母が突然失踪した。どうやら異世界に召喚されたらしい。
母が突然失踪した。
明日、私の大学入学式という日に。
誘拐?何かのトラブルに巻き込まれた?
色々な事が頭をよぎるが、私には何も出来ない。
カチカチと時計の針の音だけが響くリビング。
昨日まで楽しく食卓を囲んでいたのが嘘のようだ。
さっきまで叔母や祖父母が家に来ていたが、
「お義兄さん、本当に心当たりないですか?」
「またあの子を精神的に追い詰めたんとちゃうの?」
と父を責め立てるだけだった。
父は昔、過重労働で身体を壊してしまってから、親戚の中で「家長として頼りない人」と認識されるようになった。
元々親戚と仲良くなかったらしいが、それでも毎年新年だけは親戚で集まらねばならない。毎年、酔っ払った親戚に父はいびられていた。
「ごめん由梨。父さん、頼りなくて」
沈黙が耐えきれなくなって寝室に向かう父の背中は、とても小さく弱々しかった。
母が失踪して数ヶ月。母のお気に入りだった帽子と共に手紙が届いた。
由梨、そしてあなたへ
私、異世界に召喚?されたみたいなの。嘘みたいけど、本当の話なの。2人の元に帰るためには、魔王?を倒さなきゃいけないみたい。
つらいと思うこともあるけど、2人の笑顔を思い出して日々頑張っています。
2人からの手紙を受け取ることは出来ないけど、元気に過ごしていたら嬉しいな。
特にお父さんは、何かあるとすぐに弱気になっちゃうところがあるから、由梨が支えてあげてね。
何年かかるかわからないけど、絶対2人の元に帰ってみせるから。
手紙には、住所も郵便局の日付印もなく、更に手紙の封はシールではなく西洋風の印璽だった。
まさか本当に異世界に…いやそれなら手紙が届くわけない。でもそれならどうして…
何度も手紙を読んで考えても答えは出なかった。
その日から、父はこの手紙を読んでから就寝することが日課となっていた。
母が失踪してから5年。
私は去年、父と同じ企業に就職した。
「「行ってきます」」
家族3人が写った写真に向かって挨拶をしてから、家を出るのが日課だ。
ドアを開け一歩外に出た時、道路を挟んだ向こう側に人が立っているのが見える。
顔を見た瞬間、夢を見ているんじゃないかと思った。
5年前よりもシワと白髪増えたが、身体は以前より引き締まったんじゃないだろうか。
頬を抓って、これが夢じゃないことを確認する。
父は滝のように涙を流して、その場に立ち尽くしている。
私もポタポタ涙を流しながら、走ってその人に抱きついた。
お帰りなさい、お母さん
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母は本当に異世界に召喚されていました。
それなのに母から手紙が届いたのは、母が王様から「望みは何だ」と言われた際、「家族に手紙を送ってほしい、それと討伐が終わったら元の世界に帰してほしい」と頼んだからでした。
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