第25話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編1】~
「一応、確認なんだけどさ……」
好雄にしては珍しく前置きをするような言い方だった。
悠貴は静かに頷く。
「別に魔法の力に覚醒したからって絶対に魔法士にならなきゃいけないってもんでもないんだぞ? 国からはあんまり良くは思われないけど、実際にそうやって在野のままでいる奴だって少なくない……」
好雄の言葉に悠貴は目を落とす。
好雄の言い方は自分が魔法士になることを止めているようにも誘っているようにも聞こえた。
「ちゃんと国に申請して研修を受けて、正式に魔法士に登録した方が良いことは良いんだ。何があっても国が守ってくれるし金だって貰える。国は魔法を使える奴のことを恐れてるんだよ。待遇の良さはその裏返し。少しでも囲っておきたいのさ」
魔法士になった時の特権のことは悠貴だって知っている。
知っているどころか中学生の頃から嫌という程見せつけられた。魔法士の同級生は演習だ研修だと学校の公欠は当たり前。それでいて補習や追試の類いはない。中学、高校、大学……どんな難関校の推薦だって備考欄に魔法士の文字があればそれだけで合格だった。
(あとは……、ああ、成年擬制、だっけか。13歳になれば魔法士に登録できる。そうすれば法律上でも大人の扱いになるんだもんな……)
悠貴はつい思い出し笑いをしてしまった。
中学の頃、塾帰りの途中。夜が遅かったこともあって警官に補導されそうになった。しかし、その時に一緒にいた友人の中に魔法士に登録している女子が1人いた。その女子には丁寧に接して何も言わずに家に帰して、自分たちは近くの交番まで連れていかれ親まで呼ばれた。
(魔法士ってだけで学校の先生も地域の大人もちやほやしてたもんな)
笑った悠貴に好雄が目をやった。首を振って何でもないと伝える悠貴に好雄が続ける。
「ただ、当然良いことばかりじゃない。荒事に巻き込まれることもあるし、国に協力してやりたくないことだって時にはやらなきゃいけない。研修だってそこそこキツいしな」
新人研修は年に2回。1月から6月に登録申請をした者たちが参加する7月から9月にかけて行われる夏期新人研修。7月から12月に申請した者たちが参加する1月から3月までの冬期新人研修。
「実際泊まり込みで3ヶ月の研修はキツいぞ……。伊豆高原の山の中だ。夏は暑くて冬は寒い。それにどんな教官のグループに配属されるかで当たり外れが大きい。まあこればっかりは運なんだけどさ。これから話すことも俺と優依の新人研修にまつわる話さ。その話を聞いてゆーきがどんな印象を持つかは分からない。これから魔法士になろうかどうかって奴に変な先入観を与えたくないって気持ちもなくはないんだけどよ……、それでも聞きたいか?」
真顔の好雄に悠貴は直ぐに頷いた。
魔法士になるかどうかは決めかねているし、好雄の話が自分の気持ちにどう影響するかは想像がつかなかったが、それよりも純粋に好雄や優依に過去に何があったのかが知りたかった。
分かった、と言った好雄は海の方を見た。
「優依は、墓について何か言ってたか?」
「あぁ、自分が殺した男が眠っているって……」
「自分が殺した……、か。アイツらしい言い方だな」
好雄は下を向いて寂しそうに軽く笑った。
そうやって黙ってしまった好雄から悠貴は取り敢えず視線を海に移した。相変わらず広がる一面の青。だが、先ほどと同じように水面に反射する陽光が眩しかったので目をそらす。しかしだからといって視線を移すべき先は特になかったので、自身が浸かる湯を掬い、そしてそれが掌から滴り落ちるのをなんともなしに見ていた。
そして、悠貴がそうやって空っぽになるのを見計らっていたかのように好雄は静かに語り始めた。
「俺と優依が参加したのは夏の新人研修だった……」
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高校1年生の1学期、好雄は自ら望んで魔法士の登録を申請をした。どこか自分を見下しているような親を見返したくて懸命に勉強をして難関の進学校に合格した。態度が改まった両親の期待は高く、魔法士になれば勉強に支障が出る、と研修への参加に難色を示したが、絶対に勉強と両立してみせると半ば強引に説得した。
好雄は魔法士の新人研修が行われる施設の最寄りである高原駅に降り立った。最寄りと言っても施設はここからはバスで2時間はかかる山の中だった。
海が近いから風で少しは涼しいかという期待は電車の扉が開いた瞬間に打ち砕かれた。始まりの山の出現後、神奈川西部から伊豆半島にかけて夏に海からやや強く吹く風は湿気と熱気を含んでいて好雄が期待したものとは正反対だった。
「あっちぃー……」
駅前を見回す好雄。新人研修生用に迎えのバスが来ているはずだ。汗を拭いながら駅周辺を一周してみるがバスどころか普通の車さえ見えない。
嫌な予感がして、背負っていた大きめのリュックを下ろす。自宅に送られてきた新人研修マニュアルを取り出す。
「えぇーと……、場所は合ってるだろ……。で、ここらへんに迎えのバスが来るんだよな……。時間は……、ハアッ!?」
集合時間が2時間後であることを知り愕然とする。
マニュアルを流し読みしていた過去の自分を呪うが時は既に遅かった。駅の中にもこれといって暇を潰せるような場所はなく、流行ってなさそうなカフェがポツンとあるだけだった。
「マジかよ……。おいおい、どうやって時間潰すんだよ……」
そう言って立ち尽くす好雄の後方で何かを置く音がした。
振り向いた好雄の後ろにローブ姿の少女がいた。ローブを纏う少女のセミロングの髪は綺麗で両目が少し前髪で隠れていた。足元に置かれた荷物は小柄な少女には似つかわしくない大きさで本当に彼女一人で運んで来たのかと好雄は思った。
(このクソ暑い中であんなローブ羽織ってるとか……、頭おかしいんじゃないか!?)
