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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第5章 再会
137/192

第137話 いざティエラ王国へ

 


 リュートが製作した飛空艇には、ある残骸がベースとして用いられていた。

 それは、シーマの襲撃によって崩壊した都市の瓦礫の中から発見された船舶と魔導炉だ。

 魔導炉は、都市の主動力源として長年使われていたが、先の災厄で修復不可能なほどに破損していた。

 特に注目すべきは、この魔導炉が、都市全体を照らすだけでなく、人々の誇りであり、街の象徴だったことだ。

 精神的象徴である大聖堂と並び称されるほどの存在感を持ち、都市文化の中核を担っていたのである。

 それだけに、引き渡し交渉は難航するかに思えた。だが、都市を救った英雄としての信頼、そして商人ギルドの正式なライセンスが後押しとなり、譲渡はすんなりと決まった。

 魔導炉の残骸を譲り受けたリュートは、前話のとおり、多くの人の手を借りて魔導炉を動力源とした飛空艇ノーチラス号を完成させた。実はこの時、魔導炉は二基建造しており、


「これで、またあの美しい夜景が取り戻せますよ。次に来るとき、見られるのを楽しみにしましょう!……ね、サラ」


 その言葉に、サラの胸が静かに熱を帯びた。無論、色恋沙汰という意味ではない。

 サラが「皆に見せたい」と語っていた、カンディスの夜景。

 それは魔族の襲来によって一瞬で失われ、街は深く傷つき、多くの命が奪われた。

 世界の宝と讃えられた大聖堂も、もはや存在しない。二百年の歳月をかけて築かれたグラナダ建築の最高傑作。たとえ新たに建て直すことはできたとしても、この街の人々が再び目にすることは――おそらく、ない。

 しかし、魔導炉があれば、人々が諦めずにここで生活する限り、そう遠くない未来に希望の光が灯る美しい夜景は復活するのだ。きっとその光は、人々の心を少しずつ癒していくことだろう。

 そんな願いを込めたリュートの気遣いが、サラの胸に深く響いていた。


「……さすが、リュートだ。ありがとう」


 その言葉には、深い感謝と、復興への確かな希望が滲んでいた。



 〓〓〓〓〓



 船の残骸と魔導炉を組み合わせた飛空艇『ノーチラス』。

 そんなノーチラス号の一室で二人の魔術士が熱い議論を交わしていた。


「……なるほど。こうなっているわけだ!!」

「ええ、そうです。そして、ここがこうで!」

「んで、ここのところは?」

「ああ、そこはですね。Δ^8+Θ^(1/2)を満たす値をですね……」

「むっきゃーーーー!!! わっかんないよーー!! なんでいきなり算術が出てくるのさ!

 しかも、数字ですら無い、見たこともない文字だよ!!ひょっとして魔物か?魔物なのか??」


 紙の束を盛大に放り投げ、オレンジ色の髪を掻きむしる小柄な女性。ユウ ワンズだ。

 リュートから魔法陣を教わっていたが、開始早々から絶叫。既に挫折しかかっていた。 彼女の名誉のために言えば、魔法陣の中心に描かれている図形が八系統の魔術を示していることは理解できた。しかし、そこから外側に行くにつれて魔力量や放出速度、錬成順序など、細かな調整が加わり、それらを決定するために奇怪な算術が登場した瞬間、彼女の理解は完全に崩壊したのだ。


「あはは。算術を使って効率化しないと、魔法陣が弾けちゃうんですよ!」

「いや、それはわかるよ! だから出回っている魔法陣は、中心の図柄にせいぜい二周までしか描けないんだよ。それ以上は、魔法陣が持たないからさ!

 でも、君の描く魔法陣は二周どころか、円ですらないところあるわ、図画も混じるわ、立体的に重ねだすわ、いやそもそも、こんな球体の歯車お化けみたいな魔法陣なんて……異次元過ぎるよ。きみ、ほんとにこんな技術どこで覚えたのさ?」

「ユウ、やはりそんなにすごいのか? リュートの描く魔法陣は?」


 興奮と驚愕と嫉妬とため息が複雑に入り混じったユウの声に、冷静な声が割り込む。声の主はサラだ。


「姫、くやしいけど、この子の描く魔法陣は、この世界のどの人族も知らないもので間違いないよ。 元宮廷魔術士のアタシが保証するよ」

「ーーえっと。何かすみません」

「あやまんなくていいよ。アタシが……いや、世界中の魔術士が井の中の蛙だったってことだよ。でも、こんなのどこで覚えたのさ? もしかして古代エルフの生き残りが師匠とか?」

