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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第6章 ティエラ王国
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第144話 生々流転

 


「セイラ!!私が師の動きを止める!その隙に解呪を頼む!」

「うん!わかったよ」


 魔族エッジにより、生きたまま敵の手に落ちたサラの師シグルド。彼を取り戻せるわずかな希望は、呪いを解呪できるセイラの力だ。その道筋を切り開くべくサラは新たな力を解放した。


「『闘神』モデル『(エル・アルコン)』――」


 金色の闘気が揺らぐと、次の瞬間サラの背中に光り輝く翼が現れた。細く長いその翼は風の抵抗を極限まで削ぎ落した刃のような鋭さを放っていた。

 サラは全身を沈め力強く踏み込むと、天井を目掛けて飛び立った。突然、宙を飛び出したサラに驚くもセイラは即座にその意図を探る。


(きっとサラ姉のことだ。何か考えがあってのことだよね)


 サラの挙動から目を切らず、思考を回転させるセイラ。その耳に聞こえて来たのは、


「天空から降りし水の精霊よ、生命を潤す清らかなる雫を今ここに『湧 水(ナシミエント)』!」


 それは、まさかの魔術だった。

 剣士であるサラが戦いの最中、魔術を詠唱したのだ。上空から大量の水が雨のように降り注ぐ。みればサラの手にはいつの間にか魔石が握られている。水の魔石の力を借り、普段では成せぬ魔力操作で、この雨を実現したのだ。


――ならば、この水には意味があるはず。


 セイラは迷うことなく壁に向かって走った。壁面に爪を立て螺旋を描くように壁を駆け上がり、天井付近に突き出た回廊のような張り出しに立つと、サラに目配せ。まるで、セイラがそうすると分かっていたかのように、サラはコクリと頷くと、


氷神(ベイラ) 『氷 雨(ジュビア へリーダ)』!!」


 振り下ろされる大剣から氷の雨が飛び出した。矢のように鋭い氷の刺突が次々にシグルドに襲い掛かっていく。

 シグルドは降り注ぐ雨に刀を向けると、どういうわけか降り注ぐ攻撃を空中でぴたりと制止させた。

  ーーいや、それだけでは終わらない。今度は、サラたちに向けて逆流させ始めた!


 それは、天へ遡る雨。

 訳の分からない反撃にセイラが驚愕の顔を浮かべるも、サラは楽しそうに、


「流石、我が師。【還 流(エナジーフロウ)】で跳ね返すとは!」


「【還 流】?それってサラ姉が時々使ってる、攻撃を跳ね返す技だよね? でも、あのお爺ちゃん刀を振ってもいないよ!!」


 セイラの指摘はもっともであり、シグルドは振り注ぐ雨に向かって剣を立てただけだ。にもかかわらず、雨は制止し時間を遡るように、否、花火が打ち上がるように加速さえしてサラたちに飛んできているのだ。


「師は無手無刀、無挙動で環流を発動できるんだ!」


 一聞する限り、相手に絶望しか与えない能力だが、サラの口角は嬉しさを隠しきれずに上がっていた。そんな、心情とは対照的に状況は悪化の一途を辿る。


 大量の氷の矢が跳ね返され、すぐさま天井が無数の氷で埋め尽くされていく。その様子はさながら樹氷の森だ。もっとも触れれば肌を裂くほど鋭さを持っているが。


 サラは突き上げてくる刃をいなすも、気づけば身動きが取れない程に周囲を埋め尽くされていた。わずかでも動けば肌を切るほどに、氷の刃との距離は接近している。


 ーーそんな状況を打開すべく次の神をその身に降ろす。


「おおォ!! 『火 神(プロメテウス)』!!」


 咆哮と同時に大剣から炎の柱が伸び、周囲の氷が一瞬で水に変えられていく。水からさらに熱湯に変わった灼熱の雨が容赦なくシグルドに降り注いでいく。


 シグルドは再び剣を突き立て、降り注ぐ熱湯を弾いていくも、つぶてとなった熱湯は天井に届く頃には、その熱の大半が奪われており、再び雨となって床一面に降り注いでいった。いつのまに、天井を覆い尽くしていた大量の氷は、全て溶け落ちシグルドの半身が浸かる程に部屋を満たしていた。


「はあああ!!!氷神(ベイラ)

 『御神渡(クラウストロディオス)』!!」


 立て続けに三柱を呼び寄せるサラ。

 赤と青、炎と氷。

 相反する二つの力が交互に押し寄せ、最後に残ったのは分厚い碧氷だった。


「はん!火神なんかに負けないよ」


 サラの身に宿った氷神が勝ち誇るように言い放った。その自信の籠った言葉通り、シグルドは下半身を完全に氷に囚われ身動きを封じられていた。


「来い!セイラ!!」

「うん!!」


 合図とともにシグルドの正面から斬りかかるサラ。セイラは回り込むように移動すると背後から襲い掛かった。身を反転出来ないこの状況なら、前後から迫る攻撃を弾くことは出来ないはず。


 高速で急降下するサラの真っ向斬りが、シグルドの正中線目掛けて振り下ろされる。堪らずシグルドはその大剣を受けると、


 ーーバキイィ!!


