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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第66話 登録申請

 もともと法務局は登記や戸籍、国籍や人権問題などに関する事務を所掌する法務省の地方部局の1つだった。

 始まりの山の出現後に行われた都市圏(エリア)への人口移動に伴い、法務局もまた再編され、各都市圏に1つの高等法務局が置かれている。各都市圏の広狭や人口の多寡に応じて都市圏内に別途出張所を設けてある所も珍しくない。


 都心に住む悠貴が向かうのは東京高等法務局。全国の高等法務局を束ねるので本局と呼ばれることもある。


 始まりの山の出現で権勢を誇るのは内務省だが、それに次ぐのが法務省であった。魔法士を管轄していたからだ。内務省は大権をかざして他の官公庁に意を押し通すが、その大権の力の源泉はやはり特務高等警察、通称『特高』であった。

 その特高に、法務省は所属する魔法士を内務省を通じて貸与する形となっていた。であったからさしもの内務省も法務省の扱いにだけは気を配っていた。




 悠貴は地下鉄を降りる。

 ホームの地図を見て法務局の文字を見つけて歩き出す。


 好雄に言われたせいもあるが、きっかけがあれば同期ともなる資格者(まほうつかい)と知り合っておきたい。ホーム、階段、改札……、移動しながらそれとなく周囲に目をやったが、登録申請をする者に何か特徴があるわけではない。見分けは付かなかった。さもありなんと軽くため息を付いて悠貴は歩き出す。


 法務局最寄りの地上出口へ向かう。階段を上りきる。天気は良く、晴れ渡っているがやはり風が冷たい。


 スマホの地図を頼りに歩く悠貴。少し行くと目印になるだろうと思っていた大きな堀が見えてくる。


 その堀の向かい側の道を進んで行くと白い大きな建物が見えてくる。どうやらここらしい。中へ入ると正面の壁に大きなディスプレイが設置されていて、どの階に何があるのかが示されていた。


 悠貴は画面を上から順に目で追っていく。訴訟事務、登記、戸籍、供託、人権、遺言……。見当たらないので、あれ、と思った直後、『魔法士』の文字が目に入ってきた。地下3階。



 下へ向かうエレベーターが着いたので乗り込んだが、乗り込んだのは悠貴一人だった。エレベーター内に表示された案内を見て悠貴はなるほどと思った。


 そもそも地下1階と2階にはエレベーターは止まらない。部外者は立ち入りが出来ないようになっているらしい。

 立ち入り禁止エリアから職員専用のエレベーターでなければ行けない旨が示されている。地下3階には魔法士関連の部門の名前が連なっている。


 法務局に勤めている人間は専用のエレベーターを使うはずだ、そう考えるとこの一般のエレベーターで地下3階へ向かうのは登録申請をする資格者。


 毎回の研修への参加者は(およ)そ40人。しかもその全員が東京で申請をするわけではない。挙げ句に申請のタイミングとしては自分はぎりぎりな方だ。もしかしたら今回の参加者の中では自分は最後かもしれない。


 悠貴がそんなことを考えているとエレベーターは地下3階に着いた。ドアが開いて直ぐに悠貴の目に申請者向けの案内が入ってきた。


 示された矢印通りに薄暗い廊下を進んでいく。


 進んだ先が明るくなっていた。ガラス張りになっている大きな部屋が見えてきた。


 その部屋の手前に警備員が立っていて悠貴は誰何(すいか)される。悠貴がスマホの予約画面を見せると、それ以上何も問われることはなく、急に低姿勢になった警備員に中へ通された。



 中に入った悠貴は辺りを見回す。長椅子がいくつか置かれた待合室。入って直ぐに受付用のカウンターがあり、その先に職員用の部屋が見え、何人かが机に向かっている。


 悠貴が受付近くへ向かうとカウンターの手近にいた職員が立ち上がり、(うやうや)しく悠貴を迎えた。スマホの予約画面を見せるとその職員は深々と一礼した。


「お待ちしておりました羽田様。本日は魔法士登録及び新人研修参加の申請にようこそお越しくださいました。順番が来たら及び致しますのでお掛けになってお待ちください」


 言い終わるとその職員は再び深く一礼し、戻っていった。


 悠貴は振り返り、改めて部屋を見渡す。自分以外にもう1人部屋にいたことに気づく。


 その人物は受付から一番遠い長椅子に座っていた。帽子を目深に被っていて、下を向き、スマホをいじっている。更に帽子の上から大きめのヘッドホンをしていた。帽子からはみ出る髪は金髪。組む足がリズムを刻んでいる。


 先程とは別の女性職員が受付のカウンター脇から出てきて悠貴に近寄ってきて遠慮がちに尋ねる。


「あの、山縣様ですか?」


「あ、いえ、違います。たぶん向こうの、あの人じゃないですか?」


 悠貴が目で示した先の金髪はこちらのやりとりには頓着せず……、いや、気づいていないのだろう、先ほどまでと同じく、聞いている音楽のリズムに合わせて体を揺らしている。ヘッドホンから漏れる音が室内に小さく響く。


