第13話 修行と魔物調査
朝食のベーコンエッグを食べ終えると(幸い、殻を好む火の精霊などは現れなかった)、さっそくリュートの剣術修行が始まった。
サラによれば、彼女は二つの流派を習得しているという。ひとつは、身の丈ほどもある大剣を振るう【神羅万象】。自然界に遍在する神々の力を剣に宿し、雷や炎を呼ぶことすら可能な、降霊術に近い剣術だ。
もう一つは、小太刀二刀を操る【明鏡止水】。一の太刀で流し、二の太刀で仕留める。魔術すら跳ね返す厄介な剣術で、ゲームで言えばチート級の性能を持つ。どちらも尋常ならざる鍛錬を積んだ者のみが辿り着ける境地で、貴族が金で買える段位制度などとは無縁の、いわば剣の「本職」たちの技である。
ただし、サラの見立てでは、リュートにはそうした型よりも【実践剣術】が向いているという。毒も罠も使い、剣すら捨てることを厭わない。伝統主義者からは「邪道」と蔑まれるが、現実には極めて実戦的な流派だ。もっとも、サラ自身はその流派を修めていないため、まずは基本から始めることとなった。
初日の修行は、ひたすら素振り。剣先がぶれなくなるまで、無心で振り続けるのみ。リュートは、甲羅を背負って山を走るような荒行を想像していたため、意外な地味さに安堵した。
手渡されたのは、真剣に近い重さの木剣。しかし、実際に振ってみると剣先が「びぃーん」と情けなく揺れるばかりで、真っ直ぐ振るだけでも一苦労だった。一日一万回の素振りを課せられたが、五百回を超えたあたりで早くも血豆が潰れ、握力が尽きた。
治癒魔法で回復しようとすると、サラに止められる。「剣ダコができないからだ」と。剣士の手は、痛みと引き換えに鍛えられていく。近道はない。
ちなみに達人ともなれば、無駄な力みをなくすことでタコすらできなくなるという。サラでさえ未到の域である。
彼女の実演は、まさに芸術だった。余分な動作を一切排したその一振りは、わずかに「ピッ」と音を鳴らしただけだったが、本気を出せば音速すら超えるという。衝撃波さえも断ち切るというその技に、リュートは思わず息を呑む。
――それは、人間の成せる業なのか?
音速を超える衝撃といえば鞭の先端のそれだが、それすら斬るとは。
闘気についても、サラは説明してくれた。魔力とは異なり、自らの生命力を燃やして放つ力。修行の果てに辿り着く、いわば悟りのようなものだ。
(闘気を極めれば、某超戦士みたいに光線も撃てるかも……でも、自爆は勘弁だな)
妄想を浮かべながら素振りを続けても、木剣は「びぃーん」と鳴るばかり。脇の締め方、肘の角度、膝の沈み――試行錯誤しても成果は乏しく、結局、千回を超えたあたりで腕が完全に上がらなくなった。
剣の道の険しさと、自らが妄想と邪念の塊であることを痛感することが、初日の最大の成果だった。
同時に、魔術修行も始まった。
サラの魔力の流れは感じ取れるのに、術が発動しない。問題は「練り上げ」にあると見たリュートは、父ティオの発明品――【水見石】を取り出した。
八色に揺れるマーブル模様の魔石を前に、サラは首を傾げる。
「なんだ、この石は?」
「父様の作品です。魔力の属性を色で視覚化できます。火なら赤、水なら青……という具合に」
リュートが実演してみせると、魔石は見事に色を変えた。
この魔石は、魔術の詠唱を省く訓練に用いられる。魔力とは、術式を開く鍵のようなもの。属性に合った“鍵”を正しく練らなければ、術式という錠前は開かない。
サラは魔石に手をかざした。だが、十分経っても、一時間経っても色は変わらない。時折、殺気や闘気が誤射され、周囲の小動物が逃げ惑うだけだった。
リュートは再び素振りを始める。今度は「空気を切る」イメージで振ったところ――「ズバッ」と鋭い音が走った。
風の刃が放たれていた。木剣を通して、風魔術が発動したのだ。
サラは無言で首を振る。「それは違う」と。
次に「貫く」イメージで振ると――「チュドーン!」
光線が放たれた。
サラから殺気が混じった視線が飛んできた。修行の道は、やはり険しい。
修行は午前と夕食後、午後はサラがギルドから請けた魔物調査に費やされた。峠の森を中心に、フォレストボアやコービーブルなどの一般的な魔物ばかりが確認され、魔力濃度の高い異常個体には遭遇しなかった。
もっとも、遭遇すれば狩る。サラに「今日の晩御飯がいますね」と告げれば、次の瞬間には牛魔物の首が地に落ちている。気づく間もない即死。倫理的配慮も完璧だった。
血抜き、解体、保存までが流れるように行われ、余った肉は村に届けられる。サラの評判は急上昇し、「峠の肉屋」として銅像が立つ日も遠くはないかもしれない。
数日後、岩屋近くでリュートが魔力の投網を展開し、空中のコウモリを捕らえた。
「まて!! 今の魔術……属性がわからん」
サラが驚いた表情を見せる。
「闇魔術です。便利なんですよ」
サラは冒険者として数年を過ごしてきたが、闇魔術の使い手には初めて出会った。
リュートは観察を続ける。
「このコウモリ、鍵爪に溝があります。アイシクルバットですね。寒冷地種のはずですが……」
サラは剣の柄に手をかけた。コウモリは伝染病の媒介とされ、とある国では感染爆発により一年足らずで滅びたという。
「調べます。噛まれそうになったら、お願いします」
「物好きだな……。だが、手袋は忘れるなよ」
手渡された皮手袋を装着し、二人は調査を開始。テングコウモリやフラワーノーズコウモリなど、寒冷地のみに生息するはずの種が次々と確認された。
「これだけいれば、見逃すはずがないです。まさか最近、増えた……?」
リュートの言葉に、サラは黙り込む。魔物の異常発生。その原因に、彼女には心当たりがあった。
ドワーフの国に伝わる、古い伝承。幼き頃、乳母が歌ってくれた子守唄。
「……まさか、な」
サラは、誰にも聞こえぬように呟いた。




