第142話 クロイキリの行方・中編(桐花杯決勝トーナメント編XII)
「逆……? 償わせる側……」
そう自分の言葉を悠貴に繰り返され三條陽菜乃は殺気立った表情を緩めて苦笑いした。
「ごめんなさい。気持ちが高ぶってしまって、つい。今のは忘れて。些細なことだから……。さあ、始めましょう。そして、終わらせましょう」
陽菜乃の構えが一段低くなる。
「あ、そうそう。試合中、私は悠貴君を操るような魔法は使わない。これは約束。まあ私としても悠貴君である悠貴君に勝たないと意味がないから……」
陽菜乃はそう言って動きを止める。
悠貴はゾクッとした。まだ距離はあるのに陽菜乃に喉元に剣先を突きつけられたような感じがする。
それほどの威圧感だった。
(当たり前だ……。なつと互角にやりあうような奴なんだから……)
悠貴も魔装し、刀を抜いて身構える。
ふたりの様子を窺っていた審判が試合開始を宣言する。
沸き上がるアリーナ。
しかしふたりは構えたまま動かない。
一度は沸き返ったアリーナが次第に静まっていく。
静まり返ったアリーナの中、悠貴は自分の息づかいを聞いていた。
そして。
(……来るッ!!)
悠貴が思ったのと同時に陽菜乃は地を蹴って悠貴に向かう。
(ウソだろ! まさか……、正面から!?)
研修施設での戦闘では幻惑魔法で自分の分身を生み出し、なつみを撹乱しながら戦っていた。
同じ様にこちらを惑わせるような戦法で仕掛けてくるだろうと予想していた悠貴は反応が一瞬遅れる。
(どうする!? 風の刃で足止め……、いや、葉月と戦ったときに使った風の鎖で動きを封じ……)
悠貴は陽菜乃の姿を必死に目で追いながら頭を巡らせる。
しかし、次の瞬間。
「なッ……」
突然、向かってきた陽菜乃が加速する。そして、一瞬にして悠貴の目の前に迫った。
「しまっ……」
言いながら咄嗟に彼女の剣を自らの刀で受け止めようとする悠貴。
しかし、俊輔の言葉がよぎった。
『気を付けろ悠貴。アイツの剣で、俺の剣と俺が同時に切られた』
悠貴は即座に魔装を速度に特化した。
陽菜乃が剣を振り下ろす剣筋を読んで、辛うじて陽菜乃の剣をよける。直ぐに体勢を整えて距離をとった。
剣を振り下ろした陽菜乃が振り向く。斬り倒すはずだった獲物に逃げられた。それでも陽菜乃はどこか嬉しそうな顔をした。
「へぇ……」
一回戦から三回戦。陽菜乃は試合開始から全て五秒以内で試合を終わらせていた。
試合開始の宣言直後、全ての対戦相手を斬り捨てた。
どうせ四回戦も同じ様に呆気なく終わるのだろう。しかし、もしかしたらそうはならないかもしれない。そんな仄かな期待もあった。
期待が叶った陽菜乃は笑う。
「その判断力……。素晴らしいわ、本当に。ああ、それとも、事前にお友達から何か聞いていたのかしら」
悠貴は「さあな」と一言返すのが精一杯だった。背中を嫌な汗が伝う。
陽菜乃も速度特化の魔装を使った。しかもその速度が異常だった。あと0.1秒でも反応が遅れていたら間違いなく斬り倒されていた。
陽菜乃は一度くるりと悠貴に背を向けて壁際へ向かう。そこには様々な武器が並んでいた。
その中から陽菜乃は一本の大剣を手に取った。
そうして陽菜乃は再び悠貴に近づく。
陽菜乃が足を止めた。
最初から手にしていた剣を高く掲げる。すると、彼女の剣が輝きを発した。
「な、なんだ!?」
驚く悠貴に満足げな顔をする陽菜乃。
「自らの身体に魔力を供給して強化する魔装。魔法士の基本中の基本よね。でもそれはあくまで文字通りただの基本。魔装が真に力を発揮するのはこうやって武器に魔装を施した時……」
輝く剣を陽菜乃は構える。新たに手にした大剣を抜いて頭上に投げた。
そして一歩下がり、落ちてきた大剣を輝く剣でスッと切った。
「なっ……!!」
大剣は綺麗に真っ二つにされていた。切られた表面は元からそうであったように傷ひとつない。
驚愕する悠貴。
陽菜乃はニヤリと笑った。
「どう? 驚いた? 魔装を施された武器はこんな風に圧倒的な力を持つの。剣や刀であれば鋼鉄も切ることが出来る。銃であれば通常ではあり得ない距離まで届き、同じ様に鋼鉄をも貫通する」
陽菜乃の言葉に悠貴は息を飲む。彼女は嘘はついていない。現にこうやって剣を剣で切って見せた。
「私は貴方のことを凄く評価しているの。新人研修で教わったばかりの魔装をもう完璧に使いこなしている。速度特化、防御特化……。本当に素晴らしいわ。並みの魔法士がちょっとやそっとの努力で出きることじゃない……」
でも、と陽菜乃は剣を構える。再び剣が魔力を帯びて光り出す。
「自分以外……、ましてや意識を持たない道具への魔装はそれよりも遥かに上位のスキル。まあ序列入りするなら、最低限必要なスキルではあるのだけど……ねッ!!」
陽菜乃が悠貴に斬りかかる。
悠貴は構える。
かわせる距離じゃない。何とかしないと。
(クソっ……、刀で受け止められないなら魔力の盾で……)
そんな悠貴の思考を見透かしたかのように陽菜乃は言う。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど盾で防ごうとしても無駄よ!」
「えッ……」
陽菜乃の剣が悠貴が張った盾を叩き割る。
(盾でも防げないだなんて……!!)
