 「やっぱり、ありましたね」


 雪の結晶を思わせる模様が、魔石の内部でゆっくりと回転している。


 「これは、国宝級の一品だな」

 「自分ら、これで一生遊んで暮らせるんちゃうか? ウチが換金してきたろか?」


 揉み手でにじり寄るモズに、リュートが冷ややかに言い放つ。


 「モズ、契約してるので抜け駆けはできませんよ」

 「ギク……そ、そないなこと思ってへんで? 飴ちゃん買いに行こうなんて思ってへんで?」


 リュートは、皮に肉がこびりついた部位を見て苦笑する。


 「やっぱり、魔術だとサラさんみたいに綺麗に剥がせませんね」

 「で、この量……どうやって持ち帰るつもりだ?」


 サラが肉塊をつま先で突きつつ問いかけると、リュートはいたずらめいた笑みを浮かべた。

 「ちょっと試してみたい術式がありまして……モズ、いいかな?」


 リュートが耳打ちすると、モズの顔が見る見る青ざめていく。


 「そ、それやるんか!? ウチは発動はできても、複雑な術式の制御までは無理やで!」

 「大丈夫。制御は僕がやります。父様の見本もありますし……さて、いきます!」


 サラが眉をひそめるのとほぼ同時。


 「いでよ、『疑似迷宮プセウド・ラビリント』!」


 リュートの詠唱とともに、床に渦が発生。その中心に八色の光がマーブル状に絡み合い、眩く輝いたかと思うと――空間が開き、階段が現れた。


 「これで、どこからでも出し入れできる冷凍保存庫の完成です! どうぞお入りください!」

 「「……ど、どこからでも!?」」


 ニコニコと案内するリュートを前に、サラとモズは、ただ呆然と口を開けたまま、虚空を見つめるしかなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 「まったく……術式は未解明じゃなかったのか?」


 階段を先導しながら、呆れたようにサラがこぼす。


 「はい。複数の魔術を同時に発動させる仕組みは分かりませんでした。でも、モズのおかげで別のアプローチができて……これで、重たい荷物を持ち歩かずに済みます!」


 リュートが涼しい顔で答える横で、モズがふらふらと飛びながらサラに囁く。


 「なぁサラ……ウチ、とんでもない化け物と契約してもうたんやろか?」

 「諦めろモズ。――こんなもんじゃない」


 その言葉に、モズは無言で項垂れた。


 階段を下りて約一分。天井の高い広大な空間に到達した瞬間、サラがぴたりと足を止める。


 「サラさん、いきなり止まらないでくださいよ。鼻、ぶつけました……」


 文句を言うリュートだったが、サラは無言で一点を見つめていた。その視線の先には――


 巨大な無色透明の魔石を先端につけた一本の杖が、空間の中央に突き立っていた。光の加減で八色にも見えるその魔石は、どこか神秘的な輝きを放っていた。


 「これは……僕が用意したものじゃありません。この杖、知らないです。でも、悪い気配はしません」


 リュートが慎重に手を伸ばそうとすると、背後からサラが声をかける。


 「待て。もしかして……」

 「何か、思い当たることが?」


 サラは、かつて聞いた伝承を思い出しながら、視線を逸らして呟く。


 「高難度のダンジョンには、核となる“宝”があると言われている。だが、そんな話は信じる者もいない。なぜなら、攻略されたダンジョンに宝など残っていないからだ」

 「でも、もし生まれたばかりの空間なら……核が、まだここに?」


 「……そうだとしても、リュートが作った空間にそれが存在する理由が分からん」

 「可能性としては、空間を開いた際、どこかの未踏ダンジョンと繋がって、圧力の抜け道になってしまったのかも……」


 「罠の気配は?」

 「術式の兆候はありますが、魔石の魔力と混ざっていて判断が難しい。モズ、精霊の気配は?」

 「精霊は隠れてへん……けど、あの黒い影みたいなんがおったら分からんで?」


 その一言で空気が張り詰める。だが、リュートは冷静に杖の柄を観察し、何かを発見した。


 「……この持ち手、木目に紛れて“シド”って彫ってある」


 「なっ……!」


 驚愕でのけぞるサラの前で、リュートは迷わず杖を握る。

 その瞬間、魔石が眩く光を放ち、空中に魔力文字が浮かび上がる。


◇◆◇◆◇◆◇◆


『親愛なるリュートへ


 この杖を手にしたということは、ついに像を倒したのね。おめでとう。


 旅立ちの時に備えて、攻撃魔術や弱体化魔術など色んな術式を組み込んでおいたけれど、きっとあなたならやれると信じていました。


 そしてこの杖がここにあるということは、私はもう魔族に連れ去られているのでしょう。


 彼らの目的は分かりません。でも、私はテオを探すことはあきらめません。

 不甲斐ない両親ですが、自分たちのことは自分たちで何とかしてみせます。


 だから、あなたはあなたの人生を歩んでください。


 それが私たちの願いです。


 旅立つ息子へ、ささやかな贈り物を用意しました。

 この魔石は、テオがあなたのために探してきたもの。

 魔石加工は私がしたので、完璧ではないですがテオの意向を出来る限り汲んだつもりです。


 銘は『大いなる希望グラン・エスペランサ


 あなたに会える日を、楽しみにしています。


――愛するリュートへ ルーシアより』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 サラは、リュートの横顔をじっと見つめる。

 光に照らされたその頬は、決意の強さを湛えながらも、どこか幼くて――寂しさが滲んでいた


 「……好きに生きることが、ルーシアの望みだ。リュート、お前は……どう生きたい?」


 リュートはゆっくりと顔を上げ、迷いなく答えた。


 「……僕は、両親を助け出します。それが、僕の望みです」


 サラは小さく息を吐くと、しっかりと前を向いた。


 「そうか。ならば私にも手伝わせてくれ。シドの作った道具には、命を救われた恩がある」

 「なんや知らんけど、ウチもついてくでぇ。面白そうやからな!」

 「……二人とも、ありがとうございます」


 リュートが深く頭を下げる。

 杖から放たれた八色の光が、彼の肩を、背を、そして小さな決意を――優しく見守っていた。

 それは、旅立つものの背中を見送るように。



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