17歳ギャルの優しさ
「オス」
部室に入って来た富海が手を挙げた。
机に座って小説を読んでいた俺も手を挙げ返す。
「オス」
「早速やるか」
「ああ」
俺達は一つの机に向かい合って座った。俺はノートを広げ、ペンを持つ。
「『17歳ギャルのなんとか』で行こうと思う」
俺が言うと、富海は幸せそうな顔をした。
「いいな、17歳ギャル」
17歳といえば俺らより一つ年上だ。早生まれだったら二学年上かもしれない。俺達は頭の上にぽわぽわと吹き出しを浮かべ、その中にそれぞれの好みのギャルを思い描いた。
「お前のはどんなギャルだ?」
俺が聞くと、富海はしばらく考えをまとめるように黙ってから、恋の告白をするように、
「お尻がでっかいんだ」と言った。
「お尻がな……、そこにダイブしたいほどにでっかいんだ」
「それならギャルじゃなくていいんじゃないか? むしろ女子大生のお姉さんとかのほうが……」
「わかってねーな、お前。制服着たギャルじゃなきゃダメだ。堅苦しい制服のスカートを穿いたキンキラギャルのお尻だよ。スカートと生足ギリギリのラインに向けて飛び込みたいんだ」
「そうか」
「ああ」
「いいな」
「だろ?」
完全に一人の世界に入り込んでしまっている富海に、自分のギャル妄想も打ち明けた。
「俺のギャルは、髪がアッシュグレーのウェーブロングで、細身だ。胸はAカップがいい。それを気にしてコンプレックスまでなってるのが可愛いんだ」
「ほう!?」
富海が彼の世界から出て来て、身を乗り出した。
「カラコンもグレーでミステリアス、メイクは薄め……」
「地味系ギャルだな?」
「いや、地雷系だ」
「どこがだ」
「まず、服装が真っ黒だ」
「それだけか?」
「『まず』って言ったろ? 聞け!」
「ああ……。すまん」
富海は恥じるように頭を搔いた。
「メイクが薄めと言ったのは、メイクをしなくても地雷系の顔なんだ。それ以上メイクをするとつまりヤンデレになる」
「なるほどな!」
「イメージできたか?」
「ああ! 俺のも天使だが、お前のギャルも天使だ!」
「堕天使だと言ってほしいな」
口ではそう言ったが、自分の顔が嬉しそうにニヤけているのがわかった。
「じゃあ、ヤンデレの一歩手前の地雷系で、細身だがケツだけはでかい。これでいいな?」
「異論なしだ」
「よし、では小説にして行くぞ?」
俺達は文芸部……ではない。俺達は部員5名の『なんでも部』である。俺が部長で富海が副部長。ちなみに残り3人は幽霊部員だ。
俺と富海は部外者のある人から頼まれて、web小説投稿サイトに投稿する作品の構想を練っているところだった。これも部の活動だ。遊びではない。
『ギャルの魅力を描いた小説を書いてほしい』との依頼に、俺達は目を爛々と輝かせていた。
ギャルの魅力とは何か? 二人にとってもそれは甚だ興味のある問題だったからだ。
「では、タイトルを決めて行くぞ?」
「ああ、進めてくれ」
声で富海がとてもワクワクしているのがわかった。
「17歳ギャルの『なんとか』の、なんとか部分を埋めるんだ。何かあるか?」
富海は興奮した声で即答した。
「17歳ギャルの『柔らかさ』……。どうだろう?」
「17歳は柔らかくないだろ」
「いや、柔らかいよ」
「触ったことあんのかよ?」
「いや、一度も……」
「むしろ固いよ。まだ固い蕾なんだ。デブなギャルならどうか知らんが」
「だからよ、ファンタジーを描くんだよ! 特にお尻の柔らかさをよ!」
「ファンタジーってより、それじゃ嘘になるよ。お尻だけ柔らかくても他が固けりゃ嘘になる」
「うう……。じゃあ、お前なら『なんとか』に何を入れるんだ?」
「17歳ギャルの『おとなしさ』だ」
「それこそ嘘じゃねーか! キャピキャピしてんのがギャルだろうが!」
「いや、だからこそ、おとなしいギャルが輝くんだ。言葉遣いも真面目で丁寧。とてもワビサビを感じさせるギャルだ」
「それ、もはやギャルじゃねーだろ! ギャルだとしても特殊なギャルだ! そんなものを描いて誰に共感される? 完全にお前の個人的な趣味じゃねーか!」
「うう……。じゃ、富海。お前、何か出してみろ」
「任せろ!」
そう言ってから富海は考え込んだ。『柔らかさ』でもう決まりだと確信していたらしく、他には考えてなかったようだ。
俺もその間にコーヒー牛乳を吸いながら、考えた。
