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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 イーノ村の秘密
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第17話 失踪と不快な交渉

承知しました。

以下はご要望に応じ、サラの口調を原文通りに維持したうえで、神視点かつ商業レベルで校正した【全文・前半】です。

地の文は文法・テンポ・表現の強度を整え、セリフはそのまま、または語尾・人称を保持しつつ、前後の文脈で補完しています。


 リュート家族の恩人であるニカさんに、出立の報告と手土産を届けるため、サラは愛鳥パトリシアに乗り、イーノ村を目指していた。


 だが、道中ずっと胸の奥に、小さな違和感が燻っていた。

 その不穏な予感は、五色の河原に差し掛かったとき、確信へと変わる。


 道中で、誰一人としてすれ違わないのだ。人の気配が、あまりにも希薄すぎる。


 いつもなら、五色の河原付近では、村の子どもたちが川辺ではしゃいでいる。だが今は、水音と風のざわめきだけが虚しく響くばかり。

 川岸には小さな足跡がいくつも残っており、つい先ほどまで人がいたことを示していた。しかし、その姿はどこにも見当たらない。


 不審に思ったサラは、念のため闘気を展開した。だが、半径数百メートルの範囲に、人影は一つもなかった。


 胸騒ぎを覚えたサラは、パトリシアの足を速める。

 村の手前まで来たとき、前方から土煙を上げて一頭の早馬が駆けてくるのが見えた。馬上には、王国の兵士らしき男が乗っている。


「前方を空けよ、旅の者! 火急の要件にて失礼する!」


 サラはすぐにパトリシアを脇に寄せ、道を譲る。兵士は「かたじけない」と短く礼を言い、風のように走り去っていった。


 やがて村の門に着く。

 いつもなら、ニカさんとともに門番の二人が立っているはずだが、今日はニカの姿が見当たらなかった。


 不安に思い門番に声をかけると、男は険しい表情を崩さぬまま、無言で村の中を指さした。


 サラは静かに頷き、緊張を胸に村へと足を踏み入れる。


 広場――かつて劇場の跡地だったそこに、村人たちが円を描くように車座になって集まっていた。皆、手に手に即席の武器を構えている。


 その輪の中心にいたのは、恩人であるニカだった。


「ニカさん。何かあったのか?」


 ただならぬ空気を察して声をかけると、ニカは顔を上げる。


「おお、これはサラ殿。お迎えできずにすみません。ただいま取り込み中でして……」


 そう言いかけたニカだったが、すぐに言葉に詰まり、沈黙してしまう。


 その間を破ったのは、長槍を手にした中年の男だった。

 サラの記憶が正しければ、彼は八百屋の店主だったはずだ。


「ニカ、サラさんにも手伝ってもらった方がいい。事態は一刻を争うかもしれない」


 その言葉に、下唇を噛んでいたニカが、ようやく口を開く。


「実は、川へ遊びに行った村の子どもたち五人が、突然消えたんじゃ。いつものように河原で遊んでおったのに、そこで姿が見えなくなったのじゃ……」


 俯きながら語るニカの言葉を遮るように、八百屋が声を荒げた。


「こんなの、峠の悪魔の仕業に決まっている! ここ数年姿を見せなかったが、また村を狙いに来たんだろう。今こそ、やられる前に乗り込んで、子どもたちを取り返すべきだ!」


 その主張に、多くの村人たちが「そうだ、そうだ!」と声を上げる。


 昂る空気を沈めるように、サラはゆっくりと話し始めた。


「私は、ここ数日峠の森にいて、そこから下りてきたが、子どもたちは見ていない。それに、いわゆる峠の悪魔とも出会っていない。そもそも、子どもたちだけで峠の森までたどり着けるとは考えにくい」


