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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第19話 学年合宿 ~覚醒~

 無表情の優依が森を駆けていく。その優依の目に映る森。森の方も無表情なのは同じで、どこまでも似たような光景が続く。


 朽ちて倒れた古木。形が綺麗な岩。水をたたえた沢。



(待って! お願いですから待って下さい!)


 必死に夜の森を進む優依。



(助ける……。私が、必ず、絶対に……!)


 夢の続きを追って懸命に走る優依。それでも彼の背中は大きくはならない。むしろ遠ざかっていく。



「ハァハァ……」


 無表情だった優依の顔に苦し気なものが混ざっていく。動悸が激しい。息が切れて脇腹が痛くなってくる。目眩までしてきた。



 自分の身体に魔法を纏わせて無理をしてここまで来た。無意識に魔装をしていた優依の限界はとっくに過ぎていた。次第に魔装が解け、駆ける優依の足の動きが鈍くなっていく。



「あっ……!」



 (つまず)いた優依がつんのめった先、森が開けた。

 躍り出た優依が倒れる。



 優依の荒い息遣いだけが木霊する。

 仰向けになる優依。木々はなく夜の空と月がはっきりと見える。



 優依の目から涙が伝う。やはり願った(げんじつ)(ゆめ)で、現実(ゆめ)現実(げんじつ)なのだ。それ(さと)った優依から止めどなく涙が溢れる。


「ごめ……ん、なさ……い……。く……さん……」


 嗚咽と共に声にならない声を出す。





 (むせ)ぶ優依だったが落ち着きを取り戻し始める。我に返った優依はむくりと身体を起こし辺りを見回す。



「あ……れ、私……どこに……」



 言葉とは裏腹にコテージからここまで走ってきた記憶が優依にはある。コテージを飛び出し森へ入った。それは鮮明だった。



 しかしそこには意思がなかった。自分ではない自分が懸命に森を駆けて、気づいたらここにいた。記憶はあるが、どうやってこの場所にたどり着いたのか分からない。しかし、自分ではない自分がこんなことをしてしまった理由には心当たりがあった。



 優依は手近にあった小岩の上に座り込む。



(私……、やっぱりまだ忘れられていないんだな……。うんうん、忘れちゃ駄目……。これは、あの人を助けられなかった私に与えられた罰なんだから……)


 自嘲気味に笑った優依。一つ大きく息を吐いた。



 目の前に広がる漆黒の森。優依の周囲に月光が淡く注ぐせいで逆に漆黒が深みを増していた。さっきまで自分はあんな所を走っていたのかと思うとぞっとする。


「帰らなきゃ……」


 どうやら魔装して森を駆けてきたせいで魔力は底をついているようだった。座っているのに身体がふわふわとする。


 力を振り絞って立ち上がり、森の漆黒に対峙する優依。一歩を踏み出そうとして、……逆に一歩後退した。



 漆黒の中、(うごめ)くものがあった。風に揺れる木々とは明らかに異質のもの。優依は無意識に更に後退し距離をとる。歩調を合わるようにその異質のものは距離を詰める。それを何度か繰り返す。


 静寂が辺りを包む中、月の光がそれを映し出す。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 頭が痛い、というよりは重いと感じた。頭と体を打ち付けた岩の横に悠貴はうつ伏せで倒れていた。頭を置く岩のすぐ下から水の流れる音がする。


 悠貴はゆっくりと頭を上げ、そこで初めて痛みを感じた。額の右が酷く痛かったので咄嗟に手で押さえる。その感触から出血していることを悟る。一度そう自覚すると痛みが増してきた。


「いってぇ……」


 額を押さえながら体を起こし立ち上がる悠貴。どれくらい気を失っていたのだろう。その長さによってはもう優依を追いかけることは不可能だ。耳を済ませても先程まで頼りにしていた足音は聞こえない。


 青ざめる悠貴。


(どうする……、何か……、何か手がかりは……)




 その刹那、悠貴は悲鳴を聞いた。


 発する主の恐怖感がそのまま伝わってくるような悲鳴に悠貴も震え上がった。発した主が誰であるかを考える時間も必要も無かったので悠貴は駆け出す。


 駆け出そうとして前へと倒れ込んだ。身体に力が入らない。膝をついた悠貴は動くことができない。


 頭を強打して方向感覚が怪しかったことと足の、特に膝の怪我が酷く、走ろうとした意思が上半身で止まってしまう。足が言うことを聞かない。辛うじて両腕で倒れる体を支えて四つん這いになる。

