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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第6話 学年合宿 ~往路~

「ちょっとー! よっしー食べ過ぎだよ! 一口だけって言ったじゃん!」


 莉々は好雄からスナック菓子の袋を取り上げた。莉々が荷物から取り出したのを見て空腹に耐えかねた好雄が、一口だけ、と莉々に懇願した。


「ちょ、莉々、待て! 俺まだホント一口しか……」


 スナック菓子の袋の争奪を繰り広げる莉々と好雄を見て笑った悠貴は窓の外に目を移そうとして、窓辺に置かれたモニターが目に入った。窓の近くのモニターには伊豆の合宿先の宿に着く時間、それまでに立ち寄る数箇所の休憩場所へのそれぞれの到着時間が表示されている。バスの進みに合わせて時間は刻々と変化している。


 完全自動走行の中型のバス。当然運転席はない。バス会社の人間や旅行会社の人間もいない。悠貴たち、テニスサークルの1年生だけだ。



 莉々との争奪戦に敗れた好雄は、それにしても、と悠貴や優依に向かって話し掛けた。


「残念だったよなー、こんな楽しみなイベントの前に具合悪くなるだなんてよ……。あとは、何だっけか、用事が入ったとかだっけか?」



 合宿前日の夜、悠貴のもとに急な連絡が2件入った。1人は外せない用事が入ったので参加できなくなった、もう1人は体調不良で休ませて欲しいとのことだった。結果として全体では17人の参加となった。


「まあ仕方ないんじゃないか、言っても始まらないだろ。参加できないやつらには悪いけど俺たちだけでも楽しまないとな」


 言った悠貴は同じボックス席に座る優依を見る。笑顔で頷く優依。



 悠貴はバスの車内を見回す。

 2人ずつ向かい合う4人用のボックス席。それが左右に3つずつ並んでいる。欠席者が出て急遽班分けを変更したがどこも楽しそうに盛り上がっている。


 背もたれは低く、そのせいか車内の見通しは良い。四方のどこの窓も大きく解放感があった。



 悠貴は窓の外を見る。まだ都内の中心部を走っているので、映し出される景色に変化はあまりなかった。同じことを莉々も思ったようで退屈そうに口を開く。


「それにしても……、東京ってどこも同じような景色ばっかりなんだよねぇ……。まあそれは地方の都市圏(エリア)もそうなんだけどさぁ……」


「そう言えば莉々って地方出身だったもんな。でもさ、南関東州なんて言ってもこの辺りは他の州とは違って強制移住とかは無かったし、むしろ昔の景色が残ってるから、場所選べば景色も楽しめるんじゃないか」


 言った悠貴に頷いて好雄が続く。


「悠貴の言う通りだぞ。俺、結構他の州の都市圏(エリア)に行ったことあるけど、大体どこもそっくりな作りになってるぞ。むしろ南関東州のほうが都市圏(エリア)の境目がない分、段々田舎な雰囲気になっていくの楽しめるだろ」


「まあねぇ……。地方の都市圏(エリア)に住んでると、その外には出れないからね。道路も電車も都市圏(エリア)を出てからは暫くはトンネルで、そこを出たら急に森とか山になってるから」


 全国の地方は「州」に区分されている。分けられたそれぞれの州に都市圏(エリア)は1つ。それぞれの都市圏(エリア)が道路と線路で結ばれている。国の管理はこれらの都市圏()()にほぼ限られていた。


「へぇ……、そうなんだ。俺はここから出たこと無いから地方がどんな様子かって写真とか映像でしか見たこと無いんだよな」


 言って悠貴は改めて窓の外に目をやる。

 都心のビル群は姿を消し、景色は変わっていた。




 あ、と突如、莉々が思い出したように声を上げた。


「お菓子のことで忘れてたけど……、ちょっと、よっしー、信じられないよ! 合宿当日に遅刻とか本当ありえないよ!」


 ギクッとした好雄の表情がひきつる。


「ち、バレたか……。上手く無かったことに出来たかと思ったんだけどよ……。よしっ、いいか、莉々。よく聞け。俺は本当に努力はしたんだ。昨日は早めに寝て、寝坊は厳禁だと目覚ましを3個、更にスマホのアラームまでセットして、加えて悠貴にモーニングコールまで頼んだ。自分で言うのもなんだが完璧だ。そしてこれだけ完璧にしてもなお寝坊したのはもう仕方のないことなんだ、うん!」


 なんども自分を誇るように頷いた好雄は莉々に親指を立てて見せる。わなわなと震える莉々が本気で好雄を睨み付ける。


「誠に申し訳ありませんでした! 再発防止に努め今後二度とこのようなことがないよう善処致します!」


 敬礼する好雄。



「まぁまぁ莉々ちゃん、一応出発までは間に合ったんだし……」


 怒髪天を衝く莉々の服の裾を引っ張って(なだ)める優依。



(莉々ってホント人当たりも良いし、男子でも誰とでも仲良くなれんのに好雄にはキツいよな……。まあ仲良くなれるどころか、男殺し(ニコポン)で勘違いさせまくってんのはちょっとあれだけど)


