18話 猫人の少女
持ってきていたサンドウィッチを頬張りながら、目の前の景色を楽しむ。朗らかな風が吹いて、頭上の桜の花びらが落ちてくる。
いやー、こういうので良いんだよ。結局さ、ファンタジー世界にワクワクしたいのであって、重いストーリーとか鬱展開とかお望みでないのだよ。この世界がライトなRPGなことを願うばかりだ。今のところ割りと楽しいから、この雰囲気で進めてほしいものだ。
久しぶりの非戦闘日常回を堪能したところ。日も傾き始めたので、敷いていた布を片付ける。そこへ上からドサリと大きな物が落ちてくる。
「うわっ。…あれ、猫?」
落ちてきたのは木の上に居た猫。ではなく猫の尻尾と耳を持った獣人の少女だった。猫の少女は、器用に着地するとこちらを一瞥したものの、特に気にする様子もなく立ち去っていった。
どうやら木の上から尻尾を垂らしていたのは、猫ではなく獣人の猫娘だったらしい。特に変な事は言っていないと思うのだが、2人でのシリカとの会話を聞かれていたと思うと少し恥ずかしい。
その後は、街に帰り夕食を済ませ宿屋へ戻った。桜の木はとても綺麗だったが、メインクエストの花畑の秘密とは関係無さそう。取り敢えず明日は本格的に聞き込みを開始するか。
次の朝、妙な身体への重みで目が覚めた。最初は隣で寝ている筈のシリカが抱きついて乗っかってきているのかと思ったが、横を見るとすやすやと眠っている。頑張って頭を起こして布団の上を見ると、昨日の猫娘が僕の上で器用に小さく丸くなって寝ていた。
あれ、なんで居るの?てかどうやって入ってきた。取り敢えず起こして問いただそうと思い、手を伸ばして猫娘の肩を揺らす。猫娘は耳をピクピクさせて、ゆっくりと瞼を持ち上げた。少し微睡んでいたが、唐突に布団から退くと、部屋にあった窓を開けて、外に逃亡していった。
全くこちらが声をかける事ができなかった。思わず猫娘の後を追いかけて、窓の所に行くがそこからは宿屋3階から見える朝の街の風景が見えるだけだった。全く狐につままれたようだ、いや猫につままれたか…。
窓の鍵が開いている、恐らく窓から侵入したっぽい。だが昨晩はしっかり戸締まりして、窓の鍵も閉めた筈だ。そして高級宿の鍵だ、ちょっとやそっとでは解錠出来ないはずだ。解錠しようとゴソゴソ物音を立てれば、僕らが起きたはずである。マジでどうやって鍵開けて入って来たんだよ。
気を取り直してシリカを起こし、身支度を整える。シリカに猫娘侵入のことを言おうか迷ったが、変な事過ぎて信じがたいだろうし、特に実害があった訳でもないので言うのは辞めておいた。
2人で朝食を食べて、聞き込みを開始する。色んな人に聞いてみるが、昨日と同じように観光関連の話しか聞けない。聞き込み次いでに冒険者ギルドに行くと、ギルドクエストが発生してしまった。
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《ギルドクエスト:堤防作りを手伝おう》
ポポタの街の近くに流れる川の堤防作りを手伝おう
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「王都の魔法士団の皆さんは、こんな田舎には派遣されてきませんからね。ツクモさんがこの街に来てくれたことは、まさに僥倖。報酬は弾みますから、ギルドの依頼として受けてくれませんか?」
との事だ。ギルドクエストだし、メインクエストの方は余り進展ないので、こちらの方を進めることにした。受付嬢に案内されて街の近くを流れる川のもとへ移動する。すると、川では十数人の男たちが、土を運び川沿いに堤防を作っていた。受付嬢に紹介される形で、現場で指揮を取っていた偉そうな人、まぁ喋ったら良い人っぽかったけど。その人の指示に従って、土魔法で堤防を作っていく。
