第122話 解決策
サラたちが足を踏み入れたその島には、A級の魔物をおやつ代わりに捕食するS級魔物が多数徘徊していた。さらに地下では、瘴気が絶え間なく漏れ出し、未知なる魔法陣が無数に蠢く異様な島だった。
そんな島の対処をオルビヤ王家から丸投げされ、頭を抱えるサラだったが、リュートはこともなげに言ったのである。
「それなら問題ありません。既に対処済です!」
「なっ!?」
はたして、サラを驚愕させたリュートの対処法とは?
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「魔法陣の解析は終わっていませんが、確認出来る全ての魔法陣の記録は完了しました」
「「うえっ!?」」
リュートの言葉に驚き、聞き返したのはカッツォ達だ。
「だ、だんな……こんな複雑な魔法陣を記録したなんて本当ですかい?」
「ええ。こんな感じで」
リュートが片手を胸の前で払う様に動かすと、縮小化された魔法陣がずらりと並んだ。
「ひゅーーだんな。やっぱり、ただもんじゃねぇーですね」
「リュートには、見たものをそのまま記憶できる【映像記憶能力】があるからな。とはいえ、それを瞬時に再現する術者など聞いたことはないが」
豊かな胸を組んだ腕の上に乗せ、自慢げにリュートを解説するサラ。カッツォは、事実を再確認し「マジですかい……」と感嘆の吐息を零した。
「それで、解決策とやらは一体なんだ? そろそろ説明してくれ」
「ええ。もう始めています」
「??」
リュートの発言の意味が掴めず一同は首を傾げるも、
「あっ!!ボク分かったかも」
声を上げたのはセイラだ。
セイラは肉球のついた手をちょこんと持ち上げ、玩具にじゃれる猫のように前足を動かす。
((かわいい……))
愛らしいセイラの動作に一同が目を奪われていると、
「あっ……ひょっとして!私もわかったかも」
声を上げたのはセイレーンのアイリスだ。半身浴のように海面から上半身だけだして話を聞いていたアイリスが声を上げた。
「えっ……ということは、魔物にしか分からないってことですかい?……あぐッ!?すいやせん」
カッツォのいらん失言に、サラが即座に反応。剣呑な殺気を飛ばし威嚇した。セイラとアイリスからも冷たい視線が向けられ、
「カッツォさんそんなこというんだーー。へーー。もぅボク、カッツォさんが毒で苦しんでも助けてあげないかも」
「私、ちょっと前まで、黒い目してたのよねーー」
「へっ?黒い眼のセイレーンっていったら……」
女性陣二人から放たれる鋭利な視線と、言葉の一つひとつに宿る圧倒的な威圧感。それをまともに受けたカッツォは、背筋が凍るような緊張に体を縮こませ、小さな震えを隠せなかった。そんな様子を目にしたセイラは満足したのか、くすりと笑いながら、
「魔法陣の中のおんなじ所が光ってるんだよね。ねっ!!リュー兄」
「おみごと!セイラ正解です!!」
「はい!正解した人には飴ちゃんやでー!」
モズからご褒美の飴ちゃんをゲットし、右に左にと頬を膨らませ頬張るセイラを横目にみつつ、サラが口を開く。
「なるほど。それで、その光る部分は一体なんなんだ?」
サラが首を傾げて尋ねると、リュートは待ってましたとばかりに口を開いた。
「はい。実はどんな魔法陣にも、構造こそ違っても、必ず共通する“核”があるんです」
「共通する、核……?」
「はい。たとえば馬車で考えてみてください。荷馬車でも戦車でも、どんな形でも、“動力源”がなければ動きませんよね?」
「動力源……つまり、馬か」
「そのとおりです! でもさらに言えば、馬が生きて動くには“餌”が必要です。どんな馬車も、最終的には“馬にエサを与える”ことが基本になるんです」
「なるほどな。つまり、魔法陣にも“動かすための共通の要”があると」
「ええ。この光ってる部分が、それに当たります。どんなに複雑でも、マナを魔力に変換する“供給系”だけは共通している。だから、そこをピンポイントで阻害する魔術陣を新たに作ってみました!」
「――――!?」
自慢げな声とともに、リュートの手に握られていたのは、土魔術で作られた判子のような物体だった。見た目は何の変哲もないが、数多の奇行を重ねて来た彼のやることだ。妙な説得力があった。
「この判子をポンポン押していけば、魔法陣は効果を失っていくはずですよ!」