「森の奥まで連れていかれた可能性もあるだろう」


 長槍を構えた男が口を挟む。


「五人の子どもを簡単に連れ去れるとは思えない。仮にそうだとしても、峠付近の森には、ハイブリッドベアのような本来の生息域を外れた強力な魔物が出没している。あの魔物は、C級クラスの冒険者でも手に負えないほどの強さだ。皆で森に入れば、全滅する可能性が高い」


 サラの冷静な説明に、村人たちは次第に言葉を失っていく。

 ただ、一人を除いて。


「そんなことは、子どもたちを見捨てる理由にはならない。俺は一人でも行くぞ!」


 決意をたぎらせた男は、長槍を握りしめたまま、サラを真っ直ぐに見据えていた。


 サラは、わずかに口元を緩め、ふっと息を吐きながら提案する。


「私に任せてくれないか? 幸いパトリシアは鼻が利く。子どもたちの持ち物を預けてくれれば、後を追い、見つけられるかもしれない」


 その申し出に、数人の村人がぱっと顔を上げた。

 しかし、その中の一人、痩せた老婆が不安そうに口を開く。


「ですが、我々には、サラ様のような高位の冒険者様に支払うお金は用意できませぬ……」


 その言葉に、周囲の村人たちも顔を伏せてしまう。


「報酬は、この村で作っている栗酒でどうだ? 近々ドワーフの国へ行こうと思っている。ドワーフは酒好きの種族だから、きっと喜ばれるだろう。商人ギルドへの出品許可をもらえれば最高だが……どうだ?」


 サラの提案に、村人たちは「おお」と歓声を上げかけるが、すぐに神妙な面持ちに戻った。


「ありがたい提案ですが、我々の一存では差し上げられませぬ。外部との接触は、村長の許可がなければ……」


「わかった。それならば、私から話してみよう」


 そう言うと、サラは八百屋の肩を軽く叩き、深く頭を下げるニカを立たせると、水の上の居住区へ向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


 水の上の居住区――その入り口である朱門の前に立っていたのは、以前サラに不遜な態度を取ったキツネ目の門番だった。サラを見るなり、男はぎょっとした顔で身構える。


「な、何の用だ! 許可なくば、ここは通さんぞ!」


(……相変わらず、神経を逆撫でするやつだ)


 サラは舌打ちしたくなる気持ちを押し殺しながら、内心でぼやきつつ、


「村長に調査の報告に来た」


 その一言に、門番は苦々しい表情を浮かべながらも無言で先を歩き出す。前回、サラに色目を使って返り討ちに遭ったことを、どうやらまだ根に持っているらしい。もっとも、今日はリュートから譲り受けた覇王色のマントを羽織っているため、身体のラインは一切隠されていた。


 村長室の前に到着すると、そこにはいつもと変わらず、露出度の高い衣装を身にまとった秘書が座っていた。サラが要件を伝えると、秘書はすぐに部屋の中へ入り、やがて戻ってくる。


「どうぞ、お入りください」


 入室許可が下りたことを確認したサラは、一瞬だけ躊躇いの表情を浮かべたが、マントを脱ぎ、一礼してから室内に足を踏み入れた。


 部屋の奥では、不潔な衣服を身にまとい、椅子にだらしなく身を沈める中年の男がいた。

 村長――マクシミリアン・ダノンである。


「……村長のマクシミリアン・ダノンだ。よくぞ参った。して、今日は何用だ?」


 尊大な態度は相変わらず。横では、死んだ魚のような目をした少女の肩を撫でているのも変わらなかった。


「ギルドから依頼のあった調査の中間報告に来た。結果から言うと、この村周辺で出現する魔物のレベルが上がっている。詳しい原因は不明だが、魔物災害につながる可能性も否定できない」


