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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第33話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編9】~

 結局その後優依は一睡も出来なかった。軽くシャワーを浴びて髪を渇かしてベッドで横になるがさっき見た森の中での光景が頭から離れない。



 ──朽木さん……、何を……。



 ベッドに腰掛けたり、書卓の椅子に座ったり、部屋の中を歩き回ったり、窓から外を眺めたり……。(いたずら)に時間が過ぎていく。



「はぁ……」


 ため息と共にベッドに倒れ込む優依。ふと目を移す。閉めたカーテンの隙間から入り込む光が月や星のそれとは違い朝になったと分かった。


 取り敢えず朝食へ向かわないと……、と着替えてローブを羽織る。結局良い考えは浮かばなかった。重い足取りで廊下を進む。階段の辺りで好雄に声を掛けられた。



「おっ、優依。おはよー!」


 規則正しい生活が続いて慣れてきたせいか好雄は朝から調子が良い。



 おはよう、と咄嗟(とっさ)に笑顔を作って優依は返事をするが駄作の笑顔で疲労の色は隠せない。顔色は悪く目の下のくまも目立つ。好雄に見透かされているのは自分でも気づいている。



 好雄の表情が変わり、心配そうな視線を優依に向ける。



「優依さ……、優依は優し過ぎるんだよ。あんまり朽木さんのこと気にするなよ」



 言われて優依の全身に緊張が走る。



(好雄君、まさか昨日のこと知って……)



 しかし、その後の好雄の言葉からは朽木の森でのことを知っている様子は(うかが)えない。単に心配し過ぎている自分のことを心配してくれているのだと分かりホッとする。



 その優依の様子を取り違えた好雄の顔が明るくなる。


「俺で良かったら話聞くし、力になるからなっ」


 調子の良い声でそういった好雄に優依は、うん、とだけ返した。






 午前の実技演習中。



「危ない!」


 駆け出した侑太郎が優依を突き飛ばす。直後、優依が立っていた場所を襲った手塚の風の魔法を侑太郎が(シールド)で受け止める。



 突き飛ばされて呆然とする優依に侑太郎が駆け寄る。


「ゆ、優依さん……! すみません! 大丈夫ですか!?」


「ゆたろー君……、ありがとう……。私……」



 よろよろと立ち上がる優依。


「ちょっと、優依! 何やってんのよ! ゆたろーが助けてくれたから良かったけど……。実技演習、しかも教官の魔法を盾で防ぐって演習してるときにぼーっとしてるだなんて……」



 怒りと驚きで信じられないといった顔の葉月。しかし、何も返してこない優依に葉月の表情が変わる。


「ねぇ、優依……、ホント大丈夫……?」



 心配そうに覗き込んできた葉月が目に入り優依はやっと我に返る。


「あ、ご、ごめんね……。私……」


 心配させたくないと無理やり笑顔を作って答えた優依。背後から手塚の声が聞こえて再び顔が曇る。


「優依……。大丈夫? 優依の盾ならあれくらいの魔法には楽勝で耐えられると思って……。いや、そもそも盾を張ってもいないんだけど。何か、あったのかい?」


 手塚の最後の言葉に優依の顔が凍り付く。優依の様子に手塚は少し考えようにして続ける。


「無理に聞き出そうとは思わないけど、何かあったらいつでも相談してくれて良いからね?」


 微笑みながら言ってくれた手塚の目の奥に、自らを見透かすような何かを感じ、優依はその言葉を額面通りには受け取れなかった。



 優依が、はい、とだけ返すと演習が再開された。



 このままではいられない……。優依は演習に参加しつつ自分がどうするべきか考えていた。



(昨日の朽木さん……、どう考えたって普通じゃない……。でも私独りじゃ何もできない。朽木さんと話すことも、朽木さんを止めることも……)



 午前の演習が終わって午後の講義の時間に入ってからも優依は自分の逡巡(しゅんじゅん)に答えを見つけられないでいた。



(そう、私だけじゃ無理だ……。誰かに話、聞いてもらわなきゃ……)



 だとすれば誰に……。ただ解決することだけを考えれば手塚が最適だった。しかし、優依にはそれが躊躇(ためら)われた。


(教官に話しても……、たぶん、朽木さんは救われない……)



