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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第64話 始動の時

 昨夜。悠貴と莉々は部屋へ戻るとそのまま横になった。魔法士になると決めた自身の高揚で寝付けないかとも思った悠貴だったが、気付けば朝になっていた。迷いが吹っ切れたせいか良く眠ることが出来た。


 朝になって莉々、優依、志温の3人は帰っていった。


 じゃあまた、とそれぞれと挨拶を交わした。最後に部屋を出た莉々。去り際、声に出さずに口の動きだけで、頑張れ、と悠貴に伝え、ニコッと笑い玄関のドアをそっと閉めた。


 莉々の遠ざかる足音に耳を澄ます悠貴。

 それが聞こえなくなるのを待って部屋の鍵を閉め、シャワーを浴びた。


 横になりながら寝返りをうち、なんともなしに部屋を眺める。普段と何も変わらない自分の部屋がやたらと広く感じる。


 昨夜、公園からの帰り道で莉々が強く叩いてくれた肩の辺りを悠貴は擦る。道は決した。自分は魔法士(まほうつかい)になる。


 横になりながら少しの間、合宿係の打ち上げの余韻に浸った悠貴は寝返りを打って仰向けになり、天井に目をやりながらこれからしなければならないことを考える。


 登録の申請と新人研修への申し込み、締め切りも迫るこの2つは直ぐにでも取り掛からなければならない。


 幸い、夕方からの塾講師(バイト)まで今日は何もない。悠貴は枕元のスマホを手にとり、以前申請手続きについて調べたサイトを画面に映し、改めてこれからの流れを確認する。


 申請先は高等法務局。事前に予約をしてから赴き、必要書類を提出し、実際に魔法が使えることを担当官が確認する。


 そして、その確認後、参加する年明けの冬期新人研修についての説明を受ける、とのことだった。


 予約自体はネットからでも出来るらしいので早速申請用のサイトへ移動する。氏名、生年月日、住所、職業……は大学生か、と次々に入力していく。


 予約がとることができる候補日の一覧が出てきた。提出する書類の用意のことを考えると一週間は欲しい。


 来週の金曜はたまたま担当教授が出張で授業が休講になっている。バイトもない。来週の金曜日を希望する旨の選択をし、確定の箇所を押す。


 ──これで後戻りは出来ない。



 暫くあって予約完了を告げる返信がきて実感が湧いてくる。


 登録申請をし、研修を受けて魔法士(まほうつかい)になる、その第一歩。


 大きく一息ついた悠貴は高揚感に包まれた。


 研修で出会う仲間、実践の演習。研修が終わってからの魔法士としての生活。これからのことに胸が踊る。



 ここに至るまで迷いに迷った。


 何度も好雄や優依に話を聞いて貰った。学園祭では対抗戦で魔法士の戦いを見た。魔法士と深く関わっているという特務高等警察の姿も見た。


 そして(いたずら)に逡巡する自分の背中を押してくれた莉々。女の子からの一言で決断した自分を情けなく思う気持ちもなくはないが、悪い気分ではなかった。


 そんな自分を薄く自嘲した悠貴は部屋の時計に目をやった。気づけば昼を回っている。


 簡単な昼食を済ませ、着替えて外へ出る。バイトの時間まではまだ暫くあるが、バイト先の近くのカフェで勉強や読書をしようと思った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 カフェ2階。いつもそうしているように大きなガラス窓から外を眺める。


 通りを挟んだ向かい側にバイト先の塾が入るビルが見える。まだバイトの時間までは暫くある。通りに面した教室にはまだ明かりが点いていない。この時間であれば社員が3人、奥の職員スペースで事務作業をしているのだろう。


 外から目の前のテーブルの上に開いたテキストに目を移す。




 塾講師(バイト)の仕事も終わり、いつものように悠貴は自習室の掃除をする。


 個別に区切られたスペースの卓上を小さな箒で掃いていく。忘れ物はないか、ともう一度それぞれのスペースを確認する。


 悠貴はふと「せんせぇ」と声を掛けられたような気がした。


 目を移した先。自習室の入り口。いつもであれば教え子の新島なつみが立っていたはずだ。悠貴がこうやって自習室の掃除をしている時に決まって話し掛けてくる。特に用事があるわけではない毎度の雑談だが、これも付き合いが長いからこその戯れだ。