辟易としながら心の中で少女に突っ込んだ好雄だったが、ふと気づく。ローブは魔法士の新人研修の研修生用のものだった。おまけに少女が手にしていたのは自分が手にしているのと同じ新人研修マニュアルだった。
(アイツも、魔法士の研修生なのか……)
どんくさそうな少女はキョロキョロと不安そうに辺りを見回している。声を掛けても話が盛り上がるだろうか、と迷った好雄だったが他に暇潰しが出来そうにも思えなかったので、少女に向かって手にしていたマニュアルを振って見せた。
「あっ……!」
好雄が振るそのマニュアルを見留めて破顔した少女は好雄のもとに駆け寄った。
「あ、あの、その……、魔法士の新人研修に参加する方ですよね……?」
頷く好雄に少女は跳ねるようにして喜んだ。
「やっぱり! 良かった……、私独りで……、知り合いもいなくて。ちゃんと他の研修生の人たちと合流できるかなって心配してたんです。あ、若槻優依って言います! 高1なんですけど、えと、先輩……ですか……?」
「え、高1っ!?」
思わず声に出してしまった好雄。口を押さえる。
(マジかよ……、絶対に年下だと思った……)
「は、はい。高1です……。あの、私、何か変なこと言っちゃいましたか?」
「あ、いや、全然! 俺も高1だったから驚いちゃってさ……。あ、俺、三木好雄、宜しくな」
話すにつれて次第にクラスの同級生と話すような感じになっていき、好雄と優依は打ち解けていった。
「若槻さんは……」
「優依、でいいよ。えと、あの、私も好雄君って呼ぶから」
「分かった。んで、優依は何でこんなに早く?」
「遅刻するの怖くて……、電車遅れちゃったり、あと、迎えのバス見つけられなかったりしたら嫌だなって、好雄君は?」
初対面の相手に2時間も時間を間違えて早く着いてしまったとは言えない。好雄は遠くを見る。
「お、俺もまあ似たようなもんだな!」
同じだね、と優依は微笑んだ。その笑顔を見て生じた微かな罪悪感を振り払うように好雄はパンフレットで顔を扇いだ。
次の電車が到着して駅から何人かの人が出てきた。好雄と優依は駅を出たところにある駐車場、その脇にあったベンチに並んで座っている。ベンチの横には大きな木があって日光を遮ってくれていた。生暖かい風ではあるがそれでも吹き抜けると心地のよさを覚える。
駅から出てくる人を2人で眺めている。研修の集合時間にはまだ早いが大きな荷物を持った人を見ると2人であれは研修生かどうかと勘繰ってみた。
「おっ、あの人はどうだ? 荷物もデカイし、いかにもこれから研修に参加しますって顔つきしてるんじゃんか」
「うーん……、でもタクシー乗り場に向かってるよ? 研修生なら私たちみたいにバスを待つだろうし……。あ、やっぱりタクシーに乗っちゃったね、残念っ」
そうやって暇潰しがてら、駅から出てくる人たちを眺めている好雄と優依。地元の老夫婦らしき2人が出てきた後、大きな鞄を持った中年の男が出てきた。覇気には欠けるが優しそうな男だった。その男は好雄と優依の姿を見留めると遠慮がちに近寄ってきた。
「あのぉ、失礼ですが、もしかして魔法士の新人研修に参加する方ですか……?」
尋ねられた2人は同時に頷く。
「あぁ、良かった……。私も研修生なんです。朽木といいます、宜しく!」
最初こそ親よりも年上と見える同期研修生の存在に好雄も優依も驚いて、距離感が掴みづらかったが、どこの学校にでもいるような、宿題をやってこなくても怒らず、生徒への甘さを他の教師から注意されてしまう、それでも笑顔でいられる、そんな先生だと思えると急に話しやすくなった。
少しシワの残るシャツ。留め具かフレームに不具合があるのか、ほんの少しだけ斜めになっている眼鏡。しかしこの緊張感のなさからも不思議と朽木の優しさが滲み出ていて2人を落ち着かせた。
「そうかそうか、2人は高校生なんだね」
タオルで顔の汗を拭いながら朽木はそう言った。眼鏡を掛け直すがやはりほんの少し傾いている。
「本当はね、こんなおじさんが魔法士の研修なんか参加していいのかなってずいぶん悩んだんだよ。周りは皆、高校生とか大学生なんじゃないかってね」
朽木の言う通り魔法士は10、20代が確かに多かった。必然的に研修もそのような年齢構成になっていた。朽木も資料から自分のような中年や高齢者も毎回研修に参加していることは知っていたが、それでもやはり躊躇させる所があった。
「朽木さんはどんな属性なんですか?」
優依に尋ねられた朽木が掌を広げる。
「あぁ、私はね、『水』だよ」
