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ホラー短編集

いただきます、ありがとう

作者: 長埜 恵

 その男は、みすぼらしい身なりをしていた。

「いただきます、ありがとう。いただきます、ありがとう」

 歩道の隅っこに立ち、道行く人に向かって頭を下げ続ける。しかし、そんな彼を顧みる人など誰一人としていなかった。

「いただきます、ありがとう。いただきます、ありがとう」

 だが、男は嬉しそうに何度もお辞儀を繰り返すのである。何も得てはいないのに。そのはずなのに。

「すいません」

 だから、私は声をかけたのだ。

「あなたは一体、何にお礼を言っているのですか?」

「……」

 男はちらりと私に一瞥をくれたが、すぐにまた別の通行人に頭を下げ始めた。いただきます、ありがとう。いただきます、ありがとう……。

「道行く人が好きなのですか?」

「いただきます、ありがとう」

「例えば、容姿が好みだとか。あなたの容姿を見せていただいてありがとうと……。いや、それだといただきますの意味がありませんね」

「……」

「ならば、誰かが吐いた空気を吸っているとか? あなたは何らかの要因により、二酸化炭素を必要としている。けれどお金の無いあなたは適切な医療機関を受けられないから、こうして道端で通行人の吐いた空気を吸っている」

「いただきます、ありがとう。いただきます、ありがとう」

「いや、それもおかしいですね。あなたは全く人に近づいていない。あくまで距離を保って、お礼を言っている」

「……」

 つらつらと推論を述べるも、男は全く反応しない。私の声が聞こえていないわけではない、単純に無視しているのだろう。

 そうしていると、ふと思いついたことがあった。通行人と男を遮るようにして、割って入る。それから私は、どんよりと濁った男の目を見た。

「差し上げます、どうぞ」

 そう言った次の瞬間、男の髭だらけの顔が引き攣った。苦しそうに胸や腹を掻き、その場に這いつくばる。口の端からは白い泡がこぼれ、ぼたぼたとアスファルトを汚していた。

「お前……! お前! なんてものをくれやがったんだ……!」

 今や男の顔は、土気色に変わっていた。きっと、もう長くはないだろう。一方、すっかり胸や腹の患いを失くしていた私は、彼に向かって「ははは」と快活に笑った。

「そういうあなたこそ、我々から一体何を奪っていたのですか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言い知れない不安感にゾクリとしました [気になる点] 男が頂いていたものは単純に生気(寿命)だったり、金運だったり、頂く側にとって利益のある何か、それともそういったもの全般かな?と。 [一…
[良い点] 男性は、皆の寿命や健康のようなものを奪っていたのかなと思いました。ある意味では死神に近いですね。
[気になる点] 「私」は何者?そして最後に男は何を奪ってしまったのか。 [一言] 「私」が男に推測を話し始めたときは、目に見えないなにかがいるのかと思ったけど、なるほど。通行人から奪うことに対してだっ…
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