 思った悠貴は苦笑いをする。その悠貴を見た好雄が立ち上がる。


「ん、なんだよ、悠貴……、お前何笑ってんだよ! 大体お前がモーニングコールを2回3回と掛けてくれれば俺はちゃんと起きれたかもしれないんだぞ!」


「いや、俺が朝電話してお前1回ちゃんと起きただろう!? 大丈夫って言ってたじゃんかよ!」


「ん、そんなの記憶に無いぞ……。あー、じゃああれか、俺は二度寝……。ほんと油断てこわいよな」


『いや、お前が言うな!』


 悠貴と莉々がほぼ同時に好雄にツッコミを入れる。いたたまれなくなった優依が好雄をフォローしようと口を開く。 


「あ、えと……、でもね、私と莉々ちゃんが買い出しで忘れてたもの、好雄君にお願いして買ってきてもらったんだよ?」


 優依の言葉を聞いて立ち上がったままの好雄がどや顔でふんぞり返る。


「ほら、どうだ、聞いたか2人とも。俺だってちゃんと役立ってるんだぞ、俺誉められて伸びるタイプだし……」


 言いながら好雄は自分の席の下に置いたリュックを取り出し、中をゴソゴソと探り、自分が買い足してきた物を探し始めた。



 何気なくそれを見ていた悠貴の目に小さな箱が目に入る。


 下半分が薄く黄色のプラスチックで、上半分が透明なプラスチック、上の透明な部分が蓋になっている。中にはそれが傷つかないような柔らかい素材。



「好雄、それ……」


 思わず口にした悠貴に好雄が、ああ、と返す。


「これか……、魔法士徽章な。あー、前に使ったときに入れたまんまにしてたんだな……」


 手にした箱を直ぐにしまおうとする。


「へー。ねえねえ、私、魔法士の徽章って見たことないし、ちょっとだけ見せてよ!」


 少し迷った顔をした好雄だったが、ほらよ、と箱を莉々に手渡した。悠貴も近づいて見る。


「綺麗だねぇー。この、真ん中の宝石みたいなのは?」


 莉々が尋ねたのは好雄だったが優依がこれに答えた。


橄欖石(ペリドット)。好雄君は『木』の属性だから。私たち魔法士ってね、それぞれ属性っていうのがあるの。その属性によって徽章の宝石が決まるんだよ」


 属性、と口にした悠貴に好雄が口を開く。


「属性って言ってもピンキリなんだよ。例えば『水』の属性なら雪、氷、霧……とか水に関する魔法が割りと広く使えるんだけどよ、逆に属性が『氷』ってなったら基本、氷系の魔法しか使えないんだ」


 好雄や優依からこうやって魔法の話を聞くのは初めてだった悠貴。


「へぇ……。そうなんだ。まあ、俺は魔法使えないし分からないけど、じゃあ最初から『水』の属性になればいいんじゃないのか?」


 腕を組んで考え込む好雄。


「まあ、それはそうなんだけどよ……。なんか、ダメなんだよ、それ。俺たちは『認識』って呼んでるけど、本人が最初に認識したら何て言うか……、その他の属性の魔法を使ってみようって思えないんだ、無理にやろうとしても出来ないんだ」


 莉々は手に持っていた徽章の入った箱を好雄に返す。


「認識……ねぇ。あっ、じゃあさ、優依にもその属性ってのがあるんだよね? 優依は何の属性なの?」


「私はね、『夢』っていう属性なんだ。幻惑系の魔法の一種。あ、ちなみに宝石は紅水晶(ローズクォーツ)。ピンク色でね、可愛いんだよ」


 好雄がバツが悪そうな顔をする。


「あー、悪いんだけどさ、あんまり俺たちの魔法のこと、人には言わないでくれな。皆、俺たちが魔法士だってことは知ってるんだろうけど、ホントならあんまり魔法のこととか話しちゃまずいんだよ……、ごめんな」


 好雄が真面目そうに言ったので莉々が話題を変える。少し前にサークル有志で遊びに行った時の話だった。そこで好雄がやらかしたことをネタに笑い合う。悠貴も心のどこかで、魔法、の言葉を思い浮かべながら笑っていた。






 バスは西へ向けて走る。


 湾岸エリアでサークルメンバーの親睦を兼ねて昼食をとって周辺を軽く観光をした悠貴たち。そこから更にバスを走らせる。日はまだ高いが西に傾きつつある。修学旅行のような雰囲気で、ここまでの疲れも見せずに盛り上がる車内。




 だが前方に「始まりの山」が見え始めると車内の空気は少しずつ変わり始めた。

お立ち寄りいただきありがとうございます!

今後しばらく『学年合宿』編が続きます。


お楽しみいただければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  夢、属性。  他にもいろいろありそうです。
[一言] 好雄は二度寝したんですねw 魔法は一人一属性だけど、種類自体は沢山あるんですね。 夢属性どういうのだろう。 改稿されたのか、文章の行間読みやすくなってました( ͡° ͜ʖ ͡°)
2020/10/14 18:40 退会済み
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