富海が顔をあげた。そして口にする。
「17歳ギャルの『お尻』!」
「お前そればっかじゃねーか」
「だ、だって……」
「胸はどうでもいいのか?」
「え、Aカップでいいよ。いやAカップがいい」
「とりあえずお尻から離れろ。ちゃんとダイブはさせてやるから」
「わ、わかった。じゃあ次、下松、お前の番」
振られて俺はさっき考えついたばかりの案を即答した。
「17歳ギャルの『優しさ』でどうだ?」
「ギャルって優しいかな?」
「優しい子多いと思うよ。面倒見がいいというか、情が深い」
「自分勝手で遊び好きなイメージあるけどな」
「じゃあ、それを覆すんだよ。見た目遊んでそうだけど、じつは寂しがり屋で傷つきやすくて、自分が誰よりも傷ついてるから他人には誰よりも優しい、みたいな」
「なるほど」
富海がうなずいた。
「もちろん、お尻はでかいよな?」
「ああ、じゅうぶんにダイブできるぜ」
「よし、じゃあそれで行こう。17歳ギャルの優しさとは、どんなものか? それを描いて行こうぜ」
「決まりだな」
俺もうなずいた。
「髪はアッシュグレーのウェーブロング、メイクしなくてもヤンデレ系の一歩手前ぐらいまで地雷系の顔、細身で胸はAカップ、お尻だけはデカい17歳ギャルの優しさを描いて行こう」
「名前は?」
「『ギャル』でいいんじゃねぇか?」
「ダメだ! それじゃ具体的にイメージ出来ねぇ」
「じゃあ、お前決めろ。俺はそこはこだわらん」
「そうだな……」
ひとしきり考え、富海は言った。
「尻軽臀美なんてどうだ」
「そんなにお尻が好きか」
「そうだ」
「もっとギャルっぽいの頼む。ケツっぽいのじゃなくて」
「こだわらないって言ったじゃねぇか」
「変なのは嫌だ」
「じゃあ、優しそうな名前にしよう」
「それで頼む」
「優菜なんてどうだ?」
「いいな」
俺は3回うなずいた。
「名字は?」
「尻軽」
「却下」
「池尻」
「尻から離れろって……いや、でも、それなら名前としてはアリか……」
結局名前は『池尻優菜』に決まり、俺達は小説を書き始めた。
テーマは『世間一般的に【自分勝手で遊び好き】と思われているギャルのイメージを【優しくて面倒見がいい】に変換させる』というものだった。
タイトルはそのまま……
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『17歳ギャルの優しさ』
池尻優菜はお尻がでかい。細身で胸はAカップなのだが、お尻だけは見た者に今すぐダイブしたいと思わせるほどに、でかいのだ。彼女はそれを気にしていた。Aカップの小さな胸のことも気にしているので、彼女はコンプレックスのかたまりだ。
ギャルはなぜギャルになるのか、ギャルはなぜギャルになってここにいるのか、それを考える人は少ない。性欲の対象としてギャルを見る男は多くても、その内側をわかってあげようという男は少ないのだ。
俺の名は下山。下の名前はどうでもいいだろう。クラスの中でも地味な俺の名前なんて、むしろ誰も興味ないはずだ。
俺は池尻優菜のことをわかってあげたいと常日頃思っている。そのきっかけは、次の通りだった。
ある日、いつものように音楽室で俺がクラスの男子からいじめられていると、そこへ池尻優菜が入って来たのだった。
「何してるっぴ? あんたがたどこさ!」
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「ちょっと待て、富海!」
「なんだ」
「お前ギャル語をわかってないだろ!」
「うん。じつは全然知らん」
「そこは普通の喋り方でいいんだよ! ギャルが常時ギャル語を使うと思うな! 真面目な場面では標準語を喋るし、面接では結構丁寧な言葉遣いもするんだ!」
「わ、わかった……」
富海は再びパソコン画面に文字を打ち込みはじめた。
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「何してんの? あんたら!」
「優菜には関係ねーよ」
「下山くん! こっちおいで」
池尻優菜が俺に手招きをした。俺はその手に繋がれて、音楽室を飛び出した。部屋の外には自由な空気が流れていた。彼女は俺の手を繋いだまま、渡り廊下を渡り、自動販売機の前を過ぎ、校門から外に出ると、ようやく振り向いた。
