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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第56話 play on the waterfront! ②

「優依ー!」


 悠貴が優依の名前を呼んだとき、優依はちょうど改札を出たところだった。改札付近は湾岸ドームへ向かう人の流れがあったので、悠貴に呼ばれた優依は邪魔にならないように流れとは逆の方へ避ける。


 悠貴が近寄ると優依は、


「おはよう、悠貴君。えと、早いね」


 と僅かに驚きながらも破顔して応じる。


「それ言うなら優依もだろ。天気も良いし、せっかくだから駅の周りでも見て回ろうかなってさ。優依は?」


「私も。早く目が覚めちゃって……。することも無かったし、だったら早めに行こうかなって」


「そか、じゃあ良かったら一緒に回らないか?」


 そう言って、人の流れとは逆の方を指差した悠貴に、うんっ、と弾けるような笑顔で優依は頷く。並んで歩き始めた2人はエレベーターに乗り、地上に出る。


 悠貴たちがいる臨海部は国有化された後、大規模な整地が行われた。都市圏(エリア)の拡張の為の資材に充てるという理由もあり、建造物は解体され更地にされた。


 その広大な臨海部の更地を幅員の大きい幹線路が縦横する。港湾、臨海部からの物流があるので道路はむしろ既存のものが拡張された。


 その広い、直線の道路が広大な更地にどこか寂しげな印象を加える。最近になって開発が進み、湾岸ドームを中心に建物が建設されている。


 始まりの山が引き起こした混乱。人々が湾岸エリアから姿を消した経緯が経緯だけに、民間単独でこのあたりに進出しようという機運は高まらない。湾岸ドームにしてもその周辺の再開発にしても国の主導によるものだった。


 安定的に人を呼び込める算段がついているわけではない。商業施設を次々に建てるという流れにはならなかった。


 しかし、それでも与えられた予算は使い切らねば、と国官特有の予算の使い方により、拡張された道路の脇にこれもまた広い歩道が整備された。今でこそ、その脇に多少の商業施設が散見されるが、それでもやはり幹線路とそれに並走する歩道の広さが目立つ。



 駅から地上に吐き出された人々の多くが湾岸ドームがある方向へ歩いていく。ドーム内には温水の屋内プールに加え、モール、スポーツ施設、その他の様々な娯楽施設のエリアがある。それぞれの楽しみがあろう人々は自然と足早になっていく。



 悠貴と優依はその人の流れとは逆に歩を進める。湾岸ドームとは反対側に進んだその先に大きな臨海公園があった。そこまで散歩しようと決めた。



 冬の空は青を濃くしている。遮るものがない青空は頭上から目の前の道の先までを一面で描く。そこに、先程まで悠貴たちが乗っていた臨海線のレールがきれいな曲線を描いている。


 

 その景色に悠貴は清々しさを覚える。南から吹く潮風が心地好い。やはり今日は暖かい。


「うーん、気持ちいいねっ」


 並んで歩いている優依が両腕を伸ばしながらそう言った。暖かくなりそうだという今日の天気を見越してか優依は少し薄着だ。潮風が優依の前髪と淡い黄色のスカートを揺らす。


「優依はこの辺り初めてか?」


「うん。前から来たいなとは思ってたんだけど、なかなか機会無くてね」


「機会かぁ……。受験のときはまあそうかもだけど、高1とか2の時は? 友達とかとさ」


「受験はね、私は推薦だったからさ……」


 えへへ、と可愛く、しかしどこか乾いた、含みがある笑顔を浮かべ、そう優衣は答えた。


 琴音のように附属高校の内部進学でなく一般の推薦だとすれば優依の成績はほぼオール5だろう。悠貴たちの通う大学は難関なだけあって推薦の基準も高い。


 しかしそれでも一般受験の熾烈さと比べると幾分か難易度が下がるため、それを揶揄して学内の一部では推薦組はこう呼ばれることがあった……、


「うきゅん! お前裏口か!」


「悠貴君まで酷い! 私だって高校のテストとか提出物とか頑張ってたんだからね!」


 大学に入って何度言われたことか。これもまた可愛く抗議する優依だったが、悠貴は推薦と聞いて妙に納得してしまった。


 浪人生が新入生全体の中で4割に達する悠貴たちの大学の一般受験。倍率は10倍を軽く超える。出来は悪くない、というか優秀な方であることは間違いない優依ではあるが、受験勉強のイメージとは程遠かった。


 学校の授業を真面目に受けて、ノートを綺麗にとってテスト前にしっかり出す。定期試験のテストで点数をとる。そうやって内申を高くとる。優依のそんな高校生活を想像し、改めて悠貴は優依が推薦で合格したことに納得した。


「優依はゆーとーせーだもんな」


「あー、悠貴君っ。私、優等生って言われるのあんまり好きじゃないんだよっ」


 怒った優依が、軽く悠貴の肩を叩く。


「悪い悪い! でも褒めてるんだからいいじゃん」


「えー、優等生って言われると何か馬鹿にされてるような気がするかもだよー」


「自信持てよ、優依。学校の勉強ちゃんとやって内申とれたから推薦の基準超えられたんだろ?」


 それは……確かに、と応じる優依。


 そして、


「あと、私、魔法士だったから……」


 と、付け加えた。


 言葉の最後の方は潮風にさらわれたが優依の言わんとしていることははっきりしていた。


 推薦の時に提出する書類の特技や資格の欄に記入される『魔法士』の一言の威力は絶大だ。この一言が調査書にあるだけで即座に合格を出してしまう大学も珍しくない。



 2人が目指していた臨海公園に着く。

 遊ばせていた土地が整備されただけあって広い。休日とあって、そこそこ人の姿が目に入る。高い木が見当たらないあたりが防風防砂を目的とはしていない、設置すること自体が目的であった公園であることを物語っている。