 額の出血している部分から脈を感じる。暗がりの中、自分の息遣いがやたらと大きく聞こえる。


 酷い痛みと激しい疲労感。




 悠貴の脳裏に優依の姿が浮かぶ。

 弱気に傾く自分を必死に否定しようと悠貴は頭を振る。



「絶対……に……諦めない……」



 大学に入ってから知り合った少女は頼りなく、弱々しく、時に卑屈だった。いつも遠慮がちに話し掛けてくる。話し掛けてくる割には話が続かない。結局はいつもこっちが話をリードしてやらなきゃいけない。

 自分には使えない魔法が使える。それなのに劣等感を隠すことがない。それはおよそ謙虚とは程遠く、そんな優依にイラつく自分がいることは否定できない。



(それでも……)


 合宿中に知った優依の様々な表情を思い浮かべる。そして……、昨日今日で知った。優依が何かとてつもなく大きく重いものを背負っていることを。




 立ち上がる悠貴。




 あの悲鳴の原因が何かはまだ分からない。


 しかしその何かは、今自分がなんとかしなければ、確実に優依を終わらせるものであるということだけは確かだった。



 昼間の(いわ)の側に立つ優依の姿が浮かぶ。

 ローブのフードのせいで表情は分からない。距離もあった。しかし、何故かその目を思い出すことは出来た。悲しさと怒りと悔恨と……。



(悠貴君……助けて……)



 痛みと体の重さと疲れ……、今自分が走り出すのに妨げになる全てをそこに置き、悲鳴がした方向へ駆け出す。




(待ってろ、優依。俺がお前を助けて見せる……!)



 悠貴は背中に追い風のような何かを感じた。








 思ったよりも早く悠貴は()()へ辿り着くことができた。



「優依!!」



 叫んだ悠貴は森から抜けた所で立ち止まった。

 優依の悲鳴の元凶の背がまず目に入り、その向こうに優依のローブが(ひるがえ)っているのが見えた。



 背後からの声を聞いた優依の悲鳴の元凶が悠貴の方を向く。


 それは二本の脚で立ち、悠貴を見据えている。仁王立ちしていなければ狼にも見えたが、狼にしては肢体の線が太い。熊のようにも見える。何よりも悲鳴の元凶が異形と思えたのは毛で覆われた額から延びる二本の角。紅く光る目。



「グォアアアー!」



 突如として悲鳴の元凶は悠貴に向かって駆け出す。立ち止まった悠貴は何か武器になりそうなものはないかと視線だけ下へ向けるが頼りない木の枝ばかりが目に入る。


 取り敢えず優依の側へと思い、悠貴もまた悲鳴の元凶へ向けて駆け出す。悠貴の行動が予想外だったのか異形は瞬間戸惑いを見せる。



 その瞬間を衝いて悠貴は横を駆け抜けようとする。繰り出された腕、そして長い爪が宙を薙ぐ。間髪でそれを避け優依に駆け寄る。駆けよってすぐ向きを変え悲鳴の元凶を見据える悠貴。



「ゆ、悠貴……君……、どうして……」


 泣きじゃくる優依。なぜ目の前に悠貴がいるのか分からない。森を駆けてきた記憶は自分のものだったが自分のものではなかったのでかなり怪しいが、少なくともその記憶の中に悠貴の姿はなかったはずだ。




「優依こそ大丈夫か?」


 目線を変えずに満身創痍な悠貴が優依に問い掛ける。額から流れる血が目に入ってきたので(そで)(ぬぐ)う。



 優依は魔法力(せいしんりょく)こそ使い果たして体は思うように動かせないが外傷はなかった。小さく、コクンと優依は頷く。


「大……丈夫。悠貴君、何でここに……」


 答えと疑問の最後の方は声にならなかった。



 優依が言い終わる前に悠貴が答える。



「もう大丈夫だ。安心しろ優依……」


 優依の前に進み出て異形と対峙する悠貴。



(そうは言ったものの……、あんな化け物どうすりゃいいんだよ……)


 悠貴は考えを巡らす。誰かが助けに来てくれることは期待できない。満身創痍な自分と優依で何とかするしかない。不思議と痛みはあまり感じないが目の前の化け物を相手に長くはもつまい。