 サラの報告に、マクシミリアンの顔色がわずかに青ざめる。

 この世界では、魔物災害は村ひとつを瞬時に壊滅させる脅威だ。原因は様々だが、ときにS級魔物が突発的に現れ、ただの気まぐれで集落を吹き飛ばすこともある。


「それに関連性は不明だが、村の子どもたち五人が川で行方不明になっている」


 サラが静かに付け加えると、村長は舌打ちをし、不機嫌そうに言い放った。


「野営訓練にでも行っているんじゃないか? そのうち帰ってくるだろう」


 その瞬間、室内の空気が凍りついた。


 サラから放たれた苛烈な殺気に、村長は「ひっ」と情けない悲鳴を上げ、椅子に身を沈めたまま脂汗を垂らし始める。


「私は、子どもたちの捜索に行こうと思う。村長は、領主様から統治を委ねられている立場だと理解しているな? ギルドを通じて“村長が異変に対処しなかった”という報告が届けば、どうなるか……」


 椅子の上で身を小さく縮める村長。

 

 サラは心の中で毒づいた。

(随分まずそうな肉団子だ……)


 そのとき、扉が二度ノックされ、続けざまに開け放たれた。

 中に入ってきたのは、先ほどの秘書だった。


「村長、至急お伝えせねばならないことがございます。御息女メーラ様と侍女が、河原付近で行方知れずになりました」


「なっ? 今なんと申した? なぜ、我が娘が階下の者たちと同様にいなくなるのだ? そんなことがあって良いはずがない!」


 目を見開き、狼狽する村長に対し、サラは一歩踏み出し、追い打ちをかける。


「もう一度言う。私は、子どもたちの捜索に行く。村は何の対応もしないのだな?」


 鋭い視線が突き刺さる。村長はのけぞるようにして返答した。


「……わかった。だが、問題がある。この村にはサラ殿への報酬を払う余裕が無い。だからといって冒険者にタダ働きさせれば、ギルドの信頼を失う……。そこで提案だが、捜索を“魔物の調査の一環”ということにしてはどうだ?」


 自信ありげな顔を浮かべる村長に、サラは「はあ……」と深いため息をつく。


 その態度に反応したのは、脇に控える秘書だった。


「マクシミリアン様、それは悪手かと。『調査』と『捜索』では依頼内容が異なります。それに、慣例に従えば、行方不明者の発見・救助は依頼の有無に関係なく報酬請求が可能です」


「行方不明ではなく、放蕩者を家に連れ戻したことにすればよかろう」


「メーラ様はまだ十二歳です。素行の良し悪しを問うには、いささか幼すぎます。その理屈では、ギルドの信頼を失いかねません」


 あからさまに呆れた様子で、冷ややかな視線を向ける秘書。サラは彼女に対して、内心で一つの好感を抱いた。


 しばらく黙り込んでいた村長は、やがて口を開き、さらなる“妙案”を口にする。


「サラ殿……三十年債でいかがか?」


 ――愛国債かよ。


 サラが蔑みの視線を向けると、なぜか村長は恍惚の表情を浮かべた。

 すぐさま、サラは再び殺気を放ち、空気が凍る。

 やれやれ、といった表情で息をついたサラは、あらためて提案する。


「報酬として、階下の住民が造る酒を商人ギルドに出品したい。その許可をくれ」

「何? あんな下卑た酒で良いのか? 山で採った木の実から造った酒だぞ?」


「私は、あの酒が気に入った」

「よかろう! ならば交渉成立だ。貴殿の気分が変わらぬうちになぁ!」


 満面の笑みを浮かべる村長は、秘書に目配せし、書類の準備を命じた。

 まもなく、同じ内容が記された二通の契約書が整えられ、双方が内容を確認し、署名する。

 サラは一枚を受け取り、「失礼する」とだけ言って踵を返した。


 その背中に、不快な視線を感じた刹那――

 サラは、今日いちばんの殺気を放った。


 ズダーン! バキィッ!


 後方で椅子が派手にひっくり返る音が響く。


「礼も知らず、酒の味もわからん不届き者め……」


 サラは小さく呟きながら、村長室を後にした。



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