第一章【女の顔をした戦争】(8)
カメラメーカー各社より。「こうしたカメラの使い方はやめてください。精密機器なんです」
「被写体として珍しいからな」
未央は言い訳めいた口調で言った。いま伊勢丹で、木田の財布でベビー用品を買わせている。
「すまんがベビーベッドは配送にさせてくれ、これ以上は担げない」
「わかった。それを運んだらソファーベッドもあるからな。あと次にあそこでえっちなことをしたら、おまえを無条件に追い出す」
「やめてくれ。誰が赤ちゃんの世話をするんだ」
「情操教育上不適切な行為をしたらおまえを警察に通報する。お前を社会的に抹殺する。この街に託児所なんていくらでもある」
ワケアリの女たちの子どもを世話するために、暴力団が運営する託児所が実際に当時はたくさんあった。
「いざとなったら児童相談所もゴールデン街の裏手にあるしな!」
未央は勝ち誇ったように言った。
「ああ、わかった。今回は何もかもおまえが正しい」
「このクソロリ。あとであたしの使用済み靴下をやるから、それで満足してろ。なぁ……?」
「あの、できればおパンツも」
「ふぅん、ここであたしのおニューの下着を買ってくれるんだ。ちょうどインポートブランドのランジェリーがほしかったんだ。木田チャン、やさしいなぁ」
未央は媚びるような甘い声でささやいた。当時はブルセラショップが合法だった。しかし、ブランド物の下着の値段を知らない木田ではない。JKの使用済みパンティの相場は顔写真付きで五千円程度だったが、ブランド物の下着は到底そんなものでは済まない。
「ごめんなさい。靴下だけでいいです」
「よろしい。あの場であたしが許可してなかったらおまえは未成年者略取誘拐の現行犯だぜ? しかも相手は殺人者だ。これからどーすんだよ」
「じゃあ、おれはスタジオ管理人兼居候のベビーシッターということで」
「木田ちゃん、わかってるねぇ」
未央のスタジオの上層階はほぼ暴力団の組事務所で、マンションが未央の祖父の名義だ。
一一〇番通報しても、一〇分以内にパトカーが到着することなどない。絶対にない。警官だって命が惜しい。
戦場帰りの祖父はやくざなどおそれはしない。地雷原を文字通り歩いて帰ってきた。
いまでこそ機材一式を未央に譲渡して老人ホームでのんびり余生を過ごしているが、ニコンF2チタンにサンニッパをつけてやくざの頭を殴りつけた伝説がある。壊れたのはやくざの頭とレンズだけだった。
ニコンのカメラは当時間違いなくもっとも頑丈だった。
未央の祖父は暴力でやくざを震えあがらせた。
「人を殴れないカメラは駄目だ」
それがいまでも祖父の口癖だ。