「あの……家で。その……本を読んで」

「えっ!? まさか独学なの?」

「……はい」

「そっか……君って天才じゃなくて変態なんだね。はは……ん? ちょっと待って、その本の作者って分かる?」


 遠くを見つめ、存分に挫折を味わい毒を吐きつつも、ユウは気づいた。独学というなら、その元となった資料、ひいては作者がいるはずだ。


「……両親の手記です」

「そうなの? ならご両親に秘密があるんだね。んで、その天才ご両親はいずこ?」

 リュートの視線が、ユウから一瞬それた。


「――ユウ、そこまでだ」

 割って入ったサラの言葉には静かな重みがあった。

 その一言に、ユウの肩がぴくりと跳ねた。猫耳のローブがふにゃりと垂れ下がり、ユウは小さく項垂れる。


「――いえ。大丈夫ですよ。二人とも魔族に攫われました」

「……そっか。君も孤児なんだね。なら、私と同じだ」


 ユウはしばし黙り込み、目を伏せたまま手元を見つめていた。

 けれど、次の瞬間にいつもの調子で顔を上げ、


「もう一度いくつか、魔法陣描いてくれない? ちょっと本気だしてみるよ!」

「わかりました!」


 その部屋からは暫くの間、カリカリと筆が紙を滑る音と、時々「むきゃー!! もう一回!」という声が響いていた。



 〓〓〓〓〓



「それじゃあ、皆いってくるわ!」

「必ずや海神様をみつけてこよう!」


 瓦礫が脇に積まれ、なんとか船が停泊できる体裁を取り戻した港に奇妙な外見の船体が浮かんでいた。

 その前に佇むのは、セイレーンのアイリスとリゥビアだ。カンディスの復旧がひと段落したタイミング見計らい、二人をシルクとの約束を守るため、サラの力となる海神様の捜索に、これから出発するところだ。そんな二人にサラが声を掛ける。


「ああ、助かる。だが、くれぐれも無理はしないでくれ」

「わかってるわ!でも、もしかしたら道中、仲間のセイレーンにも会えるかもしれないから頑張ってみるわ!」


 サラは、そこでふと気づいた。


(シルクのやつめ。セイレーン捜索にも繋がることを見越しての提案だったか。相変わらずあの変態は、抜け目がないな)


 そんなことを考えていると、アイリスが目の前に来てサラをギュッと抱きしめた。


「サラ、今まで本当にありがとう!ねぇ、別れる前にどうしても伝えたいの。お願い、一言だけ!

 私がそうだったように、サラの復讐の先に幸せが訪れることを祈っているわ!あなたは、もっと幸せになっていいのよ!……いいえ、ならなきゃいけないわ!だって、そうでなきゃ他の誰かを幸せにすることも出来ないわよ!」


 そう言いながら、真珠の瞳に虹色の涙を溜めるアイリス。アイリスは愛するリゥビアを取り戻すことができ、自らを取り戻すことが出来た。しかし、サラは違う。サラが愛した人はもう……。この残酷すぎる現実の先にある未来にせめて、月明かり、いや星明りでもいいから優しい光が差して欲しい。そう願わずにはいられなかった。

