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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第73話 8つの円卓と8のグループ

 階段を下りる悠貴の目に入ってくる大きな窓。外は暗い。自室から少しの間、外を眺めていた悠貴だったが、自室の窓の外は演習場の方に面していて、林立する外灯で照らされていて闇夜を感じることはできなかった。


 悠貴は3階と2階の踊り場で立ち止まる。建物の明かりが窓の外を辛うじて薄く照らすが、そうやって、照らされた先は闇に包まれている。まだ降り続く雪が、か細い明かりに照され、姿を晒してはすぐに暗がりに隠れていった。


 その光景を何ともなしに見ていた悠貴だったが、はたと集合時間のことを思い出し、足早に階段を下りていく。


 2階に着き、少し進むと広いロビーがあった。その向こうに集合場所と伝えられた食堂が見える。やはり装飾が施された両開きの扉。開け放たれていて中の様子が窺えた。


 中へ進む悠貴。その悠貴の目に入ってきた8つの円卓。


 円卓の数はそのまま研修生が分けられたグループの数でもあった。1つのグループに5人、それが8グループ。中には欠員が生じて4人のグループもあったが、全体で凡そ40名。これが毎回の魔法士の新人研修の人数だった。



 円卓の間を、悠貴は周囲の様子を窺いながら進んでいく。およそ、どこのグループも座っているのは2人、多くて3人。悠貴の位置から最も遠い円卓には1人しか座っていなかった。


(やっぱ雪で着けなかった同期の連中が結構いるんだな……)


 バスの中でも空席の数からそれは分かっていたが、改めてこうしてグループに分けられるとそれが実感できた。


 先ほどの部屋割りの時に自身はG(グループ)1だと伝えられた。円卓の中央にグループの数字が書かれたプレートが置かれている。


 悠貴が進む先の円卓に置かれたプレート。印字されたG1の文字。円卓に座る3人のうちの1人が、近づく悠貴の足音に気づいたようで振り向いた。



「お、悠貴じゃん! 何? お前もG1か!?」


 振り向いて直ぐに悠貴の姿を見留めた俊輔は破顔して声を上げた。


「俊輔もG1なのか、宜しくなっ」


 そう俊輔に返しながら悠貴は椅子に座り、改めて自身の卓を見渡す。


 1人は駅舎のカフェで俊輔と見かけた、天声の姫と(あざな)された、天才小学生、青木聖奈だった。緊張した様子で縮こまっている。


 もう1人はエントランスの所で転んだ俊輔に手を差し出した老人だった。好々爺然とした外見だが、矍鑠(かくしゃく)としていて侮れない雰囲気を醸し出していた。



「しかしまぁ、噂にも聞くお姫様と一緒のグループとはな」


 悠貴が座って落ち着いた所で俊輔はそう言って聖奈に水を向けた。決して悪意のある声色で言った訳ではないが、聖奈はびくっとし、どう返したらいいか分からず、といった様子だ。


 戸惑う聖奈に悠貴は優しく口を開く。


「初めまして、俺は羽田悠貴。あっちの金髪は山縣俊輔。宜しくな。こいつ、こんな成りしてるけど、見た目ほど中身は悪い奴じゃないから怖がんなくても大丈夫だよ、まあ俺も知り合ったばかりなんだけどな」


