第一章【女の顔をした戦争】(6)
「やっほーい、未央ちゃん登場だぜい!」
茶髪ショートヘアの制服女子高生が威勢よく元気いっぱいにドアを開けた。それはキツネにとっては考えうるかぎりで最悪のタイミングだった。
若い女性を押し倒してパンツを下ろしている。
その気になりかけていた冬子も、キツネがJK好きのロリコンであることを思い出し、いまは嫌悪の眼差しを向けている。
「これはその、誤解だ」
どちらに向けた言葉か自分でもわからないが、キツネはひとまず言った。
女子高生は担いでいたカメラバッグと三脚袋をゆっくりと下ろし、三脚袋からフランスのジッツオ社製の棍棒を取り出した。これは写真撮影のときには三脚としても使うことができるとびきりのスグレモノだ。そしてジッツオは実際に、写真用品以外にフランス軍の機関銃の台座を製造している。
「おい木田そこになおれ。正座だ」
あろうことか、冬子もあからさまな被害者の眼差しをキツネに対して向けている。
「未央、落ち着いてほしい」
「部屋貸すときに約束したよな。ここはあたしの神聖なスタジオだって。だからふしだらなことはしてはいけないとあれほど言ったのに」
なるほど、白壁で白床なのは、ここが写真スタジオだったからか。よく見ると奥の壁は床に角が出ないようアールがつけてある。冬子は納得した。
「男には、タイミングというものがあってだな」
「言い残すことは他にないな? こんなことでお別れになるなんて、あたしは悲しい」
「そこに赤ん坊がいるから、暴力はやめるんだ未央。それと、パンツをはいていいか……?」
「わかったからその汚くておぞましいお粗末なものをしまえ」
キツネはおそるおそるパンツを拾ってはいた。
「あの、恋人さんですか?」
冬子がおそるおそるたずねた。
「違う。家主の孫だ」キツネが素早く訂正を入れる。これ以上未央にキレられると厄介なことになる。
「あたしは朝生未央。そこのゲスな野良犬に部屋を貸しています。はじめまして」
「川西冬子です。わたしがその方に無理な相談をしてしまったので」
「そう、子連れの彼女が困っていたから」
「人の弱みにつけこんでいやらしいことをしようとしたんだなぁ? ああん?」
未央は本職のやくざ顔負けの形相を浮かべた。
「違うそうじゃない。おれを信じてくれ」
「まあいい。幸運なことにあたしはいまとても機嫌がいい。格別の慈悲でデリバリーのピザで許してやる。詳しい話はそのあとだ」