 優依は「夢」の属性の魔法士。目の前の異形相手にその魔法がどこまで有効か悠貴には分からない。


「なぁ優依さ……、あれ、お前の魔法で倒せたりする……?」


「ごめ……ん……、ちょっと今は……無理かも」


 悠貴の目に映る優依はボロボロだった。顔からも生気は感じられずふらふらとしている。


「まあ、そうだよな……」


 軽く悠貴は笑う。





「悠貴君は逃げて……」


 後ろに控えていた優依が悠貴に横に並ぶ。2人の目の前、悠貴に襲いかかった異形は森と広場の境目にいて様子を窺っている。


「なら逆だ。俺がオトリになるから優依が逃げろ」


「そんな……ことできない……よ。私、魔法士(まほうつかい)だよ、皆を……護る使命が……」



 魔法士法第一条第一項。

 魔法士は国民の生命を護り、以て社会正義の実現に寄与することを使命とする。


 魔法士なら誰だって知っている一文だ。優依にしてもこの言葉を胸に刻んでいる。



「だから……悠貴君は逃げて……」


 震えながら優依はそう言った。そして、一歩進んで悠貴を背にして立つ。



 悠貴は静かに答える。そして、一歩進んで優依に並ぶ。


「優依さ、何で()()()泣いてるんだよ? 何かあるんだろ? 強がるなよ。俺は……、お前の、お前と好雄の過去を知らない。魔法士のお前たちを俺なんかが助けられるなんて思ってない。でもさ、それでも俺はお前を助けたいんだ……。こんな風に苦しんでいるお前を放っておくなんて俺には出来ない。それに、話してくれさえすれば、何か一緒に考えてやれることだってあるかもしれない。だから……、まずは俺にちゃんと話して欲しい。お前が何に苦しんで、何でそんなに辛そうな顔をしているのか……」



 その為にも……、と悠貴は更に一歩進んで優依の前に出る。


「まずはアイツをぶっ倒さなきゃなぁ!」



 悲鳴の元凶へ向けて走り出す悠貴。


「待って! 悠貴君!」



 優依の制止を振りきって悠貴は異形へ突進する。逃げ出しても追い付かれる。待っていても助けは来ない。武器もない、が戦うしかない。


 恐らく奴は先程のように爪を使おうとして腕を薙いで来るだろう。それを屈んでやり過ごして体を起こして敵の顔面に拳を叩き込む。意を決して悠貴は走る速度を上げる。



 元凶の姿が近づく。あとは敵の最初の攻撃を待ってかわすだけだと悠貴が更に近づいた、その時。



 悠貴の視界の景色が横に()()()。電車に乗っているとき、車窓から見える外の景色のように。何が起こっているのか分からなかった。


 気づいたら背中から近くの木に背中から叩きつけられていた。異形は悠貴が姿勢を低くすることで自らの攻撃をかわすことを予想していたようだ。さっきよりも低めを薙いだ異形の爪は見事に悠貴を捉えた。





「が、はっ……」


 息が止まる。悠貴は痛みに引き裂かれそうになる自分の意識を保つので精一杯だった。




「悠貴君!!」


 悠貴の側に駆け寄ろうとする優依の行く手を異形の獣は(さえぎ)る。悲鳴を上げる優依に獣はジリジリと迫る。



 その光景を見つめる悠貴。


 もはや体を動かすことはできない。悠貴に出来たのは優依や獣がいる方に手を(かざ)すことだけだった。


 心の奥底から悔しく、自分の無能さを呪う。



(かっこつけて守ってやると言ってこのざまか……)



 悠貴は静かに震えた。目の前の少女一人助けることができない。あれほど悲しそうに泣く、何かを抱えながら背負いながら懸命に生きている少女を。




 悠貴は一心に思う。



 ──助けたい。






 森を、風が駆け抜ける。葉を揺らす。



 ──なら、呼びなよ。



 ──(だれ)を?



 ──(わたしたち)を。



 悠貴の心が聞いた声。


 数秒前までは分かりたくても分からなかった、知りたくても知らなかったこの感覚。



 呼ぶ。


 呼び出す。


 呼び出せる。


 ……その感覚。






 ()()言われたので悠貴は右腕を異形に向け、──呼ぶ。




(来い……)



 思いはしたが声に出せていたかは分からない。悠貴は何かが自らの呼び掛けに応じたのを感じ、そのまま崩れ落ちた。



 悠貴がその一言を発したのを聞いたのか、異形は悠貴の方へ向きを変える。それが異形の最期の動作となった。


 振り向いた直後に異形は風に包まれた。屈強な身体のありとあらゆる所を切り刻まれ、末声をあげることも叶わずそのまま背後から倒れる。







 優依はその一連の時の流れから目を離せずにいた。自らに死をもたらすはずの、はずだった異形は倒れ、幾度かの痙攣の後、動かなくなった。紅い相貌からは光が失せてた。




「どうして……」


 呆然としながらそう言った優依の声をさらうように風がさぁっと吹き抜ける。吹き抜けた風は2人がいる場所を優しく巡り、まだ暗い、しかし星斗が散らばる空へと昇っていった。

こんばんはっ、お読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は木曜日を予定しております。

次話もお付き合い頂ければ幸いです。


宜しくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 覚醒のシーンをスローモーションのように表現することで、印象的に書いているのはさすがです。 [一言] ようやく異能バトルものらしくなってきました(笑) まだまだ最新話には追いつきませんが、ぼ…
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