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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第6章 ティエラ王国
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第148話 濃煙



「そういえば、ここはどなたのお家ですか?」


 布団の中で、服をもぞもぞと着つつ、リュートが疑問を口にする。


「ここはね。タニアさんて親切なおばさんのお家だよ。アタシ達はキレイな池のほとりに転移しちゃって、たまたまその近くにいたタニアさんに助けてもらったってこと」

「へー。親切な人が通りかかってくれて良かったですね。それで、そのタニアさんは?」


「なんか、お祈りに行くって、出て行ったよ。アタシも着いて行こうかなって思ったけど、リュー君ほっとくわけにもいかないしね」

「……なんか、すみません」


「それで、魔力は回復した?」

「全快というわけにはいきませんが、立ち眩みしない程度には。ひとまずサラに連絡を取ってみます」


「うん!よろしく」


 リュートは耳につけている魔道具「風の音」に指を当て、静かに目を閉じると魔力を込めた。


「……あれ?」

「ん?どしたの?」


「魔力が……つながらない。何かに阻まれてる感覚です」

「あー。そういうことか!」


「どういうことなんです?」


 リュートの疑問に答えることなく、「うん、うん」と頷き納得の表情を浮かべるユウ。

 全く分からず、答えを催促するような視線を送ると、ユウは「おほん!」とわざとらしい咳をしつつ、


「この南の森は、魔鉄鋼の一大産地なんだよ! ティエラ王国はこの森で魔鉄鋼を採取してるんだけど、魔鉄鋼は魔力を通さないから、その影響で、この森では魔術士の力は半減しちゃうんだよ!」


「えっ?ってことは、この森では、僕ら役立たずってことでは……」


「ぃやー。ちょっと強めに魔力を込めれば大丈夫だよ。まぁ、リュー君ならすぐ慣れるよ!なはは」


 魔力の半減する森で、魔術士しかいない状況は、結構深刻なのでは?と思いつつも、底抜けに明るいユウの振る舞いにリュートの不安も半減。気を取り直して、


「ここが南の森なら……モズが何か知っているかもしれません。少し、呼びかけてみますね」


 リュートがそう言うと、ユウが目を輝かせながら身を乗り出した。


「おー! そういえば精霊様って、大森林のご出身だもんね!」


 リュートは軽く頷き、首にかけた魔石、モズの魂が宿る石に、そっと魔力を注ぐも、


「……あれ。こちらも、反応がありません」

「精霊様、寝てるんじゃないの?」


 軽く笑って返すユウに対し、リュートはわずかに眉をひそめていた。転移の際、何か異常があったのでは?そんな不安が胸をよぎる。


 だが、目の前のユウは、そんな心配などどこ吹く風とばかりに、いつものように明るく笑っていた。その姿に救われる思いがして、ぎこちないながらも口元を引き上げた。


 その時、鼻先に別の違和感を感じ、


「……なんか、臭くないですか?」


 リュートが鼻をひくつかせると、ユウがきょとんとした顔を向けた直後、口元を尖らせながら、


「臭い? アタシじゃないよ?もぅ!」

「……いや、そういう意味じゃなくて……」


 空気の中に、焦げたような匂いが混じっていた。鼻を刺す、黒く澱んだ感じ。

 それは、何かが燃えている証だった。


「んっ?ほんとだ、焦げ臭い……これって、火事!?」

 ユウの表情が一変する。脳裏に真っ先に浮かんだのは、先ほど一人で外へ出て行った人物。

「タニアさん……!」

「探しに行きましょう!」


 二人は迷うことなく杖を手に取り、戸口へと駆け出すと、扉を開けた瞬間、重たい空気が肌にまとわりついた。森の中はすでに薄煙に包まれ、視界の奥で、赤く染まった炎の尾が揺れている。生木が燃える特有の湿った焦げ臭さが目と鼻を刺激する。


「こんなになるまで、気づかないなんて!」


 リュートが唇を噛むようにして声を上げる。


「だめ。この森……魔力探知が効かない……」


 返したユウの声音には、いつもの明るさがなかった。タニアの魔力を追おうにも、地中に含まれる魔鉄鋼が、その気配を濁している。


「どうしよう……」


 ユウは杖を抱え、今にも泣き出しそうな顔で足元を見つめている。リュートは、そんなユウの肩を抱ききっぱりと言い切った。


「ユウさんしっかりしてください! 僕たちが転移した場所は分かりますか!」

「え?なんで?」


「僕たちがいた場所がお祈りをする場所の可能性があります。

 転移先になるような場所です。きっと魔力濃度も高いはず。なら、祭壇として扱われていてもおかしくない!」


「そっか!!君、賢い!ついて来て!こっちだよ」


 ユウは一直線に走り出した。当然のように風魔術を操りインパラが駆けるように、一足飛びで木々の間を駆け抜けた。そうして、一瞬でタニアと出会った陥没泉に着くと、


「はぁ、はぁ……ダメだ、いない!どこ?どこだよタニアさん!!」

 ユウがオレンジ色の髪を振り乱し周囲を見渡すも、周囲に人の気配はない。混乱が焦燥に変わり、桔梗の瞳に涙が浮かぶ。


「もう、心当たりなんてないよ……」


 顔を覆い、下をむくユウにリュートが吠えた。


「しっかりしてくださいユウさん!なら、今度は原因を断ちましょう!」


 言うが早いか、リュートはそのままユウの体を抱き上げると、足元の枯葉がふわりと舞い上がった。収束する魔力の渦が臨界を迎えたその刹那、ふたりの身体が重力の鎖から解放され空へと舞い上がっていった。だが、魔鉄鋼の影響で飛行が乱れ、