リュートは笑顔を浮かべ、その表情からは「褒めてほしい」という期待がにじみ出ていた。しかし、この場にいる誰もが、彼のその能力に感嘆しながらも、心の中で同じ思いを抱いていた。古代技術と思しき魔法陣を即座に解析し、その対処法を淀みなく導き出す姿。常人の理解を遥かに超えるその手腕には、ある種の恐れさえ覚え、
(((え……何、この子。やべぇ奴じゃん)))と。思ったのであった。
その後、リュートが魔法陣につけた目印に、ぽんぽんと判子を押していく作業が始まった。途中、例によってカッツォが「これは触っちゃだめ」と注意書きされた魔法陣をうっかり踏み抜くというお約束が発生。湧き出した大量のゴーレムを対処をする羽目になり、一時的に戦闘が勃発したが、この話は割愛。
天井に巧妙に隠された魔法陣も、モズとリュートが協力して、丁寧に処理していった。そして、最後の一つを無事に封じ終えると、リュートは額の汗を拭いながら一息ついた。
「ふーー。ようやく終わりましたね」
「ああ。しかし、さすがリュートだな。毎回のことながら、その能力には驚かされる。ひょっとしたらリュートの能力は『時空眼』だけじゃないのかもな」
サラは何気ない一言を呟きながら、リュートの肩を軽く叩きながら労うも、彼女の脳裏には少しの懸念が浮かんでいた。
「しかし……上に巣くう魔物たちはどうする?瘴気が無くなれば、どこかに消えるかもしれないが、もし人が住む大陸へ向かうようなことになれば、魔物災害が起こりかねないぞ」
「ええ、その点についても考えています」
リュートは、冷静に頷くと対処方法を語りだした。
「瘴気そのものに手を出すと危険ですので、これ以上外部に漏れ出さないように処置をしましょう」
「なるほど……ということは、当面の間、この島全体を管理下に置く必要があるということか」
「ええ。そうした方が良いかと。さすがに冒険者に開放するには危険すぎますからね。現時点ではそれが最善策かと!」
リュートが淡々と説明する。
サラは少し考え込むように頷きながら、リュートの対応に一定の安心感を覚えたようだった。
「では、一連の対処について、シルクさんに報告しておきますね」
「ああ、頼む」
そうして、シルクへ現状と対処案を送信するも、返信に思いのほか時間がかかり、一行は更に一週間ほど足止めを食らうことになった。
その間、リュートも加わり、サラが『箱庭』と名付けた島の再調査を試みた。しかし、結果はやはり散々なものだった。視界から消える『蜃気楼』は勿論のこと、認識疎外の術式を駆使し慎重に行動しても、どういうわけかS級の魔物はサラたちの存在を正確に嗅ぎつけてくる。
そのたびに、背筋が凍りつくような捕食者特有の殺気に襲われた。弱者の命を弄ぶように、一瞬の猶予も与えないその追尾能力。それは、何度も危険をかいくぐってきたサラ達ですら、その気配に圧倒され、逃走するほか術がなかった。仕方なく、余った時間を休養に当て、各々の自由時間を過ごしていると、ようやく石板が光り、
「カッツォさん。シルクさんから返事が来ましたよ!」
「よーーやくですかぃ。これで、あっしらもこんなおっそろしい所から抜け出して、王国騎士団の仲間入りですね!おい、てめえら、誉高い騎士の名を汚さねぇように、風呂にはしっかり入るんだぞ!!」
「「「へい!!」」」
「汚すの意味が違う」と苦笑するリュートが、石板に目を通してシルクの決定を読み込む。その顔は次第に険しく曇っていき……。
「リュート。あの変態は何と言ってるんだ?」
リュートの態度に違和感を感じたサラが歩み寄り、石板に目を落とした。
「何々……。
カッツォ海賊団について、次のとおりオルビヤ王家の沙汰を下す。
一つ、カッツォ海賊団が行った行為を海賊行為と認定する。
一つ、カッツォ海賊団構成員について、軍規に違反し逃走した者を軍事犯として認定する。
以上の犯罪行為に基づき、次の処罰を下す。
カッツォ海賊団を、新たに出現した島『箱庭』への流刑と処す。加えて、流刑地における刑務として『箱庭』の防人の任務を課すものとする。
なお、必要最低限の食料および物資については、定期便を派遣する。最後に、規定に応じた『作業報奨金』も支払われることを付け加えておく。
以上」
「「「へっ?」」」
呆然とするカッツォ達に、痛い気なモズが止めをさす。
「よかったやん。判決が下って!」
「そんなーーー!!」
仄暗い洞窟内に、カッツォの嘆き声が響いたのであった。




