第118話 ポンコツ海賊団
空と海がひとつに溶け、青だけが支配する世界を、ひとつのくたびれた帆船が静かに進んでいた。
その船は、帆に誇れるような紋章も無ければ、幾つもの魔石砲を供えているわけでもない。漁船を少し大きくした程度の小型外洋船だ。目を引く点と言えば、船首に掲げられた真新しい白い人魚像ぐらいだ。
これは、魔物除け、羅針盤、時計など世界観を無視したマルチ機能を持った【白い眼のセイレーン像】である。
「しかし、疑っていたわけではないが、本当に魔物が出ないな」
「シーサーペントなどの強力な魔物と鉢合わせることはありますが、基本的に弱い魔物は避けて進めます。なので、それらを食べにくる高位の魔物の出現率も同時に抑えられるかと!」
船首に立ち、海よりも澄んだキトンブルーの瞳で、退屈そうに水平線に見つめる女性がひとり。その横に、黒髪の少年が寄り添っている。
この二人が、本作の主人公のサラとリュートである。
サラ(女?歳)は、身の丈程の大剣を振るい、神々をその身に降ろす秘術『神羅万象』と魔術をも受け流す『明鏡止水』を操る剣士であり、冒険者だ。彼女は、兄を殺した魔族を打つために世界を旅している。
もう一人の主人公はリュート(男十二歳)。魔族に拉致された両親を救い出すため、サラと行動を共にしている魔術士であり、異世界を覗き見ることが出来る異能『時空眼(サラ命名)』の持ち主だ。異世界由来の知識と生まれついての無尽蔵の魔力を武器に、お伽噺話の世界の魔物『氷龍』や『クラーケン』討伐に大きく貢献。サラ同様、圧倒的な戦闘力を誇るが、本業は両親にならい【商人】である。
「リュー兄!! 後ろ見て! あれってボクがいたミーネウ山脈だよね?」
サラ達の背後から、無邪気な声が掛かる。声の主はセイラ(女 十歳位?)だ。彼女は、記憶と体を失っており、現在は、白い獣の体を間借り中。仮宿としている獣は、例えるなら巨大な雪豹だ。この白い獣は、解毒と呪いの解除能力を持っており、セイラはそれを自在に操る。
彼女がなぜそれを可能とするか――それは、死者に干渉できる異能を備えているからだ。
この世界では、リュートやセイラが持つ異能は「授かりし者」と呼ばれており、国家機密級の能力とされている。一説によれば数百万人に一人の能力だとか。
――さて、話を戻そう。
「リュート君、見て! 魔物が近づかないから、この船の周りにおいしそうな小魚がいっぱい寄って来てるよ!」
「えっ!本当ですか!それは想定外の効果です。早速ギルドに報告して、売り文句を付け加えないと!」
肩に担いだ網に大量の小魚を詰めたセイレーンから興奮した声が飛ぶ。アイリスだ。彼女は、クラーケンに操られ船舶を襲ってしまった罪を償うため、オルビヤ王家と約束し、行方不明の『海神』様の捜索に当たっている。現在、外洋に出るついでに、操船に不慣れなサラたちを案じて、ローラシア大陸までの案内役を引き受けてくれていた。
サラは、二人の会話を眉間に皺を寄せながら、面白くなさそうに聞いていた。それもそのはず、自分と同じ冒険者になると思っていたリュートは、速攻で商人となり、一応冒険者登録(職業:テイマー)もしたものの、本人はまるで興味がない。そのため、ランクは最低位のGのままだ。更に追い打ちをかけるように【白い眼のセイレーン像】製作などで着実に実績を上げ、商人としての地位を確立しつつあるのだ。
「リュート殿! 十時の方向に救難信号を掲げた船が見えますぞ!」
見張り台の上に立つ小さな子供が、体に不釣り合いな長い槍を指し示しながら叫んだ。彼はリゥビア。長きに渡り、青海を恐怖に陥れたクラーケンの一部であったが、色々あり(詳しくは第4章をお読みください)クラーケンから解放され、現在は、恋仲であるアイリスと共に『海神』様捜索の任についている。