「リュー君、右っ!!」


 ユウの声に、リュートが咄嗟にユウを守るように抱え込む。リュートの腕の間から伸びた杖先が淡く光り出した次の瞬間、風の刃が放たれ、目前に迫った枝を切り裂いた。


「ごめん!お姉さんのアタシがしっかりしないとだね!! こっからは、もう大丈夫!!」


 やるべきこと、出来ること、その手順がはっきりと示され、ユウの顔にいつもの明るさが戻った。

 空を覆い隠す木々を細やかな連携で払いのけながら、ふたりはついに樹冠を抜け、空へと飛び出した。


 眼下には、果てしなく広がる南の森。いくつもの火点がその深緑を焼き崩し、煙が螺旋を描いて空へと昇っている。


「リュー君、あそこ二時の方向!」


 ユウの指さす先。そこには、他の炎とは明らかに異なる、不気味な光があった。

 まるで意思を持つかのように、森の一角を蝕みながら、じわじわと燃え広がっている。


 それは魔術特有の輝きだった。その意味するところを理解し、ふたりは短く頷き合うと、迷いなくその方角へ向かって飛び立った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  



「ギャーギャー」とけたたましい鳴き声が飛び交い、栗鼠や猪といった獣からトレントや人食い花に至るまで、あらゆる魔物が棲家を追われ逃げ惑っている。


 命を刈り取る重苦しい匂いが、森全体に広がり今まさに死がじわじわと広がっている。


 そんな黒煙に包まれた視界の中、赤い輝きが一定の間隔で明滅していた。それは、まるでイネを植えるように、等間隔に不自然なほど規則的に光り、炎のように揺らぐことも、煙と共に空に昇ることもない。直線的に灯るその赤は、明らかに術式の産物だった。


「コーホー! そこまでだ、悪党!!」


 煙を割って現れたのは、ユウ・ワンズ。健康的な太ももを露わにし、地面をダンと踏みしめ杖をくるりと一回転させると、オレンジの髪を揺らしながら声を張り上げた。


「太古の森林に炎を放つ不届き者は――ティエラ王国騎士団、ユウ・ワンズ様が団長に変わってお仕置きしてやる!」


 濃煙が立ち込める中でも、その声音は乱れることがない。それは、ユウがリュートの創作魔術(オリジナルスペル)空気鎧(アイレアーマー)】を身につけているからだ。


「いやー。この魔術、思いのほか汎用性が高くて、高くて、自分でも驚いてます」


 後方でリュートが感心したように呟く。しかし、すぐにユウがくるりと振り返り、むっとした表情を向けると、


「ちょっと、リュー君。今、アタシがカッコいいところだよ! 出て来るなら、『僕は、悪を切り裂く一輪の薔薇だ! 覚悟しろ、悪党!』とかノってくれなきゃ!」


「えっ……なんか、そういう学芸会っぽいのは……学校通ったことのない僕には厳しくて」


「不憫な身の上話キター! って、なにそれ!? あいつアタシたち無視して、まだ火ぃつけて回ってんじゃん!!こんにゃろ!!」


 ユウが怒鳴ると同時に、杖先から閃光がほとばしった。煙の中に見えた人影へ向かい一直線に放たれるも、着弾と同時に光が放たれ、飛んで来た射線をなぞるように、閃光が跳ね返される。


「えっ……!?」


 ユウの身体が硬直する。自ら放った閃光がいつの間にか返す刃のように、今度は彼女自身へと襲いかかった。


「ユウさん!!」


 咄嗟にリュートが身を投げ出し、彼女を庇う。

 閃光がリュートの腕に直撃し、ローブが赤く染まる。

 ユウがなぜ動けなかったのか――その答えは、すぐに明かされた。


 黒煙の中から、ふたつの影が現れた。

 ひとりは、土気色の肌に生気のない瞳を持ち、焦点も定まらぬまま宙を見つめていた。人の姿をしていながら、もう人ではない者。否、かつて人であったもの。

 その顔、その杖、まとう魔力は、


「……お師様」


 ユウが、かすれた声で呟いた。

 いつものふわりと咲く花のような笑顔が消え、心に黒い闇が差し込める。


 二人の前に立ちはだかったのは、ティエラ王国騎士団副団長にして、宮廷魔術士。アルヴァン・ミラフォート。その変わり果てた姿だった。


 そして、もうひとり。


「あらぁ。またお会いしましたね、若き魔術士君。今日は、あの勇ましい猫ちゃんは連れてないのかしら? うふふ」


 艶めいた声で笑いながら、闇の中から現れたのは、カンディスを襲った魔族。

 骨のように白い肌に血の気の通わぬ笑みを浮かべた 死人使い(ネクロマンサー)、シエル・ビーだった。



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