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曇りのないケーキ屋さん

作者: 長井カツヤ

一人でケーキを買いにきた幼い妹。その純真な女の子の行動が店員や客たちに感動を与える。

しかし、その裏に隠された驚きの真相とは?



3分で読める日常の物語です。

 

 おいしいと評判の洋菓子店に、ちらほら客が入っている。

 顔ぶれは女子高生、主婦、仕事途中の若いOLに、スーツを着た壮年の紳士も居て、紳士は買い物を頼まれたらしくメモを持ち、最後尾で順番を待っている。

 ショーケースには選り取り見取りの華やかなスイーツが並び、まるで宝石にも似た商品の輝きに、客はどれにしようかと心を浮き立たせていた。

 ほんのり漂うバニラビーンズとカカオに、甘いフルーツの香りもたまらない。そこは雑誌やテレビにも紹介されたことがある、町一番の名店であった。


 店の自動ドアが開いた。

「こんにちは」

 四歳か五歳ぐらいの女の子が元気よく言った。

 前には四人の先客がならんでいる。それでも女の子は、物怖じすることなく晴れ晴れと入店し、背伸びをして小さな頭を右や左に振りながら、店のお姉さんに笑顔を送った。

「ケーキを買いにきました」

 なにもかもが小ぶりで、愛くるしい女の子の登場に、たちまち店内は和んだ。

 客たちは大人の対応をみせた。黙って合意しその場を譲ると、後から来た女の子に注目が集まった。

 女の子は付き添いもなく一人でやって来たようで、店のお姉さんは念のため外を見回してから訊ねた。

「こんにちは。お嬢ちゃんは一人で来たのかな? お母さんは?」

「はい。わたしひとりで来ました。お母さんは今病院にいます」

「あらそう。お嬢ちゃん、お名前は?」

「名前は、たちばなひかりと言います」

 女の子は、はきはきとこたえた。

 そのやり取りを眺めていた年配の主婦は、目を細め感心した。

「おやまあ、小さいのにずいぶんとしっかりした子だね」

 他の客もその言葉に頷き、見守るように微笑んでいた。

 店のお姉さんは、女の子の目線に合わせ姿勢を落とした。早速注文を訊ねた。

「じゃあひかりちゃんは、どんなケーキが欲しいの?」

「わたしではありません。ケーキはお兄ちゃんに買います。今日はお兄ちゃんの誕生日です」

 女の子は明朗に話した。

「大好きなケーキを食べて、早く病気が治ってほしいです」

 客たちは、女の子が一人で来た理由をなんとなく思い浮かべた。

 もしかしたらこの子の兄は、母親が目が離せないほど大変な病気を患っているのかもしれないと想像を巡らせていた。

「大丈夫。ここのケーキおいしいからきっとよくなるよ」

 そうOLがやさしく声をかけると、女の子は、はいと言って嬉しそうに笑った。

 まだ幼いというのに、思いやりのある心優しい姿に、みんな心を打たれていた。

「ここにお金が入ってます」

 女の子は首からさげている小さなポーチを、お姉さんに差し出した。それは豚の顔をモチーフにした、子ども用のパスケースであった。

「このお金で買えるケーキをください」

 お姉さんは、はい、ありがとうと言って受け取ると、カウンターのトレイにお金を取り出した。

「あっ、やだっ」

 と女子高生は思わず声を漏らし、すぐに言葉を飲み込むように口を押さえた。

 出てきたお金は十円玉と一円玉ばかりで、金額はどう見ても足りそうもない。店にある商品は、一番安いチーズケーキでも三百円はしている。

「貯金箱から全部持って来ました。どのケーキが買えますか?」

 お姉さんは苦笑いを浮かべ、「ひかりちゃん、ちょっと待っててね」と店の奥に入って行った。


 それからややあって、白い調理服を着た恰幅のいいおじさんを連れて来た。

 おじさんは大柄で黒髭の強面こわもてだが、女の子を見つめ柔和に笑いかけた。

「いらっしゃい。お兄さんはどんなケーキが好きなんだい?」

 見かけによらず髭のおじさんは美声で、低音のバリトンである。

「お兄ちゃんは、イチゴのケーキが大好きです」

「苺のケーキか。それならこれがいい」

 髭のおじさんは、生クリームたっぷりの苺のショートケーキを取り出した。値札には四五○円と書いてあるが、

「おじさんが作った自慢のケーキだよ。お兄ちゃんと一緒に食べてね」

 そう言って化粧箱に二個詰めてあげた。

 すると女の子は、心配そうに上目遣いで言った。

「お金は足りてますか?」

「うん。もらったお金は足りてるよ」

 それを聞いて喜色満面、やったーと、腕を広げ感情をあらわにした。

 客の紳士はうるっときていた。なんて小粋で気持ちのいい洋菓子店なんだろう。兄想いの女の子といい、家に帰ったら今日のこの出来事を妻にも話してあげよう。こみ上げる熱いものをこらえ、もう何度も鼻をすすっていた。同様に他の客たちも感動し、胸がつまっていた。

「ひかりちゃん、気をつけて帰ってね」

「お兄ちゃんにもよろしく」

 店のお姉さんとおじさんが見送ると、立ち止まって振り返り、

「はい、ありがとうございました」

 と行儀よくお辞儀をして帰っていった。

 終始明るく、笑顔が素敵な気立てのいい女の子であった。

 よく躾が行き届いた、天真爛漫な子どもとふれあい、誰もが朗らかな優しい気持ちになっていた。


 ◇


 女の子がしばらく行くと、電柱の影から少年が姿をみせた。少年は、手に持った化粧箱をみとめて鼻を高くし、

「な? ひかり、兄ちゃんの言った通りだろ。お金は無くても、なんとかなるもんさ」

 と告げたのだった。


後味の悪い話でした。

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