 職員が話し掛けに行こうとするが、どこか躊躇している。それを見た悠貴は職員の代わりにその人物に近づいていく。


 悠貴が傍らまで来て、さすがにそれに気づいたのか、男はヘッドホンを取り、顔を上げて悠貴を見る。


「何か用かよ?」


 低い声から入ったのはこちらを警戒しての事だろう、悠貴は努めて友好的な顔をしながらこれに答えた。


「もしかして君の名字って山縣? だとしたらあそこに立っている法務局の職員が君の事を呼んでいるよ」


 そう悠貴に言われた男は女性職員を一瞥する。ああ、と立ち上がる。


「ありがとよっ。あー、ここにいるってことはあんたも資格者(まほうつかい)?」


 どこか、好戦的な笑顔をしながら目の前の金髪男は帽子を脱ぐ。首肯する悠貴に男は続ける。


「俺は山縣俊輔。俊輔でいいぜ」


「羽田悠貴だ。よろしくな」


 普段付き合いがないような人種だったので悠貴は戸惑いながら自己紹介をする。値踏みするように俊輔は悠貴を眺め、口を開く。


「俺は高2なんだけどよ、悠貴も同じくらいか?」


「俺は大学1年だよ」


「んだよ、先輩かよ。じゃあ悠貴さん、だな」


「悠貴、でいいよ」


「そうかい。じゃあこちらこそ宜しくな、悠貴。次に会うのは研修で、か。どうせろくでもない連中の集まりなんだろうけど、あんたとは仲良く出来そうだ」


 そこまで話すと俊輔は長椅子に置いていた荷物を持ち上げた。


「じゃあお先に。面談ってやつを済ませてくるな。悠貴も頑張れよっ」


 俊輔はそう言って、様子を窺うようにしていた女性職員の方へ向かい、先導されてカウンターとは反対側にあったドアの近くまで行く。


 女性職員はドアの横の壁に設置されているパネルに顔を近づける。どうやら光彩認証らしく、ピッと電子音が鳴ると解錠を知らせる表示が出てドアが開く。女性職員、次いで俊輔がガラス戸の向こうへ消えて行った。


 その様子を見ていた悠貴。最後に俊輔の姿が消えると辺りは急に静かになった。面接の用意でもしようと手近の長椅子に座る。好雄と優依にアドバイスを貰い、面接で聞かれそうな質問への答えを考えてきた。そのメモに目を通す。



 そうしながら俊輔のことを思い出す。

 同期の研修生。その中での初めての知り合い。仲間。悠貴は好雄の言葉を思い出す。最初に知り合えたのが可愛い女の子ではなかったのが少し残念だったが、それでも心が踊った。



 いよいよなのだ、と。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 数日後。


 ──内務省。


 コンコン、とドアをノックする音があって男は顔を上げた。一昨日で今回の魔法士登録と冬の研修参加の申し込みは締め切った。そろそろ来る頃だとは思っていた。


「失礼致します」


 凛としてそう言って室内へ入る、特務高等警察の黒い制服を纏う人物。制帽から出る綺麗な黒髪がその人物が女性であることを物語る。


 その女性はドアを締め切るとドアに耳を寄せて外の様子を窺う。近くに人の気配がないことを確認してドアから離れ、座る男に近寄っていく。


「冬期魔法士新人研修の参加者リストをお持ちしました」


 やはり、と差し出されたリストに男は目を通す。そして意中の人物の名前を見つけ、僅かに目を細める。


「どうかされましたか?」


 そう尋ねられると男は顔を横に振って立ち上がる。窓辺に向かい、外を眺める。今日は空が青い。


「それにしても……、研修の責任者とは言え、あくまで形式的なものです。わざわざ研修生のリストにまで目を通されなくとも……。末端のことは我々が致します」


 そうか、と男は振り向かずに言った。


「もう研修からは完全に離れられてはいかがですか? ただでさえご多忙の身。御自愛なさってください」


 男は女性からの気遣いの言葉にも特に反応することはなかった。女性は軽くため息をついた。


「それとも……、まだ研修生のグループを直接担当して、教官と呼ばれていたいので?」


 そう言った女性の、僅かにからかうような声に、まさか、とだけ男は答えた。男は一拍おいて続けた。


「仕掛けてくるとすれば……、今回の新人研修だ」


「はい。分かっています。しかし彼らはどうやっ……」


 女性が自らの言葉を止めたのはドアのノックがあったからだ。些か乱暴なノックの後、中からの反応を確認することもなくドアが開く。1人の男が立っていた。


 特高の制服を纏うガタイのいい男はその場で直ぐに、敬礼をした。


 特務高等警察式の敬礼。上半身は傾けるが顔の向きは正面を向いたままだった。受礼者である室内の男が片手を挙げて応じると男は姿勢を戻した。


 直立不動の姿勢で男は口を開いた。


「幕僚部からの伝令で参りました。閣下からのご下命で緊急の会合があります。至急、本部までお越し頂きたい」



 室内にいた男は、分かった、とだけ言い、先程まで話していた女性を伴い部屋を出る。歩きながら、先程リストで目にした名前を思い出す。



( ──待っていたよ。羽田悠貴君……)


 森で助けた時からまた会いたいと思っていた。男は薄く笑い、眼鏡をくいっと上げ直した。




 男は先導され、内務省高官用の玄関を出る。


 外では黒塗りの車が男を待っていた。



 車の横で若い特高の隊員2人が雑談をしている。そのうちの1人が、玄関から出てきた男の姿を見留めて姿勢を正す。もう1人もそれに倣う。共に特高式の敬礼をして男を迎える。


 1人が車のドアを開ける。


 もう1人は敬礼をしたまま、男が近づいてくるのを待つ。


 男が目の前に着く。男が片手を上げたのを見て姿勢を直し、そして、緊張気味に口を開いた。



「お待ちしておりました。手塚筆頭参謀」

今話もお読み頂き、本当にありがとうございます!


今回で第2章を無事終わらせることが出来ました。これも日々お声掛け頂いている皆さま方のお陰です。感謝の言葉もありません。



少しのお休みを頂き、8月の終わりくらいから第3章をスタートさせていきたいと思います。


休みの間、読み専になりつつ、活動報告を書いたりしながら3章を書き上げ、4章に入れたらと思っています。


読むのが止まっている作品が結構あるので読み進めるのが楽しみです。



ではまた、活動報告で!今後とも宜しくお願い致します!

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