 岩が砕けるような破砕音が静寂を突き破る。しかし、その音に驚愕の顔を浮かべたのはサラだった。斬撃の衝撃が空振るように抜けたかと思うと、シグルドを拘束していた氷が音を立てて割れ始めたのだ。


 驚くべきことにシグルドはサラの斬撃を自身の体を通して受け流し、その力を外に逃がすことで、自由を奪う氷を砕いたのだ。

 後は氷から這い出れば――


「ガアアア!!」


 しかし、その一手だけシグルドの行動が遅れていた。それはサラの斬撃がシグルドの想定を上回っており、若干の痺れが残っていたことに伴う遅れだった。その瞬き程の時間を逃さず、セイラの牙がシグルドを捉えた。


 肩口にセイラの牙が食い込み、同時に青い光が放たれる!魂をも浄化する治癒魔術が発動する。

 シグルドの顔が苦痛に歪む。苦痛に歪みながらも左手でセイラを掴むと、いともたやすく引き剥がし、そのままサラに投げつけた。


 サラは両手を広げ、セイラを受け止めると、


「どうだ?解呪できたか?」


 期待の籠った瞳がセイラに向けられる。が、セイラは呆然としていた。サラは、訳も分からず投げられ放心しているのかと思ったが、セイラから耳を疑う言葉が返って来た。


「違う……このお爺ちゃん呪われてなんか、いない!」

「――なッ!?そんなばかな、正気のままだというのか?」


「ちがう、そうじゃないよ!もっと別の何かだよ。得体の知れない何かを感じる……」


 混乱する頭に鞭を打つように、必死で考えを巡らせる。答えを見つけようとするも焦る程に思考は冴えを失い、答えは闇に沈んでいく。そんな二人の混乱を置き去りに、シグルドは既に体勢を整えており、その身がゆらりと沈む。


 一瞬の静寂の後、サラの顔が蒼ざめた。


「まさか……“あの技”を……」


彼女の脳裏に過った名は、明鏡止水最終奥義、その名は……


「『生々流転』……! セイラ、離れろ!!」


 咄嗟にサラはセイラを突き飛ばした。凄まじい勢いで壁に吹き飛ばされるセイラの目に映ったのは、まさしく荒れ狂う龍だった。


 上段、中段、下段――そして切り上げへ。継ぎ目など一切なく、刃は滑るように流れ、一連の連撃となって迫ってくる。


 それは、山に降った一滴の雨が谷を駆け下り、やがて川に、そして大河となって海を満たすように。

 天から駆け下りる龍のような剣戟は、一太刀ごとにその勢いを増していく。全ての剣線は淀みなく繋がり、止まる気配などない。


 反撃のいとまさえ与えず、終には奔流となってあらゆるものを呑み込み、断ち切る。

 静と動、理と力。すべてが融け合うその様は、まるで、大自然の力そのものだった。

 荒れ狂う濁流にのまれる木の葉の如く、サラの姿が見えなくなっていき、


 刹那――

「---ー」 

 

 やがて、氷の床に置かれていたひとつの影が、鋭い斬撃と共に粉々に砕け散った。


「おねぇちゃーーーん!!」


 セイラの悲痛な叫びが、凍てつく部屋に空しく反響していた。



 〓〓〓〓〓



 セイラは為すすべなく暴れ回る龍を見つめていた。

 獰猛を体現するようなその荒くれは、部屋中を暴れるだけ暴れると、初めからそうであったかのように部屋の中心で制止。氷の残骸が散乱する室内、その真ん中にいつのまにか痩身で白髪の老人が正座していた。


「よくも、おねぇちゃんを!!」


 セイラの翡翠の双眸に獰猛な怒りが灯る。そんな殺気を感じないかのように老人はピクリとも動かない。怒りのままにセイラが飛びかかろうとした、その時だった。


 セイラの目と鼻の先の位置で、シグルドもろとも部屋の大半が氷で包まれた。


「えっ?なんで!?」

「――【碧氷の監獄(コキュートス)】」


 セイラの耳に、か細い声が聞こえた。


「今の声、サラ姉?でもどこ?大丈夫なの?」


 目を凝らしサラの居場所を探る。……天井、壁、床。しかし、どこを見回してもサラの姿が見えない。焦燥したままの顔で再び正面を向くと分厚い氷の中、その碧氷の中にぼんやりと浮かぶサラの姿があった。


 サラは、シグルドが放つ『生々流転』を防げないと判断し、斬撃が迫るその瞬間、氷神の力を全開放し、自らを氷の殻で包み込んだ。


 氷に映した虚像を盾に剣戟をいなしつつ、加えて、勢いを増し続ける斬撃に対抗するため、氷の温度を極限まで引き下げていった。


 氷は、冷えるほど強くなる。マイナス四十度を下回れば、コンクリートすら寄せつけぬ強度を得る――

だが、サラはそんなことなど知らない。サラがしたことは、直前で聞こえた氷神の声を信頼して、全ての力と勝機を氷神に委ねることだった。


「あっははは!ったく!いきなり丸投げとはね。命の危機って時に、これまでで一番の信頼を寄せてくれるとは、まったく神様冥利に尽きることをしてくれるじゃないのさ!!」


 分厚い碧氷の上、そこで胡坐をかきながら嬉しそうに氷神(ベイラ)が笑っていた。



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