朽木は掌の上にテニスボールくらいの水の玉を現して浮かべた。玉といっても綺麗な球ではなく円周が歪んでいる。ぴしゃっと水は弾けて横にいた優依にかかってしまった。
「キャッ……」
「あぁ! ごめんよ、優依ちゃん! まだ慣れてなくてね……」
あたふたとしてリュックからタオルを取り出すと優依に手渡す。優依は笑いながらタオルで軽く服や顔を拭く。柔軟剤の良い香りがした。
「優依ちゃんの属性は?」
「私は、あの、夢、なんですよ、地味ですよね、えへへ」
「そんなことないよ! 珍しいし……。水は……使い勝手はいいかもだけど、使える人結構いるしね」
自分の属性を卑屈そうに口にした優依に、朽木もまた遠慮がちにそう返した。
「いやいや! 水属性って結構重宝されるじゃないっすか、羨ましいな……」
フォローに入った好雄。朽木は自分のことから話題を変えようと、
「好雄君の属性は?」
と、好雄の属性に水を向けた。
「俺は『木』ですね。『木』からの上位認識ってあるんですかねぇ……」
好雄は肩を落とす。正直、目の前の朽木の属性が水だと聞いて羨ましかった。
(属性が水ってことは、氷とか雪だって使えるってことだよな……。最初から上位の認識持てる人って良いよなぁ……)
魔法は使う本人の『認識』に寄るところが大きかった。自分が『氷』の属性だと認識すれば氷の魔法が使える。『雪』の属性だと思えば雪の魔法が使える。しかし、最初から『水』の属性だとの認識があれば、訓練次第だが水に類する様々な魔法が使える。その点最初から『水』の認識を持てた朽木は恵まれていると言える。
好雄たちが話していると駅からまた人が出てきた。
集合時間に間に合わせるためにはこの電車に乗っていなければならない。中から出てきたのは明らかに研修参加者の集団だった。既に電車の移動中に知り合いとなったのか、談笑しながら歩く姿が見えた。散らばって話す何人かの集団が点在している。好雄は、恐らく研修生だと思った人を数えていった。数えてみると40人くらいだった。
「あ、好雄君っ、迎えのバスってあれじゃない?」
言った優依が指差した先に好雄は目を向ける。停車したバスの中からローブを羽織った施設の職員が2人降りてきた。
「魔法士の新人研修に参加される方は集まってください! 番号順に名前を呼びますので、呼ばれたらこちらまでお願いします!」
そうして職員に呼ばれた研修生が早速バスに向かう。職員が手元の端末と研修生を見比べ、バスに乗るよう指示をした。
好雄と優依は偶然にも続きの番号で並んでバスに乗り込んだ。職員の横を通り過ぎるとき、何々番の誰其がいないと話す声を好雄は聞いた。
(へぇ……。魔法士になれば給料も出て色んな特権だって与えられるのに勿体無いことをするやつもいるもんだな……)
「どうしたの? 好雄君」
並んで座った優依が好雄の顔を覗き込む。
どうやら、どうして欠席なんてするんだろうと考え込んでいたのが顔に出ていたらしい。好雄は軽く首を振った。
「いやさ……、なんでわざわざ自分から魔法士の登録の申請しといて、研修を欠席すんのかなってさ」
好雄の言葉に、ああ、と優依は窓の外を見た。
西陽に目を細める優依。
「でも、欠席した人たちの気持ちも私は分かるな……。だって、一度研修の施設に入ったら、3ヶ月、外に出られなくなるんだもん……。研修自体も大変だし、それに魔法士になろうって研修生を色々とこの機会に調査するってこともあるみたいだし。そう考えると、結構なプレッシャーじゃない?」
「まあな……。毎回研修の直前になってバックレる奴もいるみたいだし、研修を終えられない奴もいるみたいだからな。仮に無事に研修をパスして魔法士になれたとしても、それは国の管理下に入るってことでもあるわけだしな」
西陽に汗ばむ好雄は着ていたTシャツをパタパタとした。どうやら研修生は揃ったようで、外でにいた職員が乗り込んできて、バスがゆっくりと走り出した。
車内は異様な緊張感に包まれていた。何度か優依に話し掛けようと口を開きかけた好雄だったが窓の外を眺め続けていた。
薄くオレンジ色に染まった車内。バスは海岸線をゆっくりと走り、その先の山へ登る道へ入り、そのまま進んでいった
お読み頂き本当にありがとうございます!
これから暫くは学年合宿から離れて好雄と優依の新人研修の話となります。
次回の更新は金曜日を予定しております。
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