第一章【女の顔をした戦争】(1)
冬子は、それでも戦争をやめられなかった老兵たちによって道具として育てられた。標的に恋をした。裏切りものとして追われる女は母として、男たちの世界と対決する。
おしめを交換したあと、沸騰させてから人肌までさましたお湯で粉ミルクを溶いている。
顔は小悪党ヅラで、女子高生好きの変質者だ。しかし、冬子はやっと安心してゆっくりとシャワーを浴び、ガウンに着替えてゆっくり休むことができた。
キツネが出前のお寿司をとってくれて、いまはそれをひたすらムシャムシャと食べている。
キツネは自分の職業を「高級中華料理店の皿洗い」だと言った。
山と川しかない田舎からきた冬子にだって、皿洗いのアルバイトにお寿司を人におごれる収入なんてないことくらいはわかる。
「あなたは誰なの?」
「おれもわからん。おそらく地球人だろう」
キツネは冬子が出前寿司の四人前を平らげている間、ずっと雪子と涼子の世話をしていた。
乳房がはって痛む。
「これを使いな」
キツネは母乳アシストのさく乳器を差し出した。
「これは、なに?」
冬子は質問した。
「おれはJKにしか興味がないんだけどな。仕方がない。やってやるよ」
キツネは冬子の背後にまわり、冬子のガウンをはだけさせた。冬子は里のものをのぞいて背中をとられたことがない。しかし、キツネはやたらと場馴れしている。殺気がまるでなかったから、冬子はつい油断してしまった。
「こう使うんだ」
手つきがとてもやさしい。冬子はおもわず恥ずかしい声を出してしまった。
透明容器に知らない男性の手で搾乳されるのはとてもいたたまれない。キツネは作業としてそれを淡々とやっている。だからこそ冬子はいてもたってもいられなくなってこころのなかで赤子たちの父親に謝罪した。
(辰沖さん、ごめんなさい……)
「どうして、事情を聞かないんです? あなた自身が大やけどをするわ」
冬子の質問に、キツネは乳房の位置を調整しながら返した。
「この街じゃそいつが当たり前なんだよ。むしろ何も聞かない方がかえって安全でね」
「どういうことです……?」
ポンプで乳頭を絞られてもうたまらなくなってきた。
「あんた、意外に育ちがいいんだな。家出かい?」
キツネがはじめて質問してくれた。
「そう……それで間違いはないわ……」
「まあ、そんなやつしかここにはいないのさ」
搾乳を終えたキツネは、乳頭をティッシュで拭いてガウンの胸元を戻してくれた。とても紳士的だ。
ほんのり母乳の香りがただよってどうにも気まずい。
「でも、あなたの想像とは多分違うわ」
「こいつはあんたのだろ?」
キツネは冬子のトートバッグを探って旧日本軍の南部十四年式拳銃をベッドに投げた。
「だから言ったろう。この街はワケアリばかりなんだよ。何を聞いたって別に驚きゃしねぇよ。話したければご自由にどうぞ。ヤケドするのにも慣れてるから安心してくれ」
「私は忍者の末裔で祖父の手で少年兵として育てられたの。そしてこの子たちは超能力者になるよう遺伝子に手が施されている」
キツネはうなずいた。
「ああ、治療を受けてるんだな」
冬子は真面目な顔をしていたが、キツネの反応も彼なりに大真面目だった。精神か頭かは知らないが、なにかしらかの問題を抱えるものが社会に増えてきていた時代だった。
しかし、彼女が隠し持っていた南部十四年式拳銃は正真正銘の本物だった。冬子の素肌は目立ちこそしないが古傷が多く、頓狂な言葉も妄言といいきれない説得力があった。