第一章【女の顔をした戦争】(2)
たちどころにバブルが崩壊し、法改正でこころを病んだ人が申請さえすれば手帳を取得できるようになった。このときはじめて「精神障害者」という言葉がうまれた。
これによって膨大な失業者たちが、行政の自立支援が受けられるようになった。
「窓際族」という言葉が亡びた時代。新卒は非正規雇用しかおらず、国政に深刻な影響をきたした。
歴史を知らないものは「痛みを伴う構造改革」の責任を会ったこともない誰かにになすりつけ、当事者は選択肢のなさに号泣した。
「じゃあなんだ、神戸淡路を崩壊させたやつらに世界を支配させていいんだな」
男女が平等になった。フェミニストの悲願が実現した。
そして、誰も責任をとらなかった。
まさか十年後、女たちの「自殺しない回路」が男性社会に全責任をなすりつけるとは誰も予想せず、二十四時間戦い続けて疲弊しきったジャパニーズビジネスマンの多くが空を飛んだ。
令和に「淡路島王国」が建国され、それをゴジラと自衛隊が防衛している。
そんなことは令和の人は知らないし、昭和と平成しか知らない冬子もわかるわけがない。
「ねえ聞いて、その子たちは本当に超能力者なの」
「いいからもう休め。おまえは疲れてるんだ」
「なら、その前にあなたのことを聞かせて。あなたは誰なの」
「わからんから答えられない」
「あなたを育てたのは誰?」
「不法入国者が捨て子を拾ったそうだ」
「その人たちは?」
「強制送還された。もういない」
「じゃああなたにことばを教えたのは誰?」
「この街がおれの学校で世界だ。だからこの街で起きたことはすべて知っている」
「どうして私を助けてくれたの?」
「この街に逃れてきたからな。かつて街が自分にそうしてくれた。善意が裏目に出るのも反吐が出てくるほど経験してきたがそれでも性分はどうにもならない。それよりもういいだろう。明かりを消すぞ」
問答無用で照明を落とされた。
気配から察するに、キツネはぞんざいに床で横になったようだ。
朝を迎えて目をさますと、ホテルの部屋代と朝食、いくばくかの現金だけがテーブルの上に残されていた。冬子が死んだように眠りについている間、雪子と涼子の世話をしてくれており、ゴミはまとめられ、ちょうどあうサイズの着替えが用意されていた。
それは冬子にいかにも似合いそうな、黒い喪服のようなワンピースだった。