 笑いながら悠貴がそう言うと聖奈もつられて笑い、


「は、初めまして……。青木、聖奈です」


 と、紅潮しながら、ちょこんと頭を下げて悠貴に応じる。


「けっ、俺の分までご丁寧に紹介してくれてありがとよ! 水、取ってくるぜ。じーさんもいるかい?」


 穏やかな様子で頷く老人。頭を掻きながら立ち上がった俊輔はウォーターサーバーのある方へ歩いていった。


「な、悪い奴じゃないだろ? それにしても、小学生なのに特例で研修に参加してるなんて凄いな」


 悠貴の、凄い、の言葉に反応して困り顔になる聖奈。あたふたとしながら返す。


「そんなこと、あの、全然無いです! えと、羽田さんは……」


「悠貴、でいいよ」


「は、はい! 悠貴さんは高校生、くらいですか?」


「いや、大学生だよ。むしろ高校生はあっちの方だな」


 悠貴はそう言いながら、ウォーターサーバーの所でグラスに水を注いでいる俊輔を指差した。


「そ、そうなんですね。山縣さんの方が年上かなって思いました」


 と言って聖奈は微笑んだ。少しずつではあるが緊張した様子が薄れてきたように悠貴には思えた。


 ほらよ、と人数分の水を持ってきた俊輔。


「俺のことも俊輔、でいいぜ。山縣さんなんて呼ばれるようなキャラでもないしな。で、じーさん、あんたは?」


 俊輔は老人に近寄って水の入ったグラスを置きながら尋ねた。


「おお、そうでしたな。申し遅れた。わしは第一都市圏(エリア)の寺で住職をしとる、宗玄(そうげん)と申す。宜しく。まあ、正確に言うと元住職なんじゃがな」

 

 宗玄はそう言って悠貴、次いで俊輔、聖奈にも一礼した。

 悠貴は宗玄が羽織る袈裟(けさ)をチラリと見た。予想はしていたがやはり僧職だった。



 簡単な自己紹介も終わり、悠貴たちG1の面々が話に花を咲かせていると、給仕の職員が、次々に料理を運んできては、奥の長テーブルに並べていった。


 ビュッフェ形式なのだろう。施設の職員が各テーブルを周り、食事を取りに行くように勧める。


 悠貴たち4人も立ち上がり列に並ぶ。1人、2人しかいない卓もあったが、そういったグループ同士が1つの卓に集まっている様子も見てとれた。


 悠貴は皿に料理を盛り付け、G1のテーブルへ戻る。悠貴よりさきに戻ったG1の面々は(あて)がわれた個室の場所について話しているところだった。どうやら俊輔と宗玄は隣の部屋だったらしい。


 それからの話題は、どちらかと言うと、研修のこれからのことよりもそれぞれの日常のことの方に向いていた。


 悠貴の大学やサークルのこと、俊輔が通う高校やバイト先のこと、聖奈のクラブや習い事のこと、宗玄が住職とは名乗ったものの、最近は跡取りに寺の運営を任せ、隠居生活のようになっているので元住職と付け加えたこと……。


 魔法に関しては互いの属性についてくらいのもので、ほとんどが互いの生活についてのものだった。初対面にしては話が盛り上がった。年代は様々だったがどこか似ている4人。



 歓談で盛り上がる研修生たち。途中、職員から今後の事について説明があった。天候の関係で遅れている運営側の人間や研修生のことが考慮され、研修が始まるに当たっての式典、連絡事項の伝達などは明日に回され、この夕食も自由解散とするとのことだった。


 職員はそれだけ伝えると食堂を後にした。直ぐに研修生たちは歓談に戻った。悠貴は室内を見回す。悠貴たちのグループほどではないかもしれなが、どこの卓も話に花が咲いている様子だった。打ち解けた研修同士の笑い声があちこちから聞こえてくる。


 そう言えば、と俊輔が口を開く。


「遅れているっていう、俺たちのグループのもう1人ってどんな奴なんだろうな」


 悠貴たちのグループは5人。話が盛り上がって忘れていたがもう1人別に同期がいる。せっかくだから、この今の雰囲気に合うような同期であってくれればいい、と悠貴は心底思った。


 聖奈が俊輔に応じた。


「あ、あの、わたしさっきスタッフの人に聞いたんですけど、女の人らしいですよ! 25くらいの」


 へぇ、と悠貴は思った。と言うのは悠貴にとっては中々絡む機会がない年代だったからだ。おそらくは、社会人。塾で働いている悠貴は年下に関しては小中高満遍なく接している。大学生は大学、サークル、バイト……とこれでもかという程絡んでいる。今の聖奈の話が本当だとすると悠貴にとっては珍しい人間関係になる。