盾で防げないとすれば防御特化の魔装でも防げるかは怪しい。だとすれば。
(動きを止めるしかない!)
余勢で悠貴をも斬ろうとする陽菜乃の剣を悠貴は避ける。
そして。
「風の鎖!!」
悠貴が手を翳す。
陽菜乃を魔力で編んだ鎖で搦め取る。
陽菜乃は鎖に拘束された自分の身体を見る。
「あら。研修のときにはこんな魔法使えなかったわよね……」
感心する陽菜乃。
悠貴は拘束した陽菜乃に近づいていく。
「どうだ!? 確かにあなたの魔装された剣は凄い……。でも、こうやって動きを封じてしまえば」
陽菜乃は悠貴の言葉を遮って、ふふっ、と笑う。
「女を縛るだなんて……、悠貴君もしかして妙な性癖でもあるのかしら。せっかく増えたファンが減るわよ。まあ、私もこういうの嫌いじゃないけどね」
陽菜乃からは全く焦りを感じない。
(まさか、風の鎖が全然効かないとかはないよな……)
大丈夫、優位に立っていると悠貴は自分に言い聞かせる。
「余裕そうだな。で、どうする? このまま降参してくれるなら鎖は解くんだけど……」
「タチの悪い冗談ね。それにね、鎖は解いてもらう必要はないわ。だって……」
陽菜乃の身体が光る。
「自分で解くことが出来るから……」
悠貴もこれで勝てるとは思っていなかった。これで勝てるくらいならなつみがあんなに苦戦するはずがない。
それでも時間稼ぎくらいにはなると思っていた。
「当てが外れて残念ね……、悠貴君ッ!!」
魔力の鎖を強引に引きちぎった陽菜乃。そのまま悠貴に襲い掛かる。
今度はあまりにも時間がなく距離も近過ぎた。
反射的に刀で受け止めようとした悠貴はその刀もろとも肩から斜めに斬られた。
「ぐぁッ、あぁーーッ!!」
叫んで膝をつく悠貴。
満足そうに眺める陽菜乃。あとは足でも斬って動けなくしたら試合は終わりだ。
「さぁ、これで終わ……」
しかし、悠貴は立ち上がって壁際まで下がり、新たな刀を手にした。
「……まだまだ!!」
言って構える悠貴を見て陽菜乃はうっとりとした表情を浮かべる。
「悠貴君、本当に凄い……。斬られる直前に魔装を防御に特化するだなんて。一秒でも遅れていたら致命傷になっていた。その戦闘スキル、天性のものね。有紗が貴方に惚れ込むのも少し分かったような気がするわ」
でも、と陽菜乃は構え直して続ける。
「どこまでもつかしらね……ッ!!」
陽菜乃が悠貴に斬りかかる。
悠貴は速度特化の魔装で陽菜乃の攻撃をかわし反撃に出る。
風の鎖で陽菜乃の足や腕を掴み、その隙に攻撃を仕掛ける。
悠貴の刀を流れるような動きでかわし、拘束を魔力で解除した陽菜乃は直ぐに魔装剣で斬り返す。
その剣を盾で受け止め、盾が砕かれる前に後退する悠貴。
悠貴は絶え間なく攻撃を仕掛ける。
陽菜乃の魔装剣を防ぐ手段はない。体勢を整えて攻撃されては不利だ。
そう判断した悠貴は陽菜乃に攻撃に出るタイミングを与えまいと攻撃を繰り出していく。
風の鎖、風の刃を続けざまに放つ悠貴。接近して刀で斬りかかる。
アリーナでは悠貴が繰り出す魔法と刀とのコンビネーション攻撃に歓声が上がる。端から見れば優勢なのは悠貴だった。
悠貴の波状攻撃に観客席が熱を帯びていく。
攻撃しながら何とか隙を見出だそうとする悠貴。
しかし、陽菜乃はその攻撃を受け流していく。
そして。
悠貴の魔力が残り少なくなってきたと見た陽菜乃はわざと隙を作る。斬りかかってきた悠貴の刀を受け止め、陽菜乃が肩で悠貴を突き飛ばす。
そこから攻守が逆転する。
今度は陽菜乃が波状攻撃を仕掛けた。魔装剣で悠貴に斬りかかり、悠貴に休む暇を与えない。
「あらあら。さっきまでの威勢の良さはどこにいったのかしら!?」
陽菜乃が攻撃を繰り出す速度を上げていく。盾で必死に防ぐ悠貴だったが徐々にそのスピードについていけなくなる。
「チェックメイト」
かわしきれなくなった悠貴の脇を陽菜乃の剣が突き刺す。
「ガっ……、はぁ……ッ、ぐ」
陽菜乃は悠貴に刺さった剣を抜く。
