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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第61話 鍋パーティー!

 悠貴のマンションまでは乗り換えの待ち時間を含めておよそ1時間。臨海線から一度乗り換える。



 足湯で暫く食後の休憩をとった後、4人は幾つかのプールを回った。


 ビーチを模したプールでは迫り来る波が足下の砂を浚っていくのを楽しみ、砂浜ではスイカ色のボールを借りてきて投げ合った。


 水深40メートルのプールでは酸素ボンベを背負って水中散歩をした。


 屋外に通じる温水プールは海に面していたので、茜色に染まる臨海とその先の都心ビル群の景色を堪能した。外気は冷たかったがプールの温度が心地よかった。


 そうやって湾岸ドームの屋内プールエリアを楽しんだ4人。それでも到底全ての種類のプールは回ることは出来なかった。ドームにはプール以外のエリアも多くある。莉々は、次はいつ来ようか、と相当気に入った様子だった。



 着替え終わってエントランスで集合し、ドームの外へ出た頃には辺りは薄暗くなっていた。


 悠貴の部屋へ向かう途中で鍋パーティーの用意をして、部屋へ着く頃には夕飯にはちょうどいい時間になっているだろう。


 臨海線の車両は蛇行した白いレールに導かれ、静かに海上を進む。車内もまた静かだった。乗客は少ないというわけではないが、臨海ドームで遊び疲れた乗客が多いからだろうか、人声は少ない。



 悠貴は車窓から外を眺める。


 ビル群が発する明かりが都心の夜を彩る。林立するビルの向こうの空の下限、そこに広がる紫紺のぼやけた一線だけが陽の名残を思わせた。しかし、そうやって都心の絶景を瞳に映しながら、悠貴は頭の中では展望室から見た光景を思い浮かべていた。



 ──始まりの山。


 自分でも何故か分からないが、どうにもあの光景が頭から離れない。合宿の時もそうだった。バスの中から見た始まりの山の残影。それは頭の奥深くに植え付けられ、時折、思い出したように思考の端に顔を覗かせる。



 今日一日、十分に楽しんだ。臨海公園の散歩は気持ちよかったし、湾岸ドームも楽しかった。ましてこれから自宅で鍋パーティーもある。今日のことだけではなく合宿での出来事だって愉快に振り返ることができるだろう。なのになぜ……。


 悠貴の頭の中で、無意識に、その始まりの山の光景に、足湯で言葉を交わした嵯峨有紗の姿が混ざる。


 魔法士対抗戦で、壁に叩きつけられたのを目の当たりにした。倒れた彼女は確かにそのまま運ばれていったはずだった。しかし、その後、本部キャンパスで言葉を交わした時には負傷した様子はなかった。


 理工学部に通っている有紗とはキャンパスも違うので、学園祭が終わってからも会うことはなかった。


(魔法士仲間だし、何か知ってるかと思ってよしおや優依に聞いてみたけど、何も分からなかったな……)


 好雄や優依にしても嵯峨有紗とはキャンパスも違えば学年も違う。魔法士の集まりや演習で顔を合わせることはあるが、彼女はほとんど独りで過ごしている、と2人は口を揃えて言っていた。


 足湯で見たときもそうだったが、彼女は強がるでもなく、本当に独りでいることを楽しんでいる風だった。


 漂う湯気に自身の闇を纏わせて遊んでいたときの、彼女の目。学園祭で話したときにはかなり近い距離まで近づかれた。漆黒の瞳。


(不思議な人、だな……)


 そう思った悠貴は、足湯で自分の名前を呼ばれたことを思い出し、少し嬉しくなった。対抗戦に大学中の学生から選抜される程の実力者。加えて、あのなんとも言えない魅力的な雰囲気。大学で立ち話をしただけ、しかも、初対面。それでも覚えていて貰えた。