メイクは薄いのに地雷系の顔が、笑った。ここにもしメイクを施したら地雷系を通り越してヤンデレになるな、と俺は泣きっ面で思った。
池尻優菜の柔らかい手が、蹴られて汚れた俺の制服の下半身を、ハンカチで綺麗にしてくれた。
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「待て、富海」
「なんだよ下松。いいところなのに」
「なんだよ、下半身って」
「ズボンだよ、ズボンの汚れをハンカチで綺麗にしてくれたんだ。不良達は『顔はやめとけ』って言って、また足も短いもんだから、下山の下半身を蹴ったんだよ」
「なんかいやらしい感じがするから変えてくれ」
「それも狙ったのに……」
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池尻優菜の柔らかい手が、蹴られて足形のついていた俺の制服のズボンを、ハンカチで綺麗にしてくれた。俺はとてもいい気持ちになった。変な意味でじゃない、心がとてもいい気持ちになったのだ。まるで天使に出会って、頭を撫でられたような、そんな心地だった。
もしかして池尻優菜は本当に天使ではないのだろうか。その派手に飾った制服の下の背中に、翼を隠しているんだ。その日から、俺はいつかそれを見てみたいと思うようになった。
「あたし、ああいうの許せないんだよね」
池尻優菜の薄い唇が、俺のすぐ顔の下で動いた。
俺はその口の中に、中指を突っ込んだ。
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「突っ込むなよ!」
「ごめん。つい……」
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「あたし、ああいうの許せないんだよね」
池尻優菜の薄い唇が、俺のすぐ顔の下で動いた。
「よってたかって、自分の強さを示そうだなんて、逆に弱いやつの証拠じゃん。群れないとなんも出来んしさ」
アッシュグレーに染めたウェーブのかかったロングヘアーの頭頂を見つめながら、俺はそれを聞いた。
「誰だって心の中は傷だらけなんだよ? 自分達だって同じなくせに、他人を傷つけることでそれを忘れようとしてる。やるならもっと誰も傷つけないやり方でそれしなよって、あたしは思うんだ!」
池尻優菜は自分をギャルとして飾ることで、それを忘れようとしているんだろうか。そんな気がした。
「よしっ! 綺麗になった」
池尻優菜は顔を上げると、地雷系の綺麗な顔をひゃっこり笑わせ、踵を返した。
「じゃねっ!」
短すぎるスカートが翻った。そのスカートと、生足との境界線に向かって、迷わず俺はまっすぐダイブした。
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「するなーーーっ!!!」
「……つい、ムラムラとしてしまった」
「あと『ひゃっこり笑う』ってなんだよ! そこは『にっこり』だろ!」
「作家としての独自性だよ。手垢のついたオノマトペは使わないんだ」
「それにしても伝わりにくいわ!」
「そうかなあ……」
「あといちいち主語を池尻優菜にしなくてもいいだろ! 代名詞で『彼女』も使えよ!」
「一回だけ使ったろ」
「あと文末が『た』で終わりすぎ! 読み心地が硬い!」
「それはしいなここみに言ってくれよ」
「わざとですっ!」
しいなここみが言った。
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それからしばらく経ったある日の下校時。
俺が歩いていると、目の前に彼女がいた。道端でしゃがみ込み、何をしているのかと思ったら、捨て犬らしき子犬に話しかけているのだった。
「キミも捨てられちゃったんだね。あたしと同じ」
彼女は俺には気づかず、子犬に語りかけ続けた。
「大丈夫、傷つけば傷つくほど、他人には優しく出来るようになるからさっ」
にっこり輝くような微笑みを浮かべると、彼女は子犬の頭を撫で、抱き上げた。
「ちゃんと保健所に連れてったげるからねっ」
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「待てーーーっ!」
「いや、下松。彼女は家で犬を飼えないんだ。正しい行いだろ」