血を吹いて膝をつく悠貴。
その悠貴に陽菜乃は一太刀、また一太刀と……斬りつけていく。
ドサッ。
倒れる悠貴。
その傍らに陽菜乃が立つ。
「お疲れ様。久しぶりにまともな戦いが出来たから嬉しかったわ。ああ、安心して。殺さないから。それが約束なの」
動かない悠貴を見て、ふふ、と声を出した陽菜乃は歩き出す。
あとは審判が羽田悠貴の試合続行不可を確認すれば試合終了が宣言されるはず。
……。
しかし、宣言されるはずの試合終了の声が聞こえてこない。
それに、何故かアリーナの観客席から伝ってくる歓声が大きくなっていく。
陽菜乃は足を止める。
そして気付く。この歓声は自分に向けられたものじゃない。
振り向いた陽菜乃の目に立ち上がる悠貴の姿が入ってくる。
「な……。た、立ち上がれるはず……」
確かに有紗との約束のことがあったから、剣を突き刺した場所も、そのあとの撫で斬りも致命傷にならないようにした。
それでも重症には違いない。立ち上がるどころか動けるはずもなかった。
(な、なんなの……。この男……)
刀を支えに立ち上がる悠貴。
身体中の傷が痛い。特に剣で刺された脇腹は燃えるような激しい痛みだった。
全身が、脈を打つ。
(い、生きてるのが不思議なくらいだな……)
治癒魔法で突き刺された所だけは僅かに回復させたが痛みが少し和らいだだけで血は止まらない。
(長くはもたない……。速攻で決めなきゃいけないんだけど……)
風の鎖や風の刃では動きを止めることができるのがせいぜい。仮にそれで近寄れてもこちらの刀は魔装や盾で防がれてしまう。
(もう破れかぶれで接近して倒すしか……)
勝てる手段が見当たらない。
絶望的だった。
優依や俊輔にしたことが許せない。
真美や眞衣たちG3にしたことが許せない。
絶対に許せない。
(でも……、勝てない……)
この、自分の弱さが、憎い。
──なら同じことをすれば良いんだよ。
心に、直接届いた声があった。
──だ、誰だ……?
──誰がキミに言葉を紡いでいるかは重要じゃない。重要なのはキミが今、耳にしている言葉だ。もう一度言うよ。同じことをすれば良いんだよ。
──同じ?
──そう、同じ。
──でも、俺にはあんなに高度なスキルは……。
──出来ないことは出来ない。出来ることは出来る。大切なのはその認識、いや、思い。
──思い……。
──さあ、本心から出来ると思いなよ。その思いの先に、君が願いを叶える力があるから。
悠貴は目を見開く。
……出来る。
俺は……、出来るッ!!
悠貴の身体が光を放つ。
陽菜乃は笑った。
「今さら魔装? 往生際が……」
そこまで口にした陽菜乃だったが先が続かない。
魔装した悠貴が発する光が、悠貴が手にする刀に伝わっていく。
そうして、刀は一層激しく輝いた。
「そ、そんな……。あり得ない!!」
剣を構え直した陽菜乃だったがその腕は震えている。明らかに悠貴の刀は魔力を帯びていた。
意思を持たない武器への魔装を宿すのは高等スキル。自分だって血の滲むような努力の末に体得した。
国が把握している魔法士は凡そ二万人。その中でも使いこなせるのはせいぜい百人。
おののく陽菜乃と対峙する悠貴の周囲で、悠貴の魔装の輝きとは違った色とりどりの光が明滅する。
「精霊との会話!? コイツ……、まさか精霊との会話で覚醒と進化を!?」
稀にいる。
精霊と意思を通じることが出来る魔法士が。
目の前の羽田悠貴はそんな類い稀な存在であるかもしれない。その可能性が三條陽菜乃を震撼させる。
陽菜乃はようやく口を開いた。
「羽田悠貴……。貴方も、選ばれた者の中の、選ばれた者だと言うの……」
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第四章も次回で終わりです。
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