 午後の講義の終わり。最後に優依の頭に浮かんだのは好雄の顔だった。






「好雄君、あのね、この後ちょっといいかな……?」


 夕食後、優依は好雄を呼び止めた。2人で昨日優依が居たテラスに出る。1階の廊下やロビーには人影があったが幸いテラスには誰も居なかった。



「何だよー、優依……。こんな所に呼んで2人っきりだなんて……、まさか……!?」


 先にテラスに出た好雄がふざけた声でそう言って振り向く。好雄はすぐに表情を変えた。優依が瞳に涙を溜めていたからだ。



「好雄君……、実はね……」



 優依は好雄に自分が森で見た朽木のことを話した。どう話したら良いか分からなかったので取り留めもない話になってしまったが好雄は時折頷きながら聞いてくれた。



 一通り、自分が見たことを語り終わった優依。

 腕を組む好雄は目を閉じている。



「それでね……、私、もうどうしたらいいか分からなくなっちゃって……」


 優依は目を(ぬぐ)う。

 テラスの丸いテーブル。好雄と優依は向かい合って座っていたが好雄は目を(つむ)ったまま何も口にしない。



 優依は森に目を移す。

 昨日朽木の姿を見た森。彼は今夜もまた森に入るのだろうか。




 そんなことを考えていた優依に好雄が口を開く。


「手塚教官に相談しよう。優依の言っていることが本当なら俺たちにどうこう出来るってレベルの話じゃない……」


 好雄の声に優依が目を森から戻す。


 好雄の、普通に考えたら当然な考えに優依も何度も思い至っていた。至ってはいたが決断はできなかった。部屋をうろうろとしながら何度部屋を飛び出して手塚の所へ行こうとしたことか……。


 しかし、手塚に話してしまえばもう後戻りはできない。朽木の今後も変わっていってしまう。自身の行動で彼の行く末が変わってしまう、その責任を負う覚悟がなかったし、どこか朽木を裏切ってしまうような気がしてしまってもいた。朽木が研修の初期に自身に向けてくれていた不器用だが優しい笑顔が自分に向けられることは永遠になくなるだろう。


 もしかしたら……、自分は好雄に決めて欲しかったのかもしれない。手塚に相談すると言って欲しかったのかもしれない。自分の弱さが本当に嫌になる。自分は卑怯だ。こうして好雄に相談し、決めさせて、そうやって自分は責任を回避する。朽木に対する負い目も幾分か目減りするだろう。


「うぅ……、くぅ……」


 優依が嗚咽(おえつ)を漏らす。自分の弱さが、無能さが許せなかった。



 優依が落ち着くのを待って好雄は優依に(さと)すように語りかけた。


「これから2人で手塚教官のところへ言って昨日の朽木さんのことを伝えよう。俺が伝える。優依も何か聞かれるかもしれないけど話せる範囲で話せば良いから……」


 優依は無言で頷いた。





 研修施設中央棟の最上階。エレベーターから好雄と優依が降り立つ。自分たちが過ごす階と同じ作り、同じ色合いなのに空気が違う。どこか無機質だと優依は思った。



 廊下を進む2人。マニュアル上でしか知らない教官室の並び。あ、と優依が声を漏らす。手塚の名札が掲げられる部屋を見つけた。


 好雄がノックしても良いかと優依に目をやる。


 ここが本当に後戻りできない最後の一線だ。この線を踏み越えると一気に自体は動き出すだろう。優依は静かに、浅く頷いた。



 ──コンコン。静寂に包まれる廊下に好雄のしたノック音が響く。あまりにも響いたのでノックした好雄自身が少し強く叩きすぎたかと驚いた。暫くあって……、



「はい、どうぞー」


 空気にはそぐわない、穏やかでどこか(ぬる)さを感じるような手塚の返事があった。


 再び好雄は優依に視線を向けて意を(はか)る。


 うん、と優依は返し、先に、と目で訴える。ドアノブに手を伸ばして好雄が部屋へ入る。続いて優依も入った。




 大きくはない長方形の部屋の奥に大きめの窓。部屋の両脇には高い本棚が置かれている。その本棚の真ん中に来客用のテーブルとソファーがあり、その奥に仕事用のデスクがあり手塚が座っている。



「教官室に研修生が来るっていうのは珍しくてね、驚いたよ」


 驚いている素振りを全く見せずに手塚はそう言った。


 あまりの自然体。優依には手塚が自分たちがここに来ることを分かっていたように思えた。



 手でソファーに座るように促す手塚。


 失礼します、と好雄と優依は声を揃え、ソファーに座った。何かの作業中だったのか手塚は目の前のパソコンの画面に向かいながらキーボードを叩く。


 静寂の中、キーボード音が木霊する。


 優依にはその音が2人が朽木のことを切り出すまでのカウントダウンのように聞こえた。


 切りが良い所までいった手塚はタンっと最後に少しだけ強く叩いて2人に目線を向ける。


「さて……、わざわざこんな時間にどうしたんだい?」



 好雄は横に座る優依を一瞥(いちべつ)する。優依は下を向いたままだった。



「実は……」


 好雄は優衣から聞いた顛末(てんまつ)を語り始めた。途中、手塚は(おもむろ)に立ち上がり窓辺へ向かって外を眺めた。後ろ手を組んで時折、それで、と好雄に先を促す。



 窓の方を向く手塚の表情を直接窺うことはできない。


 優依はガラスに映る表情から手塚の感情を読み取ろうとするが無理だった。現在進行で手塚の表情を映しているはずの窓のガラス。その中の手塚は静止画のように見えた。




 一頻(ひとしき)り話終わると好雄は、以上です、と付け加えた。


 好雄と優依は手塚の言葉を待つ。時計の針が進む単調で無機質な音だけが響き渡る。




 優依は今にも朽木を助けてくれと手塚にしがみつきたい自分を必死に抑えていた。手塚はすぐさま朽木をここに連れてきて尋問するかもしれない。森で朽木の奇行の現場を押さえてその場で処分してしまうかもしれない……。