「セイラ見えますか?」
「えっと。救難信号が何かは分からないけど、あっちの方でシルクさんの所で見た旗が逆さに掲げられているよ」
「サラどうします?」
「……海賊の可能性もあるが、このメンバーなら海賊でも問題ないだろう」
カチンと鯉口を切り、口角を上げながら物騒なことをいうサラに苦笑いしつつも、リュートはアイリスとリゥビアに目配せをして、進路を左前方へと変更。
風のない海面を、帆船は音もなく滑るように進んでいく。
しかし帆は広がっておらず、風も感じられない。
これは、リュートが船尾に刻んだ魔法陣によるものだった。
水流を発生させることで、帆を使わず航行が可能になっているのだ。
この世界では見たことのない異様な技術だが、仲間たちは「またか」と受け流していた。
リュートの奇行に、すっかり慣れてしまっていたのだ。
そうして、音もなく難破船に近づくと、
「カッカッカァ! ここであったが運の尽き、命が惜しくば食べ物、いや積み荷を置いていきやがれ!!」
リュート達が声の方向に目を向けると、そこには如何にもな三角帽を被った髑髏がカタカタと動いていた。夜間なら見えないかもしれないが、日中なら操作板が丸見えであり、下に誰かが潜んでいることは明らかだった。
「サラどうします?」
「頭の悪い海賊だろ? 悪党だ。斬ろう」
即断即決を下したサラの剣が降られ、飛ぶ斬撃が海賊船のメインヤード(張綱)がバッサリと斬り落とされた。これで海賊船は、帆を動かすことが出来ず航行能力を失う。さらに、
「――落石」
リュートの杖が掲げられ、直後、空から大量の岩が落とされた。
「×10」
リュートの詠唱に重なるように輪唱が響くと、大岩はその数を一気に数を増した。降り注ぐ大岩に押し潰され、船はあっという間に傾いていった。
「ちょっと、モズ。さすがにそれはやり過ぎです!」
「えっ!?アカンの? てっきり海賊討伐クエストかと思ったんやけど?」
リュートの周りをぱたぱたと飛び回り、おかしな口長で話すのは、自称大森林の大精霊モズ(女?歳)だ。『大』が二つ重なるごろの悪さはさておき、彼女は、名前(百舌)の通り魔術を重ねがけできる特殊能力『多重詠唱』を持っている。そして、リュートの契約精霊でもあり、契約者には、もれなく初級魔術しか使えない呪いが発生。しかし、その代わりに契約者も『多重詠唱』が使えるようになるのだ。
さて、目の前では、積み上がった大量の岩に耐えきれず、船首が垂直に立ち始めている。するとガリガリの男達が、堪らず沈みそうな船のブリッジにしがみ付きながら、出てきた。
「えっちょっと待って、まだ何も悪い事してないでしょ! 悪態ついただけです。口喧嘩みたいなもんですぅ。すみません。降参します!!」
しかし、そんな叫びも空しく、あっという間に船は沈没。哀れ男たちは海の藻屑となったのである。
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「ちょっと姉ぇさんマジっすか。いきなり斬撃とはひでぇじゃねぇですか!」
「「そーだ、そーだ!!」」
折れ曲がった三角帽をかぶったキャプテン風の男の抗議を皮切りに、他の船員からも抗議が上がった。
海賊船転覆後、溺れる船員を見たセイラが「命まで奪ったら可哀そうだよ」と寂しげにつぶやいたため方針を転換。全員救助し、ついでに海賊船も引き上げ、今に至る。
「五月蠅い!悪党ども!! 海賊にかける情けなど必要ない」
「それはひでぇです。俺たち海賊行為なんて、まだしていませんよぅ。さっきのは幽霊船を真似て、積み荷を頂こうと思っただけでさぁ」
「それは立派な海賊行為だ。というか、昼間から幽霊が出るわけないだろう?」