 なつみはよく、


「なんで自習室ばっか掃除してるの?」


 と悠貴に尋ねてきた。


 別段掃除をする箇所の担当が決まっているわけではない。もし自分が生徒だったら……という視点で動いているだけだ。仮に自分が通っている生徒だとして自習室の机の上が消しゴムのカスだらけだったら少なくともいい気はしないだろう。


 尋ねたなつみは悠貴の答え自体にはさほど興味があるようではなかった。悠貴の答えを聞いても、ふーん、と言い、直ぐに話題を変え、そして帰っていった。



 才能に恵まれた少女。


 悠貴は心のどこかでなつみのことを羨ましく思っていた。今は勉強を教える側ではあるが、それはまだ自分の方が経験値が上なだけだ。頭の回転の良さ、柔軟な発想力、卓越した記憶力。じきに自分を追い抜いていくだろう。


 卑屈にならずに済んでいるのは彼女のキャラクターのお陰だった。明るく、こざっぱりとしていて人当たりが良い。年も離れていないので友達、部活の後輩といった感覚で絡めていた。


(あいつとも暫く会えないんだな……)


 掃除をする手を止め、悠貴は少し寂しく思った。


 春には戻ってくると言っていた。それまでは自分も魔法士の研修がある。


(あいつだって何かを頑張ってるんだろうし、俺もしっかりしなきゃな)


 掃除を再開する悠貴の手に力がこもった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 数日後。悠貴は午前中の講義を終えるとすぐに大学の中央図書館へ向かった。


 前日の夜に好雄と優依に魔法士のことで相談があると連絡を入れていた。その日は3人とも大学は午前中だけだったので取り敢えず3人で昼でも、という話になり、図書館前で待ち合わせることとなった。


 年末が迫るこの時期、年明け1月下旬からの試験期間までにはまだ暫くある。悠貴は図書館の門の前に立ち、辺りを見回すが人気は少ない。


 今日は風が冷たい。悠貴はマフラーを首に強く巻き直し隙間から入ってくる風を防ぐ。


 そうしながら改めて自分の意思を確認する。魔法士になる。それを2人に伝えて助言を請う。そもそも来週の登録申請の面談にしても詳細は分からない。魔法が使えることの確認を担当官が行うとのことだったが……。


 しかし、面談よりも悠貴が気にしているのは、やはり、好雄に学年合宿の帰路で立ち寄った温泉で聞いた魔法士新人研修のことだった。


 あの時はあくまで好雄と優依の過去の話として、そして森の奥にあった墓についての話として聞いた訳だが、今回は当事者として聞く。


 準備や当日の流れといった実務的なこともそうだし、研修中の雰囲気なども知りたい。


「悠貴君っ」


 悠貴が声のした方を向くと優依の姿が見えた。中央図書館と本部キャンパスの間を通る道を渡る優依。優依の声に片手をあげて悠貴は応じた。


「ごめんねっ、少し遅くなっちゃった」


「いいよ、俺も今来たところだからさ。てか、ごめんな、急に呼び出しちゃって」


 大きく首を横に振る優依。


「魔法士のことで相談ってことだけど、もしかして……」


「おう。詳しくは好雄が来てから話すよ。お、ちょうど来たな」


 悠貴が目をやった先を優依が見る。小走りにやってくる好雄。


「悪い悪い! お待たせ!」


 と少し息を切らせて謝る好雄。


「いや、こっちこそ。ありがとな、時間とって貰って」


 と応じた悠貴に、気にするな、と好雄は笑った。


 どこに入るかという話しになった。昼間のこの時間はどこも混んでいる。昼休みの半ばの今からでは学食は空いていないだろう。


 困ったな、と思案顔になる悠貴と好雄。


 あの、と優依が口を開く。


「私が最近よく行っているイタリアンのレストランがあるの。少し歩くんだけど、そこだったら3人座れるかなって……、どうかな?」


 悠貴も好雄も大学は午前で終わりだった。少し歩くくらいで座れるなら願ったりだと悠貴と好雄は頷いた。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は8月4日(火)の夜を予定しています。


宜しくお願い致しますっ!

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