「里親募集とかしてくれるとこ、あるだろ! そこに直接連れて行けよ! あと、いきなり代名詞使いすぎ!」
「うるさいなあ……」
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またある日、俺は繁華街で池尻優菜を見かけた。おじさんにスカウトされているようだった。
「君なら月100万は稼げるよ」
「え〜? マジっすかぁ〜? やっちゃおっかな」
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「未成年ーーーッ!!!」
「いや、待ってくれ下松」
「優しさと関係もないだろーーーッ!!!」
「ここから始まるんだ。見ててくれ」
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ギャル専門風俗店『Hip』の中へ通される池尻優菜。
「店長が面接するから、ちょっとここで待っててね」
そう言われ、控室へ。そこには7人のギャルが長椅子に並んで座り、会話も交わさずに、各々スマホをいじっていた。
「みんなっ。あたしが来たからにはもう大丈夫」
池尻優菜は言った。
「あたしはギャルの解放を鳴らす鐘。あたしについておいで!」
かくしてギャル達が街に繰り出した。
心の傷ついていたギャル達は、行き交う人々を抱き締め、代わりに笑顔をもらって歩く。抱き締められずに傍観していた人達もまた、ことごとく笑顔になった。
「優しさを……。優しさを……街中に!」
そう謳いながら歩く池尻優菜の後には、いつの間にか長い長い行列がつき従っていた。
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「超展開すぎるよ!」
「え、感動しない?」
「それに語り手の下山どこ行ったよ!? 池尻優菜をわかってやりたいんじゃなかったのかよ!?」
「あ、そうか!」
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ああ、池尻優菜。君はやっぱり僕の思った通りの女神だった。
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「天使だって思ってたろ!?」
「同じようなもんだろ、天使も女神も」
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僕だけが、君の優しさに気づいていた。それが今、街中に知られたんだ。祝福に、僕は君のお尻に今すぐダイブしよう。
ああ、やっと飛び込めた。君のスカートと生足の、その間に。なんて柔らかいんだ……!
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「結局てめーの願望充足小説かーーーッ!!!」
「違うよ! これからがクライマックスなんだ、ハァハァ!」
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俺にお尻に飛び込まれた池尻優菜は、俺と合体し、変身した。心優しきデカ尻ギャル戦士『池尻・下山・優菜』の誕生だ!
「とう!」
池尻・下山・優菜は飛んだ。自由な空を目指して。
そして街には雪が降り注いだ。優しさという名の、温かい雪が、降り注いでいた。
(了)
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「……」
「……」
「どうする? これ」
「失敗かな」
「失敗だろ、どう見ても」
「ギャルの魅力、ギャルの優しさ、描けてないかな」
「描けてんのはお前の欲望だけだよな」
「とりあえず投稿しようぜ」
「すんのかよ」
「ああ」
「まぁ、ひとつだけ教訓というか、得たものはあったな」
「なんだそれは」
「知らないものは書けないということだ」
「検索すれば書けるだろ」
「ギャルの優しさ、描けなかっただろうが」
「まぁ……。そうだな。自分でそれを体験したことがなかったからだな。だから俺の欲望を描いたファンタジーになってしまった」
「ファンタジーも、いいよな」
「ああ、いいよな」
「よし、投稿しろ」
「どうなっても知らんぞ? えいっ!」