「おお、たしかに! でも、積み荷を奪えてないから未遂です」
「恐喝も立派な犯罪行為だろ」
「おお!たしかに!」
サラのもっともな指摘に、男は得心を得たように何故か同意。
「まぁ、事情位は聞いてあげましょうよ」
脳筋系のサラに論破される一団をみて、リュートは悪い連中ではないと確信し、助け船をだすことに。
「これはさすが、大魔術士様。お心が広い! そっちの『鮮血の河馬』とは大違いでさぁ」
キャプテン風の男は、どうやらサラのことを少しは聞いたことがあるらしく、ささやかな口撃を試みるも、それは禁忌(サラの望んでいない二つ名)に触れるものであり当然、
「あ~れ~!!」
サラから闘気の塊をぶち当てられ、キャプテン風の男は、再び海の藻屑となったのであった。
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その後、セイラが「命までとったら、……」となり、アイリスが男を回収。
男の回復を待ち、サラを後方で待機させつつ、リュートによる事情聴取が再開された。
聞くと海賊たちは、オルビヤ王国の内戦時に集められた傭兵や脱走兵の集まりであり、終戦に伴い行く当てを失った集団と判明。
「いや、ほんと。俺らどうやって生きていったら良いのか分からなくて……」
「まっとうに働けばいいだけだろ?」
嘆く男たちに向かって、後方に佇むサラからまたしても最もな意見が飛ぶ。
「そりゃぁ、そうなんですが、脱走兵には重い懲罰が科せられるし、実際に参加してみて傭兵家業は痛いし、怖いし、楽じゃないし。仕方なく海賊稼業を始めたってぇのに、商船を襲う勇気もないなら、俺たちどうやって食っていけって言うんです?」
自慢げに情けないことを並べる男達に、白い眼を向けるリュート達一行。そして、彼らは、声を揃えて言ったのだった。
「「「そんなん知らねぇよ」」」と。
海賊ごっこをする一味を捉えても、金銭的な見返りも見込めず、できることなら見逃してやりたいところだったが、面倒な事に男たちは尚も食い下がってくる。
「ちょっと待って下せぇ。これも何かの縁だ。もし、俺達に食い扶持を与えてくれたら、とっておきの情報をあげますぜ!」
「情報などいらん。そもそも、悪党に片足突っ込んだ奴と取引などせん」
即答するサラに、リュート達も同意。
しかし、そんな空気は無視して、男達は地獄に垂れ下がる蜘蛛の糸に縋る亡者のごとく諦めない。
「真水湧く洞窟の場所とか、どうですかい?」
「水なら魔術で出せるだろう? 不要だ」
「それなら、新鮮な果実とかどうですか?」
「それも私達には不要だ。諦めろ」
バッサリと提案を切って捨て、交渉決裂は揺るぎないと誰しもが思った時、最後の提案が雲行きを変えた。
「なら……『海神』様の居場所なんてどうです?」
『海神』様は文字通り海の神であり、兄の仇である魔族を打倒したいサラにとって、ぜひとも契約したい神なのだが、前述のとおり現在は行方不明なのだ。
「その発言は冗談では済まされないぞ。情報源は?」
男は、無価値と思える情報に反応があったことに驚くも、サラの声音に凄みを感じとり、ごくりと喉を鳴らし、慎重に言葉を選ぶ。
「昔、海賊退治を行った時に、リヒトって騎士様から教えて貰ったんでさぁ」
その名を聞いた瞬間――時が、止まった。
軽口を叩いていたサラの顔から、音もなく感情が抜け落ちる。
胸の奥に押し込めていた記憶。
カザアナに四肢を千切られ、死神の首輪により、この世界に影だけを残して消えたリヒト。
あの日の幻影が、波の向こうにゆらりと浮かぶ。
海風がはらりと流れた涙の糸を飛ばした。
サラの目が、大きく見開かれると、
「……それは、冗談では済まされないぞ。慎重に言葉を選べ!」