 芝の緑と海の青が混ざる光景。芝生では数組の家族連れがシートを広げて思い思いに過ごしている。臨海部に設置された道は直線的で格好のランニング、ジョギングのコースとなっていて、その一部を成すこの公園でもそれを垣間見ることが出来た。


 芝生の周縁の(みち)を歩いていると(おもむろ)に優依が口を開いた。


「私ね、高校のとき、あんまり友達と上手くいってなかったんだ……」


 あえて神妙な面持ちで口を閉ざすことで悠貴は優依に先を促した。


「私ね、さっき悠貴君が言ったみたいに『優等生』なところ、あってね。自分で言うのも変なんだけど。言われたこと、ちゃんとやらないと相手をガッカリさせちゃったり、困らせちゃったりしないかなって。そういうのを気にし過ぎるところがあって」


 それは悠貴にも共感できるところがあった。別段自分を優等生だとは思ったことはないし真面目だとも思わないが、優依が他人に抱くのと同じような気遣いをしてしまうのは自覚がある。


「それで、えと、もともと先生たちには気に入られてたんだけど、クラスの中にはね、私のこと、そうやって点数稼いでるとか良い子ぶって……、みたいに言う人もいてね」


 優依がそこまで語ったとき、芝生で遊んでいた子供のボールが2人の目の前に転がってきた。すみません、と子供の親だろうか、こちらへ向かいながら声を掛けてくる。悠貴がボールを子供へ優しく投げると傍らの母であろう女性が笑顔で軽く会釈してきた。


 悠貴は軽く手を上げてそれに応じる。横から、ふふ、と優依の声が聞こえた。


「それでもね、高1の夏までは、たぶんだけど、そういう子たちとも上手くやれてたんだよ……。魔法士になるまではね……」


 魔法士の言葉が口から出た辺りで優依の表情に浮かぶ憂いが増す。もういいと止めるべきかとも一瞬悠貴は思ったが、当の本人が続ける様子なので聞き役に徹する。


「夏休みのちょっと前にね、魔法が使えるってはっきり自覚したんだ。その前から感覚的に何となくそうなのかもとは思ってたんだけど。それで夏休みから2学期の途中まで新人研修に参加して、戻ってきてからはもう……ね……」


 良くある手の話ではあった。悠貴の高校でもそうだったが、校内で、まして受験でも優遇されたり特別扱いされる魔法士の高校生は嫉妬や妬みの対象になる。


 そうでなければそれはただの好奇だ。事実、そうやって悪意を持つクラスメイトもいる中で、それでも優依の周囲には取り巻きがいた。その取り巻きも真に優依を慮る風ではなく、興味本意、若しくは魔法士である優依と懇意にしておいて利用しようとする気持ちからであった。


「──だからね、うん、高校の時はちゃんと『友達』って呼べる人はいなかったなぁ……」


 悠貴が心配そうな視線を優依に向ける。それに気付いた優依は大丈夫と声に出す代わりに薄く笑った。


「悠貴君も知ってる通り、私は魔法士の研修の時に色々あったから、それ振り払おうってね、高校の勉強とか魔法士の研修とか、今思うとちょっと無理したかなって思うくらい頑張っちゃって……」


 大きく息を吐く優依。その顔は、憂いというよりも、切なく過去に思いを馳せるといった感じだった。


 悠貴は少しどきっとした。平素、やれロリっ子だ、やれうきゅんだとからかっている優依の見せる、どこか大人びた顔。


 公園の先。海に向かってせりだしていて、ベンチが幾つか並んでいてる。2人はそのベンチを通り過ぎる。優依は転落防止用の柵に両手をつきながら遠い目で海を眺める。それを少しだけ後ろから悠貴が眺める。なぜか横に並ぼうとは思わなかった。


 優依はそのまま海の方を向いて、


「高校の時がそんなだったからね、うん、今はたくさん友達いて、嬉しいし楽しいよっ」


 と言った。


 そして、


「悠貴君も、こうやって仲良くしてくれてるしね……」


 と、振り向き様にそう言った優衣。


 その優依は悠貴と目が合った刹那、遠慮しがちに目をそらして、両手を後ろで組んで再び海の方を向いた。小さな波が2人の足下の岸壁に寄せて静かに音を立てる。


 悠貴が近づいて優依の横に並ぶ。


「──ありがとねっ」


 横に並んだ悠貴の方に顔だけ向けて優依はそう言った。


 心地好い冬の陽光と青が濃い空。その光景に優依の笑顔が調和して悠貴は目を奪われる。あまりにも悠貴が優依のことをじっと見たので、優依は仄かに紅潮した。


 気恥ずかしさを紛らわすように唐突に優依は莉々や志温との集合時間のことを口にする。悠貴がスマホを見ると思ったよりも時間はなかった。悠貴と優依は足早に公園を後にした。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は7月5日(日)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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