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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第1章 イーノ村の秘密
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第1話 サラ


「ハアアーー!!【雷 神(ゼウス)】」


 神の名が叫ばれ、白銀の海辺に、雷光が閃いた。


 怒声が飛び交う中、赤い巨蛇が地響きを立てて跳ね上がる。

 浜辺の漁師たちは声を失い、足をもつれさせて後退った。

 地を這うその体長十メートルの獣は、怒りに咆え、鋭い牙をむき出しにする。


 だが、その巨体がしなるより早く――


 大剣が唸りを上げ、蛇の胴が宙を裂かれた。

 紫電がほとばしり、空気が弾ける。

 次の瞬間、赤蛇は細切れになって崩れ落ちた。

 焦げた肉から煙が上がり、静寂が戻る。


 その場に立っていたのは、一人の女剣士だった。


「……もう少し、手応えがあると思ったが」


 サラ・ヘンドリクス。

 金糸の髪に、空を切り取ったような蒼い瞳。

 その背には、いましがた血を振ったばかりの大剣。

 白磁の戦装は魔力の輝きを淡く脈動させ、海風に揺れている。


 B級冒険者――だがその名を知る者は、決して彼女を“並の剣士”とは呼ばない。


「すげえ……あんたがやったのか?」


 唖然とした漁師の一人が声を漏らすと、周囲からも歓声があがった。


「さすが『鮮血の河馬』……本物だ」

「しッ!!聞かれたマズイ!」


 

 耳障りな喧噪に、サラは軽くため息をつきながら、大剣を背に収める。

 彼女の二つ名は、望んで得たものではない。

 返り血を拭うことなく戦い続けるその姿を、誰かが揶揄でそう呼び、いつの間にか、それが通り名として定着してしまったのだ。


(やれやれ……冒険者以外にも広まっているじゃないか)


 ため息を零しながら、サラは海沿いの都市ナ・パリにある冒険者ギルドへ足を向けた。

 愛鳥パトリシアの手綱を引きながら、石畳の道を進む。


 黒い焼き杉板が張られた三階建てのギルドは、歓楽街の外れに構えていた。

 その重厚な観音扉を開けると、賑わっていた会話が止まり、視線が一斉に集まる。


 壁にもたれたリザードマンが、ぺろりと舌を出した。


「おう、ねえちゃん、いくらだい?」


 サラは無視して受付へと向かう。

 背後では、


「白磁の戦装に大剣……それにあの胸元の傷」

「あのトカゲ、死んだな……」とざわめきが漏れた。


 受付の掲示板には【討伐・採取】【捜索】【傭兵】の札が並ぶ。


 獣族の受付嬢は、カードを魔鉱石の上に置くと、淡く紫光が立ち上るのを確認した。


「魔力の適合を確認。確かにB級……確かにサラ・ヘンドリクス様ですね。任務完了おめでとうございます」


 サラは黙って頷くと、袋に詰められた銀貨を受け取った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 サラは、二階の食堂へ移動しリンゴタルトを注文。ようやく、一息つき静かに紅茶を啜っていた。


 そこへ、犬耳の獣人娘――エマが、膝を折り、目線を下げて近づいてくる。


「サラさんに、受けていただきたい依頼があります」


「……どんな依頼だ?」


「魔物の調査です。西のイーノ村で、通常この地には生息しない魔物が目撃されました。加えて――氷魔法が効かなかったとの報告もあります」


「……ポーラーベアか、それに近い混血か」


 サラは椅子の背にもたれ、腕を組み直す。


「情報源は?」


「B級パーティー『クロスロード』のユーゴという冒険者です」


 その名に、サラの目が僅かに揺れる。


「彼は、ひとりを残して全滅し……先日、その怪我がもとで亡くなりました」


 エマの瞳に、涙が浮かんでいた。


 サラは悟った。この娘は、ユーゴの――


「……報酬は?」


「金貨一枚に、銀貨五枚の特別報酬を」


「……そこまで積むということは、かなりの脅威だな」


 エマは、震える手で首元の青い石を握りしめた。


「……ユーゴは、私の兄でした」


 サラの胸に、かつての記憶がよぎる。

 彼は駆け出しの頃、命を助けられながらも、別々の道を選んだ男だった。


(――あの時の恩を返す時が来たのか)


「……報告書だが、委細には期待するな」


「はい。それでは、受けていただけますか?」


「受けよう。出発は今すぐだ」


その言葉を残して、ギルドの扉が静かに閉じた。

窓の外では、ウミネコがけたたましく鳴いていた。



 このたびは本作をご拝読いただき、誠にありがとうございます。

 作者の 水曜日のビタミン と申します。どうぞよろしくお願いいたします。


 本作は、「サラ」と「リュート」 の二人を中心に描かれるダブル主人公のファンタジーです。

 ジャンルとしては「ダークファンタジー」に分類されるかと思いますが、残酷描写や陰惨なシーンは必要最小限にとどめているはず……です。


 序盤はかなりスローな展開&非常に長文ですので、お試しの方は5章辺り(物語の核心部が動き出す)から読み進めていただいても大丈夫なように適度に説明を入れております。

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