 そんなアイリスの思いは、サラに十分すぎるほど伝わっていた。しかしサラは、その思いを直視することができず、


「……ああ」


 とだけ答えた。



「アイ姉元気でね! また、楽しいお話きかせてね!」

「ええ。いいわよ!こんどセイラちゃんがもう少し大きくなったら、海を愛した王子様の恋のお話聞かせてあげる!」

「えっ!何それ!!聞きたい、聞きたい!」


 翡翠の双眸を輝かせ嬉しそうに尻尾を振るセイラ。その脇では、リゥビアが顔を赤らめながら頭を掻いていた。その様子を見ていたアイリスが、意地悪そうに笑うと、


「ふふ。ちょっと、リゥビア何赤くなっているの? 今の、あなたのお話じゃないわよ」

「……」


 更に顔を真っ赤にしてリゥビアは沈黙。そんなリゥビアの前に一人の男が歩み出た。

 日に焼けた体に長い槍を携えたその男の名は、ジェイ フィッシャーだった。


「えっ?ジェイどうしたの?」


 普段からほとんどしゃべらない寡黙な男がとった突然の行動に驚いたのはユウだ。

 そんなユウを見ることなく、ジェイはリゥビアの前に出ると膝を折り頭を下げた。

 その振る舞いからは敬意が溢れており、二人の間に多々ならぬ雰囲気が漂っている。


「ちょっとリゥビア、いったいジェイさんと何かあったの?」

「昔な……」


 そういうとリゥビアは、少しだけ悲しい顔を浮かべた。同時に、それ以上の質問を受け付けない。そんな顔をしていた。


 一通りの歓談が静かに終わりを迎えた頃、船の最終確認を終えたリュートが、甲板から姿を現した。


「それでは、二人とも通信石板での定時連絡をお願いします。魔石は充分に積んでありますから、移動には困らないと思いますが、何かあれば、すぐ知らせてください。……あ、それと。疑似迷宮(冷蔵庫)ともつないでおきましたので、食料はご自由に」


 細やかな気配りと準備の完了を告げるリュートに、アイリスがにこやかに応じる。


「リュート君、色々ありがとうね。それじゃ、行ってくるわ」


 アイリスはそう言って彼のそばに歩み寄り、そっと肩に手を添えた。


「――あの子、きっと押しに弱いから。少しぐらい強引にいってもいいんじゃない?」


 やさしく、けれどどこか含みのある笑みを浮かべると、ひと呼吸おいて続ける。


「運命ってね、自分から泳ごうとしないと、流されるばかりなのよ。だから、がんばって!!応援してるわ」


 アイリスは、ウィンクをすると、リュートのおでこを軽く押し、リゥビアとともに船へと乗り込んでいった。ゆっくりと岸を離れていく船。一行は、しばし無言のまま、遠ざかる船影を見送っていた。



「最後、一体何を話していたんだ?」


 傍らから問いかけたサラの声に、リュートがはっとして振り返る。視線を交わすことはできず、ほんの少しだけ目をそらしながら、唇に淡い笑みを浮かべ、


「……秘密です」


 船の後に残された白い航跡波は、穏やかな波に消えることなく、静かに、水平線の彼方まで伸びていた。



 〓〓〓〓〓


 ーーアイリスたちの出港から七日後。


「ついに出発だな」

「はい!次はサラの祖国ティエラ王国ですね!」


 サラの言葉に、隣に立つリュートが、感慨深げに呟く。

 朝日を待っての出発も考えたが、きっと、この街の住民は復興の手を止めて、見送りをしてくれるだろう。しかし、今、優先すべきは復興だ。だからサラ達は、置手紙に思いを託し、あえて出航日の前夜に旅立つことにした。


 煌めく星空の下、飛行船が舞い上げる土埃がカンディスの匂いを運ぶと、飛空艇はゆっくりと浮上。崩れた建物を見下ろしながら、月明かりに照らされた雲の隙間へと滑り込んでいった。

 サラは、甲板の手すりにもたれ、遥か下に広がる景色を見つめていた。

 瓦礫の撤去が始まったばかりの広場が、銀光に照らされいっそう寂しげに映る。魔導炉は復活したものの、都市を宝石箱のように輝かせていた美しい夜景は、今や見る影もない。生活の基盤を築き始めたばかりなのだから、当然のことなのだが、それでも、サラの胸に広がる寂しさは拭えなかった。


「大丈夫! この都市はすぐに復興しますよ!」


 憂いを湛えたキトンブルーの瞳を、リュートは見逃さなかった。


「……ああ。そうだな」


 黒髪の少年の言葉は、サラの胸に静かに染み渡った。それはただの慰めではない。行動で示してきた彼の言葉だからこそ、サラの心は自然にそれを受け入れた。いつのまにか、リュートの言葉が、どこか心地よく、自然と胸に馴染んでいった。そんな、心境の変化に驚いていると、


「あ、あれを見てください!」


 突然、リュートが指さしたのは、シーマと激闘を繰り広げた爆心地。その地が、やわらかな光を放っていた。

 それは、魔石灯のような強い光ではない。けれど、どこか心が安らぎ、暖かくなるような光だった。


「不思議な光だな……ん?どこかでみたことがあるような。一体、何の光だ?」

「あれは、『光 墨(ラズ・マジック)』です!」


 『光 墨』。それは指先に光を灯し、空中に文字を描く初級魔術。主に子供たちに文字を教えるために使われる、ささやかな術式にすぎない。それを多重詠唱で発動させ、複雑な魔法陣を作り出すリュートが特別なだけで、本来はその程度のものだが、