「何にやけてるの?」


 莉々にいきなり話しかけられ、悠貴はドキッとした。どうやら顔に出てしまっていたらしい。別に、と返すと、ふーん、と莉々は車窓の外に目を戻した。




 4人は臨海線から地下鉄に乗り換え、悠貴のマンションの最寄り駅へ向かう。駅からマンションへ向かう途中のスーパーに寄る。


 カゴを持った悠貴に、


「そう言えば今日は何の鍋にする?」


 と莉々が尋ねる。


「そうだなぁ……。優依は何か希望ある?」


「私は、みんなが食べたいので良いよっ、特に好き嫌いもないし」


 季節に合わせて鍋のコーナーがあった。4人であれこれと話し、結局、豆乳鍋にすることになった。必要な具材と飲み物をカゴに詰め込んでいく。



 スーパーから悠貴のマンションは近い。

 大通りに沿って数分歩いてマンションに着き、エレベーターで昇る。


 エレベーターのドアが開く。持っていた荷物を志温に渡した悠貴はポケットから鍵を出して部屋のドアを開け中へ入る。


「おじゃましまーす!」


 悠貴以外の3人が声を揃えて中へ入る。廊下の明かりを点けた悠貴はそのまま先に進んで部屋を明るくした。


「おー、結構広いね。てか、片付いてるね」


 初めて悠貴の部屋に訪れた莉々は感心したように室内を見回している。


 一週間かけて不要な物を片っ端から捨てて、隠すべき物を隠した悠貴は満足げに頷いて見せる。


「こ、ここが悠貴君のお部屋なんだね」


 そう言った優依はそわそわとした落ち着かない様子で、廊下から部屋へ入る辺りに立って悠貴の部屋を観察している。


 その横を志温が通ってテーブルの上に荷物を置いた。


「よーし、じゃあ早速作ろっか!」


 莉々の掛け声でそれぞれ動き出す。莉々は台所へ向かう。大きくはないキッチン。今日のために悠貴が買っておいた土鍋がコンロの上に置かれている。


 莉々は他の3人に指示を出し、自身は手早く具材をさばき、鍋に並べ、残りをボウルへ入れていく。


 鍋の用意と同時進行でもう一品、と莉々は二つ口コンロのもう片方を使って細切れの牛肉を炒める。その間にも買ってきた玉ねぎを切り、ベビーリーフと共に水にさらす。


 更にレモンとオリーブオイルと胡椒、醤油でドレッシングを作り、牛肉と野菜類を平皿に盛り付けて上からドレッシングをかける。横で軽く手伝いながら見ていた悠貴はその手際の良さに驚く。


「やっぱ、莉々って料理得意なんだな……」


「そう? 自分ではそんなつもりはないけど。まあ感心してくれてるならありがとっ。取り敢えずお皿並べてくれる?」



 莉々以外の悠貴たち3人で食器類を並べてテーブルの中央にカセットコンロを置く。


 悠貴たちの準備が整ったのを見計らい、莉々は土鍋を持ってきてカセットコンロの上に載せる。一度キッチンへ戻り、サラダを盛り付けた平皿を持ってきて座る。


「はい、悠貴君」


 サラダを取り分けた小皿を優依が悠貴に手渡す。サラダも行き渡り、鍋のほうももう食べられそうだ。


 鍋の煮える音。


「旨そうだなっ」


 と志温が言うと、


「もし味が薄かったら足してね」


 と莉々は床に置いた白だしの調味料を持ち上げて見せた。


 味付けは薄めにしたから、と莉々は続けた。北東北州の出身である莉々は自分の舌が濃い味付けに慣れていることを知っている。



 優依が飲み物を注いで3人に渡す。準備万端。



 学年合宿の係の打ち上げ。合宿中から行こう行こうと話していた。優依の体調不良で一度流れ、結局、気付けば2ヶ月以上合宿から経っていた。


 しかし待たされた分、楽しみな気分が募った。その打ち上げが、この夕食で終わる。


 一抹の寂しさも漂う中、4人の声が揃う。


「いただきますっ!」

今話もお読み本当にありがとうございます!


次回の更新は7月24日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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