 唐突に、手塚は口を開く。



「そうだねぇ……。うん、少し様子を見てみようか」



『えっ……』


 意表を突かれた2人は同時に声をあげる。優依はほっとしたように、好雄は驚いたように。



 優依は様子を見るという手塚の言葉に安堵する。これで少なくとも今すぐ朽木がどうこうなるということはない。


 一方の好雄は驚きを隠せない。横の優依をチラリと見て思う。


(手塚教官……。マジかよ……。朽木さんがやってることって……、どう考えてもヤバイことだよな……)



 目的は分からないが朽木が行っているのは施設への損傷行為だ。少なくとも事情を聞くくらいはするのが常識的な発想だと思われた。何より……、優依の体調の不良、精神の不安定は朽木のせいだと好雄は思っていた。先ほどの手塚への報告でも無意識に朽木を(とが)めるような調子になっていた。


 落ち着けと自分に言い聞かせながら好雄は口を開いた。


「放って……おくんですか?」


 好雄の問いに直ぐに頷いて手塚は答える。


「うん、朽木さんが森で少し不審な行動をとっていることは分かった。しかし彼が何故そんなことをしているのか、その理由を見極めなくてはならないよね。ここは慎重にいかなきゃだよ」




 ──少し、不審。


 好雄には理解が出来なかった。


 研修は進むにつれて厳しさを増し、教官の研修生への関わり方も厳しいものになっていた。規律を重視し結果を求められた。手塚はその中でもかなり研修生目線で接してくれていた。他の教官のように無闇に怒ったり怒鳴ったりすることはなかったし、ミスをしてもその理由を一緒に考えてくれていた。


 その手塚の性格を考えても好雄には朽木を見逃す理由が分からなかった。



「無論ね、このままにする気はないよ? 彼が違法な行為をしているのであればそれを止め、あー、場合によっては罰しなくてはならないね。でもね、同時に何が彼にそうさせているのか、それを見極めることも必要だよ? それを把握しなければ彼や、これからの、研修生の同様の行動を止められなくなってしまうからね」



 一見もっともらしいことは言っている。一理はある。しかし、やはりどう考えても好雄には納得が出来なかった。



 背中越しに好雄と話していた手塚が窓から振り向く。


「とにかく報告してくれてありがとう。これで何かあってもすぐ対処できるし、2人のお陰だね。あとはこちらで何とかするから。──あ、この件は口外しないようにね」


 言外に退出を命じられた好雄と優依は姿勢を正して部屋を出た。釈然としない好雄はドアを閉める瞬間に手塚を見る。いつもの穏やかな、落ち着いた顔がそこにあった。








 ドアが閉められ、自分の部屋を訪れた2人の研修生の足音が遠ざかり、その音が聞こえなくなってから手塚は椅子に座った。眼鏡をはずして目頭を軽く押さえる。



 一息ついて机上の電話を手に取る。


「私だ。万事、差し支えなきよう」


 それだけ告げ受話器を置く。再び目頭を押さえて深呼吸をする。正面を見据え、下唇を軽く噛んで天井を見上げた。



 そして先ほどまでそうしていたように、立ち上がって後ろで手を組み、窓から外を眺める。


 夜空に薄く雲がたなびく。朧気(おぼろげ)な月から発せられる明かりは辿々(たどたど)しい。今夜の森は黒い。その黒い森の先、白い塀が高くそびえ立つ。


 森の黒さを映して白い塀さえ陰鬱に見えてくる。その光景を見やっていた手塚は目線を僅かに下げて、特段の感情を込めずに呟く。


「万事、差し支えなきよう……か」


 薄く自嘲した手塚は改めて森へ目線を戻した。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は4月5日(日)の夕方から夜辺りを予定しております。


宜しくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] 手塚教官の不気味な感じがいいですね。好きです(笑) 朽木さんの行く末が不安でしかない…
[一言] なぜ朽木の夜の様子を見て「がんばって魔法の訓練をしているな」 と言う意見が一切ないのか違和感を感じました。 普通に考えてついていけないなら手塚教官に行って辞めると言えばいいだけなので逃げる…
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