「ちょっと待て! あの光、何かを描いていないか?」


 キトンブルーの瞳が見開かれ、その顔に感動の色が広がっていく。暗闇の中、浮かび上がったその絵は、


 ――――カンディス大聖堂。


 漆黒の大地にこの都市の誇りであり、先の災厄で倒壊したカンディス大聖堂が浮かび上がっていた。

 それは、生き残った人々が、無念を胸に天国へと旅立った大切な人々に向けて復興を誓った決意のメッセージだった。

『僕たちの都市の誇りは、災厄で命を落とした者たちと一緒に、いつまでも心の中に生き続ける』そんな想いがこもった光が夜空の先を照らしていた。


「この都市は必ず復興しますよ! だってみんな、こんなにも強いですから!」

「……ああ。そうだな。――ん?」

「あれ? また光が……変わっていく……」


 次の瞬間、爆心地に描かれた絵が、ゆっくりと姿を変えた。決意のメッセージが変化し、新たに浮かんだ文字は、


【カンディスを救った英雄たちに幸あらんことを!】


 それは、サラたちに向けられた感謝の言葉だった。


「……結局、気を使わせてしまったか。しかし、こんなにも大変な時でも、感謝の心を忘れないとは……」


「なら、僕たちも返事をしないとですね!」

「ああ、そうだな!!」


 リュートが何をするのか、聞かなくてもサラには分かった。


 呼び掛けに答えるようにすぐさま、夜空に向けて高々と『雷鳴』を打ち上げた。

 天高く打ち出された光の帯は、やがて放物線を描き出す。続けて、リュートも閃光を放った。先行する雷鳴を追いかけるように、夜空を駆ける光跡は、まるで流れ星のようだった。


「まだまだ、やるぞ!」

「はい!」


 サラの号令に応じ、光が次々と夜空へ打ち上げられる。

 それらは満天の星々に負けない輝きを放ち、やがて夜空を駆け巡る流星群へと変わっていった。

 星々と寄り添うように走る光の群れは、再生へと向かう人々の想いを、空に刻んでいるかのようだった。


 その無数の光の中、ひときわ目を引く閃光があった。

 リュートの杖先から放たれたそれは、他のどの光よりも真っすぐに――どこまでも高く、天へと昇っていく。

 まるで、空と地を繋ぐ一本の橋。淡く、そして揺るがぬ光の架け橋だった。


 リュートは、胸元につけた焼け焦げた髪飾りを握りしめ、昇りゆく光を見つめながら、そっと目を細めた。


 祈りが届くようにと願うように――。

 光は静かに夜空へと溶けていった。


 その祈りに寄り添うように、ふたりの放った光の群れが、なおも夜空を駆けていた。

 流れ星のようにきらめきながら、復興に向けて歩き出した人々の願いを、天へと届けていくかのように。


「ありがとうーー!!」


 眼下に広がる地上から、そんな声が聞こえた気がした。



 〓〓〓〓〓



 ――翌日、空は気持ちの良いくらいに晴れ渡っていた。


 船首にサラとリュートの二人が立ち、遥か前方を見据えていた。

 彼方には青く澄み渡る大空と、どこまでも広がる白銀の雲。飛空艇は、それらを切り裂くように進んでいく。

 甲板では、セイラが気持ちよさそうにうたた寝をし、その背後では、ユウが楽しげに操舵輪を握り、エスが「落とすなよ!」と心配そうに隣へ寄り添う。そんな二人をいつものように、ジェイは無言で見守っていた。


 飛空艇は、雲間から伸びる陽光を浴びると、ゴウンという音を立て風を切り裂きながら、東の空へと加速していった。




 ――第5章―― おわり





 これにて、第五章終幕となりました!

 遂に、前振りが長い上、伏線だらけのこの物語がようやく佳境に向けて動きはじめました。


 はたして、こんな調子で作者は、どこまで書けるのか……。


 いや、すみません。エタらず書きます。

 

 では、では、皆様!

 引き続き、サラとリュート(それにモズ(魔石状態ですが)とセイラ、アイリスとリゥビア(別行動ですが)、新たに加わったUSJの三人)の冒険を、これからもゆるりとお楽しみくださいませ!!


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