あっと言う間に堤防が出来上がっていく、後は細かな調整とかを人の手でやる程度だろう。魔法ってクソ便利だよなぁ、元の世界の重機よりも労働性あるぞこれ。土魔法って戦闘ではあんましだったけど、土工では超有能だわ。
「ツクモさん、あれ。」
作業中に後ろで見守っていたシリカにそう声を掛けられる。言われた方向を見ると、昨日のというか今朝の猫娘が遠くからこちらを伺っている。こちらが視線を合わせれば、そっぽを向いてどっかに行ってしまう。
「昨日の桜の木のところに居た、猫の獣人の子ですよね。さっきからツクモさんの方を気にしている様子なんですけど、どうしたんでしょうか?」
うーん、いや僕にも分からん。猫は何を考えているのか分からないとは聞いたことがあるが、猫の獣人もそうっぽい。全く分からん。
取り敢えず猫娘は置いといて、堤防作りの作業に集中しよう。堤防作りの指揮を取る人に従って、どんどん堤防を作っていく。夕方頃には、魔法で作れる箇所は全て作り終えたのだった。
「いやー、魔法ってのはとんでもないな。1年かけての堤防計画を、たった1日で終わらせちまうんだからな。」
指揮を取る人に褒められて、ギルドクエストを見事達成した。ギルドの依頼報酬では、それはもうガッポリとお金を頂きました。いやー、これだけ実入りが良いなら、マジで魔法使い土方に転職しようかな。
ギルドクエストの達成報酬の方は、ギルド名声とアクセサリー装備“小さい花のイヤリング”を貰った。“小さい花のイヤリング”は、特に何かしらの効果がある訳では無いらしい。ただのイヤリングってことだが、ここで僕の勘が何かを囁いている。クエストの達成報酬は毎回ちゃんとしたものばかり、そしてただのイヤリングがアクセサリー装備にカテゴライズされている訳ない。このイヤリング何かある筈、取り敢えず他の耳のアクセサリー装備が手に入るまでは、この“小さい花のイヤリング”を装備しておくことにしよう。
ギルドクエストを終え、夕食を食べて宿屋に戻る。入浴を済ませ今はベッドにゴロンと横になっている。シリカはと言うと、部屋備え付けシャワーで現在入浴中だ。毎夜の事だがシリカのシャワーの音で、この後の情事のことを考えると、少しドキドキしてしまう。
シリカとは確か会ったその日に身体を重ねてしまった。余りの速さに最初はシリカが男漁りの激しい女性なのかもと思ったりもしたが、夜の積極性に比べて昼間ではシリカから全く身体に触れてくる事はない。それに、僕以外の男性に興味を示している所を見たことがない。恐らくは会ったあの日、初な女性であったのだろう。なんであの日僕に身体を許したのか、全くもって理解しがたい。だが、僕のことを好いてくれているのだろうという事は、シリカとあってからの日々を通してなんとなく分かった気がする。これで違ったら死ねる。
シリカが好いてくれているから、僕も安心して好意を示せる。結局のところ、好意を示して嫌われて、自分が傷つくのが嫌だったのだろう。元の世界に居た時は、気になる女性が居ても決して好きになることはなかった。自分が傷つくのが嫌で、他人に対して踏み込むのを恐れていた。これは一人っ子、そして鍵っ子だった弊害と言える。
元の世界に居た時も、そこそこに仲良く気になる程度の女の子が数人居た。それは幼馴染だったり部活の後輩だったり色々だ。まぁ、転生した時は親の海外出張の関係で、祖父母の家から通える遠くの高校に通っており、尽く縁は切れていたがな。もしかしたら縁が切れる前に、傷つくの恐れず自分から好意を示していたら、何か変わっていたかもしれない。
だがもう終わったこと。僕が生きているのはこのRPGの世界、そして僕に好意を示してくれているのは目の前の女の子だ。僕なんかに好意を寄せてくれる目の前の女の子に、全力で愛を注ぐことを考えながら、僕はシリカのシャワーを待っていたのだった。