 話の盛り上がりが一段落し、一息つく4人。気付けば周りのグループは既に解散していた。食堂の外のロビーから話し声が聞こえたので、皆が皆、部屋へ戻ったわけではなさそうだ。



 悠貴が聖奈に目をやる。天才少女の小学生は眠気と必死に戦っていた。垂れてくる目蓋に今にも負けそうになっている。俊輔と宗玄もそれを見てとって微笑む。そろそろか、と立ち上がる3人。


 ウトウトとする聖奈。他の3人が立ち上がる音に反応し、びくっとして、そして3人に倣って立ち上がる。


 4人は揃ってロビーに出て、そのまま進み階段を上っていく。


「じゃあまた明日な」


 悠貴が4階へ向かう聖奈にそう声をかけると、目を(こす)りながら、お休みなさい、と返してきた。



 俊輔と宗玄とは部屋が反対側だった悠貴は2人と、また明日、と言って別れた。


 廊下を進む悠貴。辺りは静まり返っていて、自身の足音だけが響く。



 部屋へ戻ると悠貴は書卓の椅子に座り、深く息を吐く。卓上に置いておいたペットボトルの水を口に含んでゆっくりと喉を下らせる。

 ビュッフェ形式であったし、話が盛り上がったこともあって少し食べ過ぎたかもしれない。



 そうやって一息ついて、実は疲れていたことに気がつく。心地よい眠気が(まと)わりついてきた。服を脱いでシャワーを浴び、いつも使っているスウェットに袖を通す。


 一通りの寝る用意をしてベッドに潜り込む。部屋の明かりを落としてベッドライトだけを薄く点ける。つまみを調節して消えるギリギリにした。


 そうやって意識的に産み出された薄暗さの中で、悠貴は枕と後頭部の間に両手を挟んで天井を見つめる。ふと学年合宿を思い出す。合宿でも良くこうやって天井を眺めていた。その合宿で、風の魔法の力に目覚め、今、こうしている。



 思えば、高原に着き、俊輔と行動を共にしてからはこうやって独りで思いを巡らせる時間はなかった。


 天井を見つめながら大きく息を吐く悠貴。


 学年合宿では不穏当な出来事もあったし、好雄から研修にまつわる話を聞いていたこともあり、悠貴は相当な覚悟をもって研修に臨んでいた。


 人の生死に関わることがある。自分は傷付ける側にも傷付けられる側にもなり得る。駅で俊輔と再会してカフェで話している時もどこか緊張している自分がいた。


 俊輔とは一度法務局で会っていたので、感覚としては研修を通じて知り合ったというよりは旧知の仲と言ったほうがしっくりとくる。

 だからだろう、聖奈や宗玄と夕食を共にして語り合い、初めて研修を通じて知り合った同期が出来た、そんな気がした。


(同じグループなんだし、同期ってよりも、そうだな……、仲間、って感じだな)


 どこか研修に対して構える所があった自分だが、3人と語り合うことでいつもの自分に戻っていけた。


 そこまで考え、どこか、くすぐったいような気持ちになってきた悠貴は寝返りを打った。カーテンの下からは、やはり外灯の明かりが漏れ入ってきていた。


 雪の影響でどうなるかは分からないが、予定では明日から演習も講義も始まる。好雄から話には聞いていたが、実際に自分が経験するとなるとなかなか想像がつかなかった。


 魔法士についての講義、同期たちとの実戦演習。まだどんな人物が自分たちのグループの教官になるかは分からないが、色々と聞いてみたいことはある。

 これからの研修について、あれこれと想像するのは楽しかった。眠ってしまうのが勿体ないようにも思われた。


 しかし、悠貴が次に目を開けたときには、外灯のものとは違う、カーテンの隙間から漏れ入る陽光とベッドライトの薄い明かりが混ざり合う光景